3度目の訪問 浪漫村Nijinos 〜春の章その①〜命の頂き方

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2016年4月。
北海道ニセコから北へおよそ200km離れた新十津川町。
浪漫村Nijinosへと滞在場所を移動した。

ここは札幌と旭川のちょうど中間地点で、
石狩平野に位置する。

到着した4月半ばには雪もほとんど溶けていたが
石狩平野を南北に並行して立ち並ぶ辺りの山々は
まだ白さを見せていた。

去年の秋に訪れたこのNijinos村にまた拠点を移し、
ここを拠点に寝泊まりさせてもっている。

まだ夜には冷え込む日も多く
4月後半に雪が積もるほどの日もあるほどだ。

もう少し暖かくなるまで
周辺の地域で人手を必要としている所を探し出し、
農作業や現場仕事などをさせてもらっている。

村に到着して5日後、
Nijinosから近くの”田んぼ屋商事”さんの畑仕事に就く事ができた。

作業内容は
米作りの第一段階である「種まき」の作業。

種まきと言っても、
実際には畑に玄米などの種を直接撒くのではない。

この段階では田植えをするための「稲」を作るのだ。

種撒きとはまず、
玄米を温かいお湯に浸けて少し発芽させた物を扱うことから始まる。

IMG_7920

お湯に浸からせると、
洗濯機?!で脱水。
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これで玄米の下準備が完了。

次に。

機械で均等にコーヒーシロップの様になった
へこみがあるプレートに満遍なく機械で振り分け、
土、玄米、土の順に綺麗に製造された物が10枚づつ出てくるので
それらを最終的に手で積み上げる。
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これを大量に作ってから今度はビニールハウスへ移動。

それらを今度は全長150mほどのハウス内に綺麗に並べ
水を蒔き、最後に保温のためのシートを被せ稲までの育成をするのだ。

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この種まきの仕事を4日間行い、
大きなビニールハウス7つ分が出来上がった。

日本人にとって主食であり一番身近な存在の米だが、
本来どうして米が作られているかを全て知らなかった事に気がついた。

稲の田植えは一般的に見る事が出来て見覚えがある光景だが、
その稲が出来上がるまでの事は全くの無知であった。

とは言うものの。
僕は2年前四国の愛媛県を旅している時に、
お世話になった楠のおじさんのお手伝いで玄米から育った稲を収穫し、
田植え機で植える直前までの移動作業は手伝ったことがある。

(写真・2014年5月 愛媛県)20140527-123554.jpg20140527-123608.jpg

その経験から
以前の作業はこうした芽出しの作業を経て出来ることなのだと
ようやく一連の流れを理解することが出来た。

これで芽出しから田植えをする直前までの作業は
経験積みという事になる。

そして今回お世話になった田んぼ屋商事の神田さんには、
「田植えを来月末にするからそれまで滞在を延ばしてくれないか。」
と頼まれたので、是非引き受けさせてもらうことにした。

それによって、
この村に滞在するのは当初の予定である5月半ばから
5月末までに延長することとなった。

旅先で出会った人の言葉を元に進路や計画を立てる事は今も健在。

今まで出会ってきた沢山の人が指した方向に進んで来た結果が今で、
その何かしらの『サイン』によって導き出されたこれまでの旅路にはやはり、
結果的に良い方向へ向かっていると感じるからだ。

きっと、
これからもそうなのだろうし、
そうして行くつもりだ。

旅の中で行動が1時間違えばそれから先、
身の回りに起こる出来事、これから出会う人々は
全てガラッと変わってしまう。

自分が求める物は必ず寄って来るのならば、
やはりその何かしらのサインに気付き、
それに従うべきだと僕は思う。

Nijinos村に滞在中、
仕事がない日はNijinosの村づくりなどの手伝いをさせてもらっている。

やることは基本的に農作業や村の敷地内で必要な作業など。

馬や鶏、犬、猫などの動物の世話や敷地内にあるスープカレー屋に、
テラスを作るためにウッドデッキ造りなどなど。

その時、その時期によって
この村での作業は様々だ。

雪が解けた頃には、
冬にやりたくても出来なかった作業が山積みだ。

秋に訪れた時は10日間の滞在であったが、

それ以上に滞在している今回の生活では
更に彼らの生活に近づく事が出来、
以前では見えなかった部分まで垣間見れる様になった。

まずは
彼らの食べ物に対しての姿勢や精神が
素晴らしいと思う事があった。

基本的に村で出される食事は菜食だ。

元々、肉をあまり食べないと言う二代目村長の港は
1か月前から菜食にすることを決めたそうで、
基本的に肉が食事に出てくることはない。

その肉の代わりは大豆。
ほぼ毎日3食大豆が使われた料理が
この村でのタンパク源だ。

添加物なども完全にではないが
出来るだけ摂らないようにしている様だ。

だが、
肉に関しては一つだけ例外があり、
『自分で絞めた命』
であれば食べる事にしているそうだ。

スーパーなどに並んだ産業的に作られた物は
出来るだけ食べたくないと村長の港は語る。

店に陳列され、
切り分けられた肉は元々どう育って、
どうして命を殺められその棚に並べられているか。

健康志向と言うのもあるかもしれないが、
村長の港はそれよりも『命の大切さ』『命を頂く事への敬意』
について考えている方が大きい様に見られる。

産業的に飼育されている家畜達は、
限られた敷地内での量産性を重視し
そこで飼われる動物たちは小さな小さなゲージの中に
ぎゅうぎゅう詰めにされて、
愛情を受けず淡白に扱われ続け、大地を知らずして育ち
いつか来る死の順番をただただ待つ。

命を命として扱われなく、
ただの商品として生きてきた命。

仮にありがたく頂いたとしても、その命は報われない。

そんな精神が村長の彼にはあるように思う。

僕にとってはそれはとても見習いたい事で、
今では旅を続けていて仕方がないかもしれないが
いつかこの旅が終わって腰を下ろす頃に
将来的に僕も命をいただく場合は狩猟などして
調達してみたいと思うようになった。

自分自身で必要なだけ命を頂き、
頂いた命に対して面と向かって感謝してから頂きたい。

肉だけでなく、
彼らは食べ物全体について真剣に向き合っている。

自分たちが出した生ゴミにしてもそうだ。

食材を切って出たそれらの生ゴミは
村で飼っているニワトリの餌となる。

生ゴミも分別し、骨、レモンの皮、
生玉ねぎ、生のニラ、ニンニク卵の殻など、
村で飼っている動物達が食べられない物に限っては捨てるが、
余すことなく食材を活用している。

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中にはもちろん村で育てた野菜などもあり、
自分達で手をかけて丁寧に育てた物を
出来るだけ最後まで活用する精神と心構えがある。

普段口にする食べ物のありがたさをしみじみ感じて、
僕はこの村での生活を送っている。

次々と新しい技術が発展し、
様々な情報が飛び交い、
様々な思いが交差するこの時代の中で。

決して忘れ、見失ってしまってはいけないものがある。

自然の恵み、
様々な命の恩恵があって僕たちは
今、生きている。

大いなる地球という一つ屋根の下で
全世界の生物と植物と大地と共存している我々人類。

それを見失い、
金や権利の欲望、私利私欲に染まりつつある人類が
これから見つめなければならない未来とは、
人が本来の生きてきた過去から知恵を
学ばなければならないのかもしれない。

退化と云う進化があってもいいんではないかと思う。

何も進化し続けることが成長ではない。

進化し続けてきた今。

この地球はどうなって来ているだろうか?

進化させすぎた技術は人類をも滅ぼそうとし兼ねない。

資源を資源と思わず財源だと勘違い。

人が作ることが出来ない大自然を簡単に切りくづし、
削り、潤った大地を枯らす。

その延長線上の枯れた大地に住む人々は食糧難。

生物、植物、大地、水まで枯れ果てる。

結局。

この果てにはツケが回ってくるのだ。

このままこんな事を続けてその果てに待ち受けているものとは…??

少し考えれば、
言わずとして想像ができる事だろう。

”明日はわが身かもしれない”そんな言葉がある。

『一つしかない、この大きな地球と云うみんなの家の中で出来る事。』

人に限らず、自然、動物、植物、昆虫、すべての命ある生命について。

それについて考え意義ある時間を
この村で過ごさせてもらっている。


’’今回のオマケ’’

Nijinos村の村長であり、
シンガーでもある港が歌った食べ物の歌
『食べ物捨てたくない』

彼は北海道に来る前、
出身地である東京では意外にもラッパーだったそうだ。

元ラッパー、現シンガー、菜食、目指せ自給自足村長の魂の叫び。でしたっ!
スクリーンショット 2016-05-15 1.54.38


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