まさかの獄中生活。留置所編その2 と現在

「おい、9番。取り調べだ。」

そう言われ、檻の扉が開く。
留置所に入ってから初めての取り調べだ。

出入口に並べてあるスリッパを履いて外へ出る。

それから更に鍵を開けて別室へ連れられて行き、金属探知機を全身にかざされてチェックした上で、更に足の裏までボディーチェックが手探りで入念に行われる。

警察官は、もし拘束者が暴れても取り押さえられるように必ず3.4人がかりでこれを行う。
帰って入室する時にも毎度、これと同じチェックが行われる。

チェックが終わると縄の付いた手錠をはめられ、それに繋がっている縄を腰にまわして頑丈に縛ってから警察所内への鍵を開いて取り調べ室へ向かう。

取り調べ室は留置室から左に曲がって10歩ほど行ったすぐそこにある。
この短距離にも関わらず、手錠とロープで引っ張られながら移動するのだ。

これではまるで犯罪者ではないか。
と、思うのだが、実際世間ではそうらしい。

思わず暗い気持ちになって、とぼとぼと下向き加減で移動した。

取り調べ室は4畳ほどの狭い空間で4〜5室ずらりと並んでいた。

グレーのデスクの上にはワープロと水が入れられたコップだけが置いてあり、向かい合わせに挟む形でパイプ椅子が置いてある。

取り調べ室に入って着席すると、手錠は外されるが、それをパイプ椅子にロープをくくり付けて椅子に手錠をかける。

その状態のまま立ち上がると、ケツに椅子がくっ付いてくる格好になる。
壁が黄ばんだり、黒ずんでいるシミだらけの殺風景な部屋だ。

一昔前まではタバコが吸えたらしいが今はそれすらも出来なく変わってきているそうだ。

カツ丼なんて絶対に出されやしない。
逮捕当日は晩御飯にコンビニのオニギリ2つだけであった。

一番奥の取り調べ室だけ例外にマジックミラーの様に外からしか中の様子を見る事ができない窓を設けた部屋がある。中からは真っ暗で全く何も見えない窓だ。

取り調べを行う刑事は担当が決められ、毎回同じ刑事に話しを聞かれる事になる。
担当に当たった刑事は僕と同じ年の28歳で、まさかの同年代であった。

「さぁ、始めようか。」そう言って、一瞬睨みを利かした刑事らしい鋭い目付きを僕に向け、取り調べが始まった。

まず初めに住所と職業を記入し、取り調べ調書という物が作られてゆく。

僕の場合、特定の場所に住んで居ないので住所は不定。職業も定職していないので無職と記載される。

取り調べ調書

平成28年9月○日
住所 不定
職業 無職
名前 上鶴 芳彰

この様な文章から始まる。

文章にすると、僕は世間ではこんな風に呼ばれるのか…。
これじゃあ、まるで極悪人に見えるじゃないか。
だが世間ではやはりこの通りであり、こう表現せざる得ないらしい。

目の前には同じ歳で結婚もしていて、若くして珍しく巡査部長だか何だかの役職まで出世している公務員。世間では立派だと言われる立場だろう。

それに比べて俺は…。

はぁ…俺はこんな所で何をやっているんだろうか。そう浮かんでは消えて行き、とても惨めで情けない気持ちだった。

ここではただの住所不定、無職の罪人であり、僕の先日までの輝かしい日々など何も無かったかの様だ。

一度の取り調べにつき、10枚前後の1冊の調書が作られる。それが何冊も事細かに作られてゆく。こんな事にそれほどまでに資源を使うのかと少し疑問に思う。携帯のメモリーやら、メールのやり取りなどにもどっさりと使われる紙、紙、紙。累計にすると相当な枚数であり、辞書でも作れてしまう程の相当な紙の量であったのが気にかかった。

こんなつまらぬ事件より、大切な資源。ではないだろうか?

とも思うのだが、そもそもお前が来なければ使わんのじゃいとツッコまれるのが目に見えているので口からは出さなかった。

初めの調べは僕の生い立ちについてからだった。

「言いたくない事は言わなくていいからね。」まず最初にそう言われてから取り調べが始まる。

小学校の名前から中学、高校。
卒業してから就職はしていたか、何処でどんな仕事をして、いつ辞めて、どうやって今に至るのか。
そんな内容だった。

幼い頃から順番に今までの人生を振り返り、思い出しながら話しを進める作業により、なんだか居たたまれない気持ちにさせられる。

昔の自分はどんな少年だっただろうか。
幼少期や学生時代、社会人であった出来事が断片的に思い出されていった。

小さな頃は実家の横に森があった。よくその森を探検したり、秘密基地を作って遊んだものだ。それが小学校に入ってからいつしかフェンスが張られて立ち入り禁止になり、森を覆い尽くしていた木々は次々になぎ倒され、やがて無機質な肌色の造成地になってしまった。

幼いながらに美しい自然を壊す事に怒りや悲しみを感じた少年時代だった。
あの美しい森は造成地になって10年が経ったが、未だに半分ほどの広大な土地が砂漠の様に潤いが枯れた土を剥き出しにしている。
必要な分だけで良いのに。必要ない分まで私利私欲に駆られて奪い盗る。
金と権利と欲望の為に犠牲になる自然。
それでも。それでも自然は我々に無償の愛を与え続けると言うのに。それなのに、なぜ。
見放された時にはもう遅いと言うのに、人類は未だ気付かずに、付け上がり続けるのだ。

中学では親が離婚して、怖かった親父が何処かへ行った。両親が離れるなんて想像すらしていなかったので酷く混乱したが、怖いもの無しとなった僕は学校に真面目に行かなくなり、昼まで寝て、盗んだバイクで登校していた。

家出もした。学校でタバコが見つかってしまい、怒られるのが嫌で友達と2人で逃走。自転車で二人乗りしながら山々を越えて遥か彼方の海を目指した。あれが初めての野外生活自力旅に近い行動だったのかもしれない。

公立高校に進学したが、昼まで寝てから登校するだらしないリズムは治らず留年。他の学校に行くなら単位をやると言われて通信制の高校へと移った。その学校へは毎日登校しなくても良かったので、そのおかげで日本最北端までのヒッチハイク旅を決行する事が出来た。

初めての本格的な一人旅を達成したあの経験が、今のこの時を作っている。あの時の感動や衝撃の数々は今も忘れられない僕の中での価値ある宝物だ。

それから社会に出て会社に5年間勤めた。寝ても覚めても仕事仕事。仕事漬けの毎日には酷くストレスを感じた。そのまま居れば会社を継いで社長になって、お金には困る事はなかっただろう。

だが、それを捨ててあえてこの道を選んだ。
お金や権力など、本当の豊かさや本当の幸せには程遠い所にある事に気が付いたからだ。

ある時、こんな歌に出逢った。
内田ボブさんの「小さなトマト」と言う歌で、数多くの人にカバーされ歌い継がれているので聞いた事がある方も多いのでは無いだろうか。

その一節が僕は忘れられない。

頑張って働いたら、山が死んでゆく。
頑張って働いたら、川が死んでゆく。
それで充分なのに。それで充分なのに。
それなのになぜ。

こんな湿っぽい話しの休憩がてらに、
気になる方はこちら聴いて癒されて下さいませ。
小さなトマト

もう僕はあの時のような社会人には戻る事はないだろう。

僕はある程度、自由にさせてもらって育って来たのであろう。
そうしてくれた母親に感謝しつつも、この様な状況になってしまっている事に申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

ある一種の懺悔や瞑想の様な作業であった。

初めの調書はそれだけだったのだ。

調書を完成させる度に、左手の人さし指で指印を一枚一枚押し、作成後の調書の偽造や、こちらの証言の撤回や言い訳が出来ない様にと細かい所まで抜け目なく警察は進めて行く。

ちなみに指印は嫌なら拒否が出来る権利があるそうだと、のちに弁護士から聞いたが、別に拒否する内容でもないので真実を語り、すんなりと指印にも応じて取り調べを進めた。

刑事は僕が普段捕まってくる地元の人達とは違い、一風変わった経歴である事に興味を覚えた様で「俺もキミの事をヨシって言うから、俺の事も下の名前で呼んでよ。旅の話しとかも色々聞きたいしさ。」などと言ってきさくに接してくれた。

ブログなどにも目を通した様子で、日を増す毎に「署内にもキミのファンが増えて来たぞ。」「今、ブログランキングは○位で、どんどん下がって来ている。」「あの人は毎日ランキングボタンをクリックして応援してくれているらしいよ。」などと報告して来る。

「何みんなして見てんだよ。辞めろって恥ずかしいから。そんな事より仕事しろよ仕事。」などと次第に言い返せる仲にもなりつつあった。

檻の中で日々広がり続けていた暗い気持ちを少しづつこの刑事は晴らしてくれるのだった。

次の取り調べから、顔を合わすと冒頭から「ヤーマン」と言って僕がドレッドヘアだからなのか、ジャマイカの挨拶を交わして来る様になった。

…フザケた刑事だ。

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結局何をしたのかって気になると思うし、質問も寄せられて来ています。
なので、ぼちぼち次辺りから確信に迫り、口を開いて行きたいと思う。

そして、現在の状況。
こちらも相当破天荒な状況となっている。

出所してからある程度の防寒着を揃え、大急ぎで船に乗り込み本州南下を試みた。
北国には野外生活をするには非常に厳しい温度環境が大気を取り巻いていた。預かって貰っていた自転車を取りに向かう日には雪すら積もっていた程だ。


北海道を旅立つ前日はこの様な地面を歩いていた。

…こ、これで本当に野宿や進む事は可能なのだろうか⁇

だが、前回の挑戦の中で僕は沢山の方々に約束を交わし、目標を達成して青森へ渡る切符となるお金を頂いていたので、どうしてもここは有言実行はしなければ顔が立たないと思い立った。不安だらけの気持ちをどうにか振り切り、強行突破して本州へと渡った。

フェリーで青森県八戸に上陸後、岩手県へと南下。
青森県にはまだ雪は降り積もっては居なかったが、所々に車から溶け落ちた雪が路肩に塊となって落ちている。
それは近隣の土地で雪が降り積もっている場所がある事を物語っていた。

南下を開始した日、爆弾低気圧に見舞われ雪が降り、風も吹き荒れる中の走行となった。

午前中を通して走ってみたが、非常に身の危険を感じ始めた。

動くと身体は温まって来るのだが、汗をかく。汗が出ない様にと気を付けていても、どうしてもうっすらと汗をかく。その汗が身体を芯から冷やし切ってしまう。

もし、動きを止めようものなら拷問の様な寒さに襲われる。

用意した安物のダウンなどの装備では到底太刀打ち出来ない。汗をかいた後なら尚更だ。靴も冬用ではないので常に指先が冷え切っていた。

少し風を凌いでスーパーやコンビニに入るだけでは満足に暖かさを得られず、温泉などに入らない限りは体温の完全な回復は出来ないだろう。カイロなどを足に貼ったり指を温める物を用意したり試みたが、気休め程にしかならなかった。

汗っかきな新陳代謝の良い体質が仇となった。

その夜は-2度にもなる極寒が待ち受けていた。

非常に寒い夜を寝袋に包まってブルブル震え、アゴをガチガチ鳴らせながら身を縮め、厳しい一晩を越した。

外でご飯を作るのも一苦労である。洗い物など、水を使おうものなら一瞬で手が使い物にならなくなってしまう。

震えながら寝袋に包まって、これから先の作戦を慎重に練り直す事にした。

進むとなれば路上販売などで稼ぎながらでないと進めない残り僅かな資金力である。

各地で路上販売などを停滞しながら進むという事は、季節が更に進み、この環境より更に酷くなる天候も予想される

雪が降り積もってしまえば、もう身動きが取れなくなってしまうだろう。

寒さ対策として今回、100円均一で防災用の銀のフィルム素材の保温マットを寝袋状にガムテープで貼り付けて作成した。

その袋に寝袋ごと入って対策を試みたのだが、保温性は気持ち程度良くなり、寝る事は可能だった。

だが成功かと思いきや、翌朝目覚めると身体や呼吸から発する水分で保温シートが結露し、それに収まっていた寝袋がびしょ濡れになっていた。

次の日にこんなびしょ濡れの寝袋で寝れば凍傷、もっと酷ければ、低体温症や凍死にも追いやられかねない。
生命線でもある寝袋を濡らしてしまった事により、今季はこの装備で進みつづける事は断念せざる得ない結論に至った。
この季節を耐えうる寝袋は3万〜5万円は最低でも必要であり、今の僕には到底出せやしない。

(現在-0度まで耐える3シーズン用。この季節は-20度まで耐えうる雪山用が必要。)

仮にその費用を稼ぐにも一週間はかかるだろう。
一万円とちょっとしかお金を持ち合わせて居ないのだ。

更に他にも靴と撥水力などの機能が高いGoaTexのウェア上下もあった方がいい。南下すると気温は少々上がるだろうが、雪でない冷たい雨が一番危険なのである。

冷たい雨に打たれる事は去年の秋に散々経験済みで、もう二度とあんな目には遭いたくないと思うほどのトラウマだ。

雪ならば衣服は濡れる可能性は低い。その反面、路面の凍結と積雪による走行不可も考えられる。

それぞれ完全に対抗出来る装備を揃えるには、また10万円相当になるだろう。

更に1カ月かけてお金を稼ぎながら購入して準備している暇は無い。
今すぐに無ければ意味が無いのだ。
あの1カ月半の拘束がこれほどまでに影響してくるとは。。

もう、既にどうしようも無い季節だったのだ。

非常に悔しい決断となってしまったが、致し方ない。身体が資本でもあるこの旅で最優先しなければならないのは身体である。

丸1日走って戻ればフェリー乗り場へ戻れるので、進み続けてどうしようも無くなって手遅れになってしまう前に早めの決断を下した。

よって北海道を一度脱出して南下を試みたが、翌年の春からゆっくり南下出来る時を待つ事にする。

一度は精一杯やってみた。
やれる事はやってみた。
無念ではあるが、やってみた事によって後悔は残らない。

今、目の前にある状況の中で良き環境と方向を定めて選ぶ事が重要だ。

この進行中断理由には、実はもう一つ理由がある。

Youtube動画での旅仲間募集に、まさかの反応があり、もしかすると来年春からその彼と2人で旅をする事になるかもしれない⁈のだ。

急いで旅路を進んでその旅の距離を縮めるよりも、北海道で旅路を止めておいて、その彼との新たなる旅の道を残しておいた方が面白いのではないか…⁈
そんな密かな作戦も持ち上がって来たのだ。

突然、20歳の若きルーキー現る‼︎

さて、これからどうなるのか楽しみだ!
さ、てなわけで只今、またまた船に乗り込み再び北海道の地を踏んだ。

試される大地、北海道。

もはやこれは弄ばれる大地、北海道である…。

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人の不幸は蜜の味とも言いますが、
こんな蜜でよろしければどんどん吸って下さいませ。
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