同年代の若者が目指す、自給自足の村。『浪漫村 Nijinos 〜前編〜』(9月30日 / 511日目)

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9月30日(511日目)

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札幌の街の喧騒を駆け抜け、
北海道の大地が広がる道央を突き進み北上を続けた。

札幌からおよそ80kmの距離にある新十津川町。

その町には同年代の若い人達が集まり、
””自給自足を目指した村づくり”を実践している
Nijinos村といわれる村があるそうだ。

いつか
自分も夢た事がある
「自給自足の生活。」

一体どんな所なのだろう。
どんな事をして生活するのだろうか。

一度は体験してみたく思い、
札幌から村への移動中に
あれこれ想像を膨らませていた。

昼を過ぎた頃。
国道沿いに見つけた公園で
昼食を摂ることにした。
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冷たい風が吹き付ける天候で、
長袖のTシャツだけでは寒い。

ナイロン製の上着を羽織って
頭もフードで覆う。

ズボンは履かずに半ズボンのままだった。

体を縮こまらせながら
弁当のおにぎりをほうばっていた。

「お〜い、君!」

振り向くと作業着を着たおじさんが
公園の外に立っていた。

はい、こんにちわ。

「こんにちわ。寒くないのかね?」

えぇ、まぁこの位大丈夫ですよ!

「そうかい?いや、今日の風は寒いだろう。
良かったら、ウチの事務所の中で
ゆっくり食べなさい。」

そう言って
公園の近くにあった茶色い事務所を
指差した。

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おじさんはそう言い残して、
すぐに事務所の方へとポケットに手を突っ込んで
歩いて行った。

公園のベンチに広げていた
おにぎりとおかず、納豆、リンゴなどをかき集めて
抱えながら事務所へと歩いて向かった。

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中へと招かれ、
入り口に入ってすぐにあったテーブルを
使ったらいいと席に座らせてくれた。

質素なご飯を机に広げて
食べながら会話を続けた。 IMG_6417「へぇ、君は神戸から1年5ヶ月かけて日本を周って
ここまで来たんだね。大したもんだ。

私はつい昨日まで
仕事の出張で小樽に4ヶ月ほど行っていたんだ。
いつも忙しくて各地を飛び回っている。
だからこの会社には殆ど居ないんだけどもね。
今日久しぶりに帰って来たばかりでね。
これも何かの縁だ。
どうぞ、ゆっくりして行きなさい。」

そう言って名刺を頂くと、
池田さんはこの会社の社長さんらしかった。

池田さんは日々、
社長自ら率先して現場に立ち、
全国に展開している某有名ドラックストアの
建設に携わっている。

休む暇もあまりなく、
日々仕事に追われいるからか、
池田さんの話の大半は仕事のお話が多かった。

「私はこれまで仕事しかしてこなかったから、
君の様に生活できたらなぁ…。
とても、うらやましいよ。」

そうですね、
でもみなさんそうおっしゃりますが、
やはり自由な行動に見えても
先は約束された物なんて一切無いので、
それなりの悩みや考え事は伴いますね。

「ははは。
それはそうかもしれないね。

そうだ。
キミがまだ食べられるんだったらだけど、
十勝地方で有名な豚丼が食べられる店が近くにあるんだ。
そこへ行かないかい??」

ご飯を食べたばかりの誘いに、
少し戸惑ったが池田社長の顔を見ると、
何かに突き動かされた表情をしていた。

その気持ちにも答えたく思い、
是非ご飯に連れて行って頂く事にした。

会社から車で2分ほどの豚丼屋さんへ。

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十勝豚丼「いっぴん」

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十勝の豚丼は特徴があり、
吉野家や松屋、すき家などの
代表的なダシで煮込んだ豚丼ではない。

特製のタレに付けて
何度も炭火で焼き上げた物を
豪快にご飯の上に乗せたものらしい。

十勝豚丼。

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 しっかりとした分厚い豚が
所狭しと敷き詰められ、
特製のタレがご飯にも沢山染み込んである。

照り焼きに近い秘伝のタレが
また美味しい一品だった。

 豚丼を食べ終えると、
池田さんはレジに置いてあった家庭用の豚丼のタレも
ついでに購入して手に持たせてくれた。

店を出ると池田さんは
周りにあったスーパーなどを指差した。
「何か必要な物は無いかい?」

えぇ!はい、大丈夫です。

「気を使わなくていいんだよ。」

そんな事言われましても、
やっぱり気を使う物ですよ。

「ははは、本当にいいのに。」

そう言いながら車に乗り込んだ。

車の中で不意に池田さんが
「これ、何かあった時に使いなさい。」
と言い一万円札を渡そうと持っていた。

いえいえ、豚丼で充分ですよ池田さん。

「いや、いいんだ。持っておきなさい。
こんな気持ち久しぶりだよ。」

そう言って笑っていた。

事務所に帰って、
池田さんが座る社長席の横に座り
日に当る暖かい席でコーヒーを頂きながら
タバコを吸って肩を並べて一休憩。

池田さんは28歳頃から独立して起業し、
今の状態に至るそうだ。

それからは仕事に没頭し続けてきた。
家族で旅行に出かけた思い出を振り返ると

「息子の高校入学祝いに、
長崎のハウステンボスとディズニーランドへ
行ったくらいだなぁ」。と仰っていた。

この数十年間で、
どこかに出かけた記憶は2箇所だけだと。

そう思い返していたであろう池田さんは、
「今まで何をしていたんだろうかね。」
そう言って何かを悔やむかの様に笑った。

僕も昔は5年会社に勤めました。
やはり、その時はどこにも行けませんでしたね。
その当時は僕も旅行記などの本を見て楽しんだものです。

だからさっき言った様に、
僕が”今それが出来ている”のだとしたら
今度は僕がそれを伝え、
必要とする人に届けばと考えています。

それが
今まで沢山の人から受けてきた気持ちから、
僕の中で培われてきた気持ちだ。

時刻は昼の1時を回っていた。
新十津川まではあと60km。

再び出発する事にして席を立った。

「冷蔵庫の中にお茶やコーヒー、
ジュースもあるから持って行けるだけ持って行きなさい。
外にはもう手を付けていないトマトがあるから、
それも食べられそう物は全部持って行きなさい。」

そうして、
飲み物も沢山頂いた上に、
新鮮なプチトマトまでも持たせてくだっさった。
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何から何までお世話になったのだが、
池田さんが一番嬉しそうだった。

普段、
誰かにして頂いてばかりなので
なんだか申し訳ない気持ちにもなるが、
その反面。

こんな表情で日々、
周りの人達が気持ちよく接して頂ける事に対しては、
自分自身、誇りに思っている。

そうなるには、
まず自分を包み隠さず何でも相手に話す事だ。

そして、
それぞれに自分の中で信じている
誠の姿』であるべきだ。

もちろん、
感謝するべき立場であると云うのはわかっている。
こんな事があって普通だとも思っていない。
それを理解した上で感じること。

池田さんの会社を出る時に、
ふと思いついた。

自転車に跨りながら前方のサイドバックを探って
ある物を取り出した。

その束の中から選び出した一枚の写真。

これは、
この場所から一番遠い場所の写真です。
波照間島と云う日本最南端の海辺です。
お礼と言っては何ですが、よければ頂いてください。
お世話になりました。

そう言って
写真を手渡してから旅立った。

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池田さんにガソリンの燃料となる
”上質な気持ち”(ハイオク満タン)を頂き、
体はぽっかぽか。

会社を出てから2時間以上、
北海道の平野をひたすら北へ。
スクリーンショット 2015-10-16 10.54.49のコピー

札幌から旭川あたりまでの内陸は
全く起伏がない平野の地形なので、
とても走りやすい道だった。

30kmほど走った辺りだった。

ふと前を見ると見覚えのある顔が立っていた…

 あぁあー!!

 

池田さん!!

池田さんが道路から逸れた路地へ曲がれと
手を大きく振って誘導してくれた通りに道を曲がった。

「いやぁ、あれから気になって仕方なくてね。
ちょうど帰ってきたトラックが空だったんで、
なんだか思わず来てしまったよ。」

「こんな日もあっていいだろう?」
そう言って、
トラックの荷台を開けた。IMG_6428

また会えるとは思っても見ませんでした。
でも、こんな大きな荷物持ち上げられますか?

「それなら大丈夫。
ちゃんと荷台に上げるスロープを
2本持ってきているよ。」

ははは。
じゃあせっかくなのでお願いします!

 そうして、
目的地の村まで池田さんの車に乗せて
共に目指す事になった。

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「しかし、ビックリしたね。
これだけの時間でここまで進んでくるとは。
さすが、大したもんだよ。」

「いやぁ、本当になんだか
久々に”こんな気持ち”になったよ。」

池田さんにとって僕の姿が
いつか見ていた夢と重なるかのように
遠い目をして言い放った。

「ははは、こんな事もたまにはいいよね?」

何かを確認するかの様にまた訪ねた。

ええ。

もちろんです。

”時には枠を外れてみること”

池田さんはそれを感じたからこそ、
実践してているかの様に見えた。

IMG_6432「この道沿いに、道の駅があるからちょっと寄ってみるか。
普段は通り過ぎるだけだから、何があるか知らないんだけどね。
何があるのか覗いてみようか。」

池田さんも一緒になって冒険している。
そんな感覚に聞こえた。

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「これから向かう村には何人くらいいるのだろう?
みんなお酒飲むかな?」

そう言いながら、
地元の手打ちそば6人前とかまぼこ4本に
ワインも一本購入して、
「これ、お土産に。」と沢山持たせてくれようとする。

えぇ、池田さん!本当に気を使いますんで、、

そう言っても
「なんで?気なんて使わないでいいじゃない。」
と軽くあしらわれてしまうのだった。

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再びトラックに乗り込んで
新十津川を目指す。

おそらくあのまま自転車で来ていれば
辺りは暗くなっていただろう。

夕方5時頃。

村の付近までやってきた。

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あの道の先にその村はある。

まっすぐな道を登りきると
ようやく到着。

『ロマン村 Nijinos 』

DSC_0023

出迎えてくれたのは、
この村の2代目村長である港くんと
嫁さんのゆいちゃん。

二人共トラックに乗って突然現れたので
少し驚いていた様だった。

訳を簡単に説明すると、
快く受け入れてくれた。

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2人共、旅人に慣れているからか
気さくな雰囲気だったのが印象深い。

ここへは沢山の旅人が噂を聞きつけて訪れる様で、
以前青森で出会ったノムもその内の一人だ。

池田さんにお礼を告げて、
見えなくなるまで手を振ってトラックを見送った。

村には3件ほどの寝泊まり出来るロッジがあり、
その内の一つはゲストハウスとして
安くで貸し出ししているそうだ。

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他には敷地内に
スープカレー屋が併設されてある。
エビの出汁のスープが名物の有名店。
「奥芝商店」
DSC_0024北海道では人気らしく、
道内で8店舗ほど展開している有名店。

この奥芝商店とタッグを組んで互いに助け合い、
敷地などを使わせてもらっているのだそうだ。

この建物の他には、
大家さんが住む家が一軒。

そして沢山の動物も共存している。
IMG_6463 DSC_0030IMG_6447IMG_6487犬、猫、ニワトリ、馬。

基本的な住居人は奥さんと二人で、
その他は旅人であったり、近くに住む住民や、
同じく自給自足を目指し農業をする人、
噂を聞いて訪ねて来る人などなど。

村に出入りする人は
若い人に限らず、年齢層は幅広い。

3件並ぶロッジの真ん中に
リビングとなる部屋があり、
そこへと招かれた。

僕が行った時期には他に3人ほどが住んでいて、
夕食前にみんなその空間でくつろいでいた。

特に何かを質問される訳でもなく、
みんなリラックスしたままだった。

ドレッドヘアーの村長、港くんが
僕のドレットヘアーを見て
「髪、ドレットなんだね。
ちょっと見てメンテナンスしてあげるよ。」

そう言って、
部屋に入って早々に髪の毛が酷く縺れている場所を
ハサミなどで対処してくれて髪の調子を整えてくれた。

まるで、
前から友達だったかの様な自然な振る舞いに
とても親近感が湧いた。

何でも優しく包み込むような、
暖かい雰囲気がこの村には流れていて、
一人一人にその暖かさが灯される様な
不思議な空間だと感じた。

夕食には
池田さんが持たせてくれたお土産の蕎麦を
みんなで囲んで頂いた。

IMG_6440

食後、先客の若い二人に
「焚き火をしよう」と誘われたので、
外へ出て建物の裏手にある
前後が吹き抜けてブランコが吊るされてある小屋へ
向かって焚き火を始めた。

DSC_0022

目の前には米の田んぼが広がり、
数十km先に山の稜線が横に広がって見えている。

誘ってくれたのはトッポ(22)とシュンヤ(24)の二人。
彼らは数年前からの付き合いらしく、
沖縄のビーチロックヴィレッジで出会い
この村でも毎年顔を合わせている仲だそうだ。

何をするでもなく、
ただ火を眺めていた。

札幌の大都会から離れて一日…。

今夜は
こんな夜の大地の景色を目の前にして
焚き火をしている。

そう考えると、
なんだかワクワクせずには居られなかった。

スクリーンショット 2015-10-16 16.38.00

1時間ほどすると、
港くんが友達が来ているから酒でも飲もうと呼びに来て
閉店したスープカレー屋で宴会が始まった。

IMG_6443

その晩、
村に居る12人であれこれ酒を片手に
お互いの話をした。

後から訪ねてきた3人組の一人が
港くんに素朴な疑問を投げかけた。

「何でこの生活をしようと思ったの?」

「うーん、なんて言うかね。
僕は東北の震災があった頃からこの生活に対する思想が
変わり始めたのかもしれないね。」

そう言って口を開いた。

「東京生まれ、東京育ちだった僕は
震災があった当初、まだ東京に居たんだ。
それで震災が起こって日本が大惨事だった翌日に、
東京のみんなは、必死に仕事をしようとしていたんだ。」

「それを見て、なんだか変だ。って思ったんだよ。
日本が大変な事になっているのに、
それ以上に守らなければならないものってなんだよ…ってね。」

「それからだったな。
経済についてや、農業について、
色々な事に目を向けて学ぼうと思い始めたのは。」

この村は去年、
港くんが引き継ぐまでは
農業などは一切行っていなかったそうだ。

港くんが引き継いだ今では農業を一から挑戦し、
近隣の農家さんのアドバイスや、本などで独学し
様々な方法で勉強に励みながら実践を続けている。

この村は日々一歩づつ
自給自足を目指した村造りをしている真っ最中だ。

この村に少し滞在してから、
冬季働く予定のニセコへ向かうことにしよう。


次回。
『浪漫村 Nijinos 〜後編〜』


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