健太郎/プロフィール

山根 健太郎(やまね けんたろう)

平成8年3月27日生まれ

埼玉県出身


19才で高校を卒業後、
理系の私立大学に入学した。

今思えば大学に入学したのも、
高校はいわゆる進学校で
周りの友達も大学進学するのが当たり前だった。

だから、たいして考えもせず大学に入学した。

その時は別に旅がしたいとも思わなかったし、
将来は就職としか頭にはなかった。

そして大学に入って、半年くらい経った頃から

「つまんねーな」

毎日毎日同じことの繰り返しだった。

高校の時は割と学校行くのも好きだったし、
勉強も嫌いじゃなかった。

大学も、「the 大学生」みたいな。

友達とオールナイトで酒飲んだり、
ボウリングしたり、カラオケ行ったり、
人生で初めて彼女ができたり、

「そりゃ楽しいけど、なんか違う…。
人生は1度しかないんだ、
もっとこれからのことを考えなきゃ」

って唐突に思った。

でも将来やりたいことなんて、
そんな簡単に見つからない。

そして大学2年生の頃、
タイとベトナムに2週間ほど旅行をした。

その時に見たタイとベトナムは活気に満ちて見えた。

俺は埼玉県出身だし、
高校は東京都で毎日通勤ラッシュの電車に乗っていた。

東京の通勤ラッシュの電車に乗ったことがある人は
誰もがわかると思うが、
みんな時間に急かされながら生活して、
ちょっとのことで人にイライラして揉めたりしている、

高校の時は
「なんでこんなことで怒ってるんだろ~」
って思っていた。

でも大学生の時、
いつのまにか自分がイライラしていることに気付いた。

時間を気にして電車に駆け込んで、
窮屈な中で些細な事に妙に腹が立っている自分がいた。

いつのまにか立場は逆転してた。

揉めあったりはしないけれど、
イライラしてそのイライラしている自分にも腹が立つ。

そんな中でタイとベトナムに行った時、
俺の目にはキラキラして見えた。

そりゃまだ発展途上国だし、
日本と比べたら比べ物にならないくらい
生活水準や治安も悪い。

でも表情が明るく見えた。

東京のあの忙しなく、
時間に迫られながら生活している人たちは
俺には表情がいつも暗く見えていた。

「日本って生活水準も高いし治安もいいのに、
なんでこうも違うんだ、、」

その時考えたけど、

俺には「日本のどこが悪いか」なんてわからなかった。

でも、タイとベトナムに行ったことで
やりたいことが明確になった。

「もっといろんな世界を見てみたい!」

よし、旅をして色んな事見て感じてみようか !!

いろんな場所で人々の生活や価値観を知りたいっていうのが、
旅の目的の1つして自分にある。

それで、
YouTubeで旅に関しての動画を見ていると
「ピースジャーニー」というYouTuberを見つけた。

「めっちゃ楽しそう!!!」

動画の最後に
「旅仲間募集中 金がなくても可 根性あって気持ちがあれば」
みたいなことが書いてあり、すぐに連絡をした。

そして、ヨッシーから
「北海道ニセコで冬を越すから来ないか?」と誘われ、
すぐに北海道ニセコに向かった。

ニセコでは外国人が約8割いて、
世界中を旅している人ばかりだった。

毎日が刺激的で、毎日楽しかった。

毎日遊んでいた人たちは、俺より16才年上だったり
本当に年齢って関係ないんだって思った。

いつも呑んだくれていたけど、
本当に学ぶことが多くて、
毎日が充実した日々だったな~

その後ヨッシーから
エコヴィレッジ「浪漫村Nijinos」を紹介してもらい、
約2ヶ月間そこでお世話になった。

(以下、虹の巣村→村)

ヨッシーが春先に
石垣島へ一ヶ月間出稼ぎに行くことになり、
俺はちょうど村に来た日本一周中の同年代2人組と共に
北海道を回ることにした。

道中、日本好きなスイス人のヒッチハイカーに出会い、
一緒に同じ飯を食べ、一晩話していた。

すると、

「なぜ、日本人はみんな同じ道を行こうとすんだい?
こんなに暮らしが安定していて、
みんながどういう人生歩むか自分自身で決められるのに、、」

と言われた。

本当にその通りだ。

もっと視野を広く持ってもいいはずなのに、
高校で進路の話をしても、
学校を卒業して就職するのが前提としてある。

高校生の段階で、視野が制限されている様に感じる。

もっと自由に考えていいんじゃないだろうか。

「みんな同じじゃなきゃいけない理由なんてない」

確かに今は学歴社会だし、
良い大学入ったら就職先も自由に選べるだろう。

しかし、
学歴にとらわれすぎて
視野が狭くなっていたら元も子もないと俺は思う。

色んな話をして、
一晩を共にしたスイス人ヒッチハイカーとは
今でも連絡を取り合う仲で

「またどこかの国で会えるんじゃないか。」

と想っている。

その後、
北海道を回っている間、
これから動画撮りながら旅をすることが窮屈な様に感じ、
1人で旅をしようかと考えていた。

悩んで、
ヨッシーと合流しようとしていた1週間前に

「やっぱ、1人で旅しようと思う」

ヨッシーは俺と旅する計画を半年前から立てていたから、

本当に怒っていた。

村に向かい、

ヨッシーと直接話しても和解することはできなかった。

そんなときにダイゴさんが村に居て、
俺とヨッシーの仲を取り合ってくれた。

ダイゴさんがいなければ今こうして、
ヨッシーとダイゴさんとの3人で
一緒に旅をすることはなかったと思う。

村での詳しいエピソードはこちら↓

『ダイゴブログ【健太郎との出会い/前編】』

『ダイゴブログ【健太郎との出会い/後編】』

そして現在、
ヨッシーの7年越しの日本一周達成のゴールを
見届けるべく、3人で神戸へ向けて旅をしている。

今年(2018年)の秋頃あたりに
第2ヵ国目インドに行こうと計画を立てています。

自分が何をしたいのか、
そこには正直な気持ちでぶつかっていった方が
絶対後悔はしない。

茨の道かもしれないけど、
1度きりの人生、いつ死ぬかなんてわからない。

「だったら、自分に正直にならなきゃ」

って俺は思います。

これからもピースジャーニーの活動を
応援していただけたら、幸いです。

 

【世界の各国を一周づつする果てなき旅】〜 1カ国目 日本編 〜