7月14〜16日 「自力で立山標高3,015mへの道」[後編](433〜435日目)

はいはーーーい。
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※今回は立山登山の後編です。
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さて参ります。
立山、標高3,015m自力登山!〜後編


7月14日(433日目)

『標高3,015mへの道。〜2日目〜』

6時半頃に目を覚ますと、
辺りは明るくなっていた。

疲れから10時間眠り続けていた様だ。

それにしても…

体が非常に重い…。
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20kg以上の荷物を担いで
15kmほどの距離を歩いただけなのに…。
歩きと自転車では、こうも違うものか…。
DSC_0164

外に出て食料を確かめる。

恐れていた熊は、
どうやら、やってこなかった様だった。
昨日の置いた食材は、
置いたままの形でその場にあった。
DSC_0165
鋭いゴツゴツした石を避けるために、
雑草が生える茂みにテントを張っておいた。
この方が寝た時の寝心地の良さが明らかに違うからだ。

朝食を摂り、
気怠い体に喝を入れるために、
早速ここぞとばかりのリポビタンDを飲み干した。
DSC_0166これを立てたら出発と決めて、
バランスストーンアートに挑戦。
5分ほどで立たせる事ができた。

荷物をまとめて、
午前8時。

いざ出発!!

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この日も雲はあまりなく、
日光は燦々と降り注ぐが標高が高くなってきているので
気温はそう暑くは感じない。

車道から木道へ。

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昨日に登った八郎坂が崖崩れで
閉鎖になっているからか、
草木が多い茂り木道の整備がされていない事が
所々に見受けられた。

やがて木道付近にも雪が見え始める。

DSC_0181

DSC_0182

7月の中旬に差し掛かろうという中で、
雪を目にするとは思ってもいなかった。

なんちゅー山だ。

えらいところに足を踏み入れている様だ。

午前9時45分
「弥陀ヶ原」標高1,930m。

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ここ弥陀が原にはホテルがあり、
その近辺を散歩する人や、
バス停で登山口の室堂まで行く人がバスを待っていた。

駅員らしき人がいて、
熊出没注意のステッカーを見て
この辺りは熊が出るのかと尋ねると、

「えぇ、出ますね。
特に、朝と夕方に良く出没します。
気をつけてくださいね。」と。

…。

朝と夕方…?

そ、そうですか…。ありがとうございます…。

ひょぇぇぇ〜!!!

おそらくバスが通っていない時刻の事だろう。

昨日の夕方に出会わさなかったのは
本当にラッキーだったと言えるだろう。

バスが通り始めてからは
車の音がするから森の奥に行くのだろうか。

何にせよ、
昨日は手を叩きながら歩いた事も
正解だったのかもしれない。

熊は音がすると
向こうから避けてくれるらしいと
いつか誰かに聞いた事がある。

主に森で聞きなれない金属音が効果大だと。

そのため、ザックに鈴をつけている人も多く見かけた。

その駅員さんの話を聞いてから、
調理器具の鍋をザックの外側にぶら下げて、
長い木の棒でそれを叩きながら進む事にした。
DSC_0194

ここ辺りから、
よく水が汲める場所が点々と見つかり始めて、
見つける度に冷たい雪解け水を飲み、
喉を潤して水を確保した。

これがまた、とてつもなく冷たく美味い。IMG_4719

ここから先は、
鎖場(鎖を使ってよじ登る崖)がある木道の道があり、
そこを行きたかったが、
まだ残雪が多いため通行の許可が下りていないそうで、
仕方なく車道を突き進む。

DSC_0188DSC_0186

車道を進んでいても、
平野になった雄大な景色を十分に堪能しながら
歩く事ができた。

DSC_0198DSC_0197

徐々に標高を上げてゆくと
植物もまだまだ次第に変化が見られた。
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午前11時頃。

天狗鼻と言われるコブになった山を
回り込んで進むと、
おそらく立山最高峰の大汝山3,015mと雄山3,003mが
ようやく見え始めた。
DSC_0201おぉ〜。あれが山頂ですか!

2日目にして、
やっと目標の山頂が見えてきた。

だが、その景色からして
まだまだ遠い道のりだった。

ここで一休憩。
麓のコンビニで高校生にもらった大福を一つ食べる事に。
DSC_0206うーん!

美味い!!

運動の最中に食べる甘いものは格別だ。

正面の山頂の他にも、
左右にも残雪が残る尾根が続く山々の景色が見渡せる。

DSC_0205DSC_0209

残雪がまだ残る、なんとも言えない
絶景に囲まれた景色だった。

DSC_0207

振り返ると
今まで歩いてきた道が果てしなく続いている。
その向こうには、
以前まで居た市街地がうっすらと見えていた。

あぁ。自分はあそこからこの足で来たんだな…。と。
なんだか、しんみりとした気持ちになった。

DSC_0208

あともう少し、
もう一踏ん張りだ。

DSC_0213DSC_0212

何台ものバスに追い越されながらも、
マイペースでゆっくりと一歩一歩足を進める。

歩く速度でしか見えない景色を
たった一人でじっくりと見つめる。

時には自分の中を見つめ、
自分と対話をする。

DSC_0218

冷たい水に手を漬けて、
雪溶け水に何秒耐えられるか試してみた。

1、2、3、4、5。あぁーーっ!冷たい!!

たった5秒で手が痛くなるほどに冷たかった。

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雪の上を長い事歩く道も現れ始める。
DSC_0223DSC_0225DSC_0237

雪道と木道の境目は雪溶けの季節は不安定で、
一度、雪の地面が崩れ落ちた。

おぉっ!!

そう言い驚きながらも、
そのパプニングを楽しんでいた。

朝8時から歩き続けること5時間半。

午後1時30分。

やっとの思いで、
立山山頂への登山口、室堂に到着。

立山に登山に来る人は、
ここまでケーブルカーとバスを乗り継いで上がってくるのだ。

普通の人が2時間で来る場所を
自分の足だけで2日間かけてじっくりと上がってきた。

あまりの嬉しさと、
ここ辺りの建物はなんだか写真に撮る気になれず、
室堂の写真は地図だけになってしまった。
DSC_0242室堂で働いている北海道で出会った友達、
ユキちゃん、チリちゃんはホテルの売店で働いていたので、
無事にここまで来た事を報告しに向かった。

二人とも、
やはり怪我などの事故などよりも、
熊に出会わさなかったかだけが心配だったようだった。

昨日からの疲労もあり、
山頂には雲がかかり始めていたので、
今日は近くのキャンプ場で宿泊して、
明日の午前から山頂へアタックする事に。

キャンプ場を目指して歩く。

そのはずが…

道を間違って山頂方面に来てしまっていた。

雪道などを歩いてここまできたが、
気づいた頃には
もう1時間歩き続けて山頂手前の
山小屋に来てしまっていた。
DSC_0262 DSC_0275

…あれ。山小屋…?

とほほ…。。。

キャンプ場はどこですか?
たまたま外で作業をしていた
山小屋のスタッフに尋ねて聞くと…

え?キャンプ場?
と笑われ、「あそこだよ。」と
指を指して教えてくれた。

DSC_0271

…。
くっそぉーーーーーーー!!!!

ここに来て気が緩んでしまっていたからか、
大きな誤算をやらかしてしまった…。

念のため、
山小屋は一泊幾らかと尋ねてみると、
素泊まりで5500円するそうだ。

はぁ…。

キャンプ場は?

「んー幾らだっけな。
おそらく数百円かタダだったと思うよ?」

そ、そうですか…。

山小屋に泊まるとなっても、
なんの為にテントを担いで
ここまで上がって来たかわからない事になる。

仕方なくキャンプ場まで下山を選択。

下りはスイスイ楽に降りれたので、
まぁ、よしとしよう。

40分ほどで先ほどの室堂の地点まで戻り、
そこから30分かけてキャンプ場へ。

みくりが池と言われる、
氷が残る池の横を通り過ぎる。

ここ一週間でやっと池の水が見えてきたそうだ。

DSC_0280

DSC_0281
地獄谷と言われる温泉や
温泉ガスが湧き出る地帯も横目に通る。

辺りには温泉の硫黄の匂いが漂っていた。
室堂辺りには温泉も数カ所あり、
ホテルや山荘などの温泉も日帰りでも利用可能となっている。

DSC_0285DSC_0290DSC_0296

室堂から30分ほど歩いて
やっとキャンプ場が見えてきた。
DSC_0292

夕方5時半。
やっと…キャンプ場に到着。

一泊500円で二泊以上は
何泊でも1000円となっている様だ。

受付の人と話していると、
どうやら昨年同じニセコで働いているらしかった。
カズヤ君と名乗る彼はカブキ

一息ついてからテントを張った。
DSC_0297キャンプ場からは、
立山の最高峰が望める。
DSC_0302青々とした緑と残雪の真っ白なコントラストに
なめらかな山々が囲む様に広がる美しい景色。

雲はもうすぐ手の届くほどの高さで
ゆっくりと移動している。

その景色にうっとり見とれてしまっていた。

あぁ〜すごい景色だなぁ〜
なんちゅー景色だ…。
それをこの足だけで見に来れただなんて…。

そんな事を考えながら、
ニヤニヤしながら山の頂を眺めていた。

気温は昨日よりも下がり、
半袖などでは過ごせないほど肌寒い。
持ってきた上着を羽織った。

日が暮れる前に近くの山荘の温泉に向かうことにした。
そこに向かうまでの道も雪の上を歩く。

雪の上を歩いていると
前の冬のシーズンのニセコを思い出さずにはいられない。

山荘に近づくと、
キャンプ場の管理をしている
先ほどのカズヤ君が露天風呂の際に裸で座って
山々を眺めているのが見えた。

あ、お疲れ様です!

「あーどうも!今から?
もう受付の時間は終わっているけど、
まぁ多分入れるよ。」

あら、そうなんですか。
わかりました、行ってみます!

そうして受付へ。

案の定。
最終7時までの受付だったらしいが、
7時を少し超えた時間だった。
なんとか頼むと、渋々入れてくれた。

ギリギリセーフ。

けれども、
「7時半に終了だから、それまでに間に合う様にしてね。」
と言われてしまったので、
あまりゆっくりとは入れなかった。

更衣室に入るとちょうどカズヤ君と
もう一人のスタッフの方が着替え始めていた。

風呂は貸切状態だった。

内風呂で汗を流し、体を洗ってからすぐさま露天風呂へ。

IMG_4721乳白色の硫黄の匂いがする露店風呂には、
窓にガラスが付いておらず、
この山荘に入ってきた通路がすぐそばにあったり、
キャンプ場もそこから見えた。

普段ザックを背負わない肩が
軽い擦り傷の様に皮膚が擦れていて、
肩まで浸かると激痛が走った。

いててて…顔をしかめながらも
我慢して湯に浸かる。

クゥーーッ。最っっ高〜ーー。

湯船は高温の源泉かけ流しで熱く、
”一番風呂の方は備え付けの蛇口から
水を入れてからでないと熱くて入れません”と、
注意書きしてあるほどだ。

風呂を堪能して
ビールを一本買って外のベンチで飲み干してから
ほろ良い気分でキャンプ場へと戻った。

持ってきていた食料は、
丼ぶり一つ分ほどのおおきなおにぎり1つと、
茹でたジャガイモ3個と
ゆで卵2つにウインナー4本。
調理してきた分はそれだけが残っていた。

あとは生米とレトルトカレーのルー3パック、
野沢菜の漬物、
玄米ブラン4個に大福一つ。

この日の晩御飯にはその中から、
レトルトカレーにおにぎり一つと、
ゆで卵とジャガイモ一つづつを食べた。

米は無くなれば炊くこともできるが、
立山のホテルで働く友達のユキちゃんとチリちゃんが
「米ならあげることが出来るよ」と言っていたので
米が尽きたので明日の分だけ欲しいと連絡しておいた。

ありがたいことに今夜、
キャンプ場に酒と共に二人がこっちまで
疲れているだろうからと、
わざわざ持ってきてくれるらしい。

携帯は充電できるところがないので、
歩いて登り始めてから今まで、
必要な時にしか電源は入れていない。

この夜はまだ携帯には半分以上の
60〜70%の充電が残っていたほどだった。

夜の10時前あたりに
酒と食料を持ってきてくれた二人がきてくれた。

DSC_0305

もう夜になると気温は一桁台に冷え込み、
とても寒い。

ダウンなどの上等な上着がなければ
相当寒い思いをしてしまうだろう。

ビールの他に焼酎を持ってきた二人は、
温まって飲めるようにと、
キャンプバーナーまで持参していた。

IMG_4724

こうして二人で「オッサン会」と称した会を
定期的に開いて夜に外で酒を飲んでいるそうだ。

立山の夜の見どころ。

それは『星』

DSC_0313

空には数多くの星が広がり、
そして流れ星の数々。

それを眺めながら飲む酒は格別だった。

連日運動続きの体は
大量に酒を飲まなくとも充分に酔っ払うことができた。

やがて、ウトウトしてきて、
眠たくなってきた頃に、
オッサン二人も明日仕事なのでと
夜11時頃に解散することに。

ユキちゃん、チリちゃんありがとう。
そうして二人は30分かけてホテルに歩いて帰って行った。

夜空に浮かぶ立山の頂を少し眺めてから、
テントに入り、寝袋にくるまって眠りに落ちたのだった。

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7月15日(434日目)

『標高3,015mへの道。〜3日目、山頂へ〜』

午前7時半に起床。

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昨日チリちゃんが持ってきてくれた
特大おにぎりと味付きのりに鶏肉のおかず、
DSC_0338それに
残っていた食材のゆで卵一個とジャガイモ一個、
ウインナー2本を朝食にしてたべた。
残りはすべて昼飯にする。
そろそろ常温保存してきた食材たちは傷んできていた。

朝ごはんを食べ終えて、
食器を洗いに水場へ向かう。
汚れた食器を洗っていると、
向かい側で朝食の準備をしていたおじいさんに
声をかけられた。

「ニンニクのぬか漬け食べてみるか?」

そう言って、
大きなニンニクのかけらを渡してきた。

あ、ありがとうございます。
いただきます。とパクリ。

さっぱりした味でとても美味しい。

うん、これうまいね!
そう言って喜ぶと、
揚げニンニクも食べるか?と
濡れている揚げニンニクを今度は渡してくれる。

一体いつ揚げたやつなんだろう…
そう思いながら口に入れた。

うん、これは普通のそのままの
揚げニンニクだ。

「ワシはそれを毎日3個食べるようにしていてね。
今年で76になるが、数年前から毎年このキャンプ場に
長期滞在しに来ているんだ。
80まで毎年来るのが私の目標でね。」
そう言って生き生きとした表情で話してくれた。

へぇ!それはすごい!
通りで元気なわけだ。
おじいさん70代には見えませんね!

そう言って話は弾み、
ぼくも今は山登りをしているけども
日本一周をしていると話すと

「おぉ、新聞の子かね?!
新聞の記事を見たから覚えとるよ。
ほぉ、こんな場所で会うとは!!」

そう言っておじさんはもっと喜んでくれて、
ワシが作ったシソジュースを飲むか?と
手作りのシソジュースまで頂いた。

僕もさらに喜ぶ。

「あんた、カニは食えるのか?」

と突然に聞かれたので、
カニ?ん?なに??
と聞き返した。

カニだよカニ。
ワシは昨日、北海道の知り合いに貰った
ズワイガニを一杯の半分を食べたんだが、
その残りを君に上げよう
食べられるかい?」

えぇ。えぇもちろんですとも!!

 

そうして…
DSC_0346
朝から山で、
ズワイガニを食べた。

おじさんの名前は吉崎さん。
DSC_0342
毎年このキャンプ場に訪れ、
去年は2週間。その前は20日間。
今年は一ヶ月間このキャンプ場に滞在するらしい。

食料は室堂までの運搬を
1000円ほどの運賃でバス会社などが
受け持ってくれるらしく、
それで山の上まで食料を運搬してきているらしい。

その室堂に大きなコインロッカーがあって、
一度使うと何度でも開け閉め自由なロッカーを利用して、
必要な分だけをキャンプ場に持ち込んでいるらしい。

おじいさんは、
このキャンプ場に来る人との出会いが楽しみで
毎年訪れている様だった。

僕は今日山頂へ登ってから降りてくると、
その足でキャンプ場を離れて
帰りはバスなどを使って下山する予定だと話すと、
帰りにそのコインロッカーから
おじいさんが育てた野菜や持ってきた食料を
持って行けるだけ持って行っていいと言われ、
夕方頃に室堂のコインロッカーでまた落ち合おうと言ってくださった。

連絡先を交換して、
住所なども聞き、さっき撮った写真をお礼に送ることにした。

腹ごしらえも万端!
いよいよ立山の山頂を目指し始めることにした。

今日の山頂アタックは、
テントなど不必要なものはキャンプ場にそのままにして、
極力、身軽な荷物で向かうことにした。

ルートは行って帰ってくるのではなく、
右手から山頂へ到達すると、
大汝山からそのまま戻らずに尾根沿いを進み、
富士ノ折立〜真砂丘〜別山〜劔御前までを縦走する。
それから雷鳥平へ下って雷鳥沢キャンプ場へ下山する予定だ。
IMG_4992

午前10時。
雷鳥沢キャンプ場を出発。
DSC_0347

天気予報では午前は晴れだが、
午後から雲が出始めるらしく
ちょっと出遅れてしまったが仕方あるまい。
カニには足を止めざる終えなかった。

ミクリガ池を昨日に通ったルートとは
違う方向へあえて進み、遠回りだがその池を
違う角度から見るために回り込んだ。
DSC_0349すると、
とってもいい写真が撮れた。
立山で撮った中で、
お気に入りの写真のうちの一つだ。

それから室堂を通り、
ユキちゃんとチリちゃんに挨拶。
昨日、ありがたいことに洗濯物を預かって貰って、
洗濯してもらった物を受け取ってから山頂を目指した。

昨日通った雪道を超え、DSC_0262

ようやく昨日の山小屋へ。
キャンプ場にテントなどを置いてきて荷物が軽い分、
とてもいいペースで登ることが出来ている。

昨日の山小屋まで登っていると、
物資の運搬のためにヘリで輸送して届けられている場面に遭遇。
DSC_0354と言っても、
このヘリは朝から何度も何度も往復しているのを目撃し
繰り返しこの山小屋に来ていたヘリだった。
一度では荷物の運搬は不可能なのだろう。

それから頂上への岩場へ。
案の定、雲がかかってしまい天気は良さそうにない…
DSC_0358出発当初の予定では
天気のいい日まで待つつもりでもいたが、
台風11号の接近もあり翌日から雨が続くらしい。

よって、山頂へのアタックのチャンスは
今日限りと判断した。

こればかりは止む終えない。

どんどん進んでいくにつれて
雲の中へ。

DSC_0362

DSC_0363

どうやら山頂からの景色は望めそうにない…。

(これが山頂手前で撮った雲に入る最後の景色。↓)

DSC_0359

景色が見えなくなった後は、
もう前進あるのみ。

岩場を登り始めてから40分。
雄山の山頂、雄山神社へ到着。

DSC_0364

神社で500円を支払って
ご祈祷(ごきとう)の受付をして順番を待った。

その際、鈴がついたお札を頂いた。

標高3,003m
雄山の山頂部分へ。
立山大還現、峰本社が祀ってある。
DSC_0371その社の中に神主さんが正座し、
その後ろに座るようにと言われ、
ご祈祷が始まった。

およそ10分程度の時間で
様々な災いから守ってくださるようにと
神様にお祈りしてくださり、
途中に日本酒のお神酒を小皿に頂いて
最後締めくくりの言葉を飾ってくださった。

濃霧の中、
目を瞑りその声に耳を傾け、
精神を研ぎ澄ませる。

心が洗われる様だった。

お礼を言い、
神主さんが記念に写真でも撮りましょうかと
言ってくださったので写真を撮ってもらった。
DSC_0373

神社を後にした。

今となってはこの時。
景色が見られなかった分、
目の前の事に集中できていた様に思う。

それから大汝山の山頂、
標高3,015mへ足を向けた。

もうここあたりの数々見える山々では、
それより高い場所は存在しない。

やっと…。

やっと3日目にして立山の頂に立てる…!!

DSC_0374

一歩一歩、
今まで踏みしめてきたこれまでの道を
噛み締めるかの様に目標の山頂へ…。

午後12時35分。

立山最高峰、大汝山山頂。
標高3,015mへ到達。

 

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景色は見えなかったが
もうそんな事はどうでもよかった。

そこまで本当に自分の力だけで
この頂に来れた。
それだけで、満足だった。

そこから見える場所に山小屋があった。
外にベンチがあったのでそこで食事をいただく事にした。

DSC_0382

DSC_0384

レトルトのカレーを持ってこようとしていたけれど、
キャンプ場でタラバガニをもらった吉崎さんに
鯨の缶詰を頂いたので、
それをメインのおかずとして持ってきた。

鯨の肉の缶詰は肉々しく、
とても魚だとは思えない食べ応えだった。
甘辛く煮込んだ味付けが
とても美味しい一品だった。

立山の傾斜を登り始める麓のコンビニで
高校生にもらった大福の残りも、
この山頂で食べた。

ありがとがとう。
大福、おいしかったよ!

ご飯を食べ、
高校生からもらったタスキの様な大福も食べ終えて、
再び濃霧の中出発した。
DSC_0385尾根を進み、富士ノ折立の方面へ。
霧が濃くて方向感覚を失い、
一度180度逆に進んでいる事があった。

麓のキャンプ場や室堂などが見えていれば
そんな事は無かっただろうが、
とても、その出来事に身を引き締められる思いだった。

幸い、すぐに看板があって助かったものの、
濃霧の中での行動は危険を極める事を思い知らされた。
それからは更に充分に気を付けて行動した。

転々と岩などに赤や黄色いスプレーでマーキングしてあり、
それが見えなくなればルートから外れているという事になる。
時には◯と書いてあったり、×の印も見られる。
×はもちろんその方向には行ってはならない。

尾根は左右はっきりしているので、
安心して進む事ができた。
DSC_0391

横を見れば、
山頂付近のココ辺りは積雪がまだまだ残っている。
(写真では伝わらないが、およそ2、5mほど。)
DSC_0393動きを止めれば、
昼間でも太陽が無かったからか、
寒ささえ感じる気候だった。

滑落すれば大怪我間違いなしの
危険な崖の場所も突き進む…
DSC_0396DSC_0397

もう2時半を周っていた。

室堂の最終バスは夕方5時。

キャンプ場に戻って、
テントを畳んだりして荷物をまとめて室堂に移動して、
それから吉崎さんに会ってなんだかんだしていたら、
もう時間はなくなってしまうだろう。

今日中の下山は断念する事にして、
携帯で吉崎さんに連絡を取った。

もしもし、吉崎さんですか?
こちら山頂を超えて尾根を進んで居るんですが、
どうやら今日中には室堂を出る事が危ういので
キャンプ場にもう一泊します。
山の上は視界が悪いんですが、
山の下の視界はどうですか??」

「あぁそうか、わかった。
じゃあ今晩美味しいものでも食べさせてあげるから、
わしは食料をキャンプ場へ移動させておくよ。
下の視界は大丈夫だよ。山の上だけだ。」

わかりました。では、また後ほど!
そう言って電話を切った。

山頂から進むこと2時間。

午後2時50分。

DSC_0402

お…おいおいおい…。

晴れてきたじゃねーーーーか!!

…ちくしょーーーーとほほ…。

山頂を振り向くと、
山頂も雲から抜けていた。

いっその事戻ろうかとも思ったが、
そこまでまた2時間かかる…。
仕方がなかった。

けれどもそこから見える2,800m付近の景色も、
実に圧巻の景色を誇っていた。

DSC_0403モコモコと目前に動く雲、
まだら模様の残雪と緑の山々…

山頂でこそ見られなかったけれど、
ここに来てこの景色を見られた事に感謝の一言だった。

足を止めて、
座り込み、タバコを一服しながら
その景色を堪能。

はぁーーー。
なんっって贅沢な景色なんだろうか…。

神社の神主さんに
「濃霧だから引き返した方がいいかもしれません。」
そう言われていたが…

ここまで危険を侵してまで来てよかった。

この3日間が報われる様だった。

ゆっくりと立ち上がって、
晴れ間がのぞき出した中を
また、進み始める。

やがて、劔御前小屋が見えた。
そこから山を降れば雷鳥沢に繋がる下山道がある。

ようやく、山を下るポイントまで到達した。
後は下山するだけだ。

DSC_0415

先ほどのマーカーはこんな感じに記してある。

DSC_0416DSC_0417

滑りやすい砂利と小石の道を
黙々と下山している途中に
ライチョウに出会った。

DSC_0420

ぷぅぷぅと間抜けな鳴き声で泣くライチョウ。
これまでに何度も出会っていたが、
これほどまでに近付いて撮影できたのは
これっきりだった。

カモの様に子供を数匹釣れて歩いている。

暑い場所が苦手な種類らしく、
冬場でもこの山の上に過ごしているらしい。

日本では富山、長野、岐阜のアルプス地方のみを
生息地としている珍しい鳥だ。

冬場には真っ白な羽根に生え変わる生態を持ち、
景色の変化とともに、見た目を変えるそうだ。

午後3時30分。

ようやく雷鳥沢キャンプ場が見え始めた。

DSC_0424
DSC_0422

早く帰りたいが、まだまだ遠い。
それにペースを上げるにも
足元に疲労が溜まって居る感覚があり、動きが鈍い。
無理をさせるにはいかなさそうだ。
じっくり一歩一歩確実に歩いて降りる他ない。

雪は地面や物に触れている場所から溶けてゆく。
DSC_0426この現象も北海道での
冬から春へ過ごした経験で理解していた。

あぁ、ニセコもこんな雪の溶け方をしていたな…
そんな事を思い出しながら下山。

砂利道から雪道に変わり歩いていると…

DSC_0427

ようやくキャンプ場が目前に現れた。

午後4時。

川を渡りキャンプ場へ無事、帰還。

DSC_0431

6時間に渡る立山縦走登山を達成した。

あと1時間以内に急いでテントをまとめ
室堂まで30分かけて移動する事ができたら、
下山は可能だが本当にギリギリの行動になるだろう。

昨日にゆっくり入られなかった温泉にでも入って
今日は疲れを癒し、登頂成功の一杯を飲む事にしよう。

キャンプ場でほっとひと休憩。

昨晩にチリちゃんが買ってきてくれたビール一本を
雪に埋めて冷やしてあった物を取り出して、
登頂の祝福の一杯を頂いた。

雪で冷やしたビールはキンキンに冷えて
運動後の喉には格別の味だった。

まだ吉崎さんがキャンプ場に戻ってきていなかったので
心配になって電話をかけてみた。

もしもし、吉崎さん?
キャンプ場に無事に帰ってきました。
どこにいますか?

「あぁ、今キャンプ場へ向かっているんだが、
君に美味しい物をたべさせてあげようと思って
張り切って色々持ってきたんだが、
荷物が重たくて今は休んどる。」

それはそれは、
どうもありがとうございます。
では僕も運ぶのを手伝うために応援に向かいましょうか??

「あぁ、そうしてくれると助かる。
では、雷鳥荘辺りで落ち合おう。」

了解です、では雷鳥荘で!

ビールを飲みながら、
雪道を歩き、階段を上がって10分ほどの雷鳥荘へ。
ここだけでも標高差は100mほどあるんではないだろうか。

ビールを飲み干して
吉崎さんの背負っている荷物を全て担いで
またキャンプ場へと戻った。

「助かったよ、ありがとう。
今からご飯を作るからちょっと待っててくれ。」

ありがとうございます。
今日は宿泊予定ではなかったので、
非常に助かります。

その間、温泉に入ってきててもいいですか?

「あぁ、かまわんよ。ゆっくりしてきなさい。」

そうして、温泉へ向かった。

今日は風呂にビールを買って持ち込んで、
ゆっくりと山を眺めながら湯に浸かる事ができた。
IMG_4723暑くなっては外側の木の淵に座り、
寒くなるまで山々を眺めながらビールを飲む。
最高の至福のひと時だった。

1時間ほど温泉に浸かってから、
もう一本ビールを買ってキャンプ場へと戻った。

吉崎さん「おぉ、待っとったぞ。
じゃあこの野菜炒めを焼いて食事にする事にしよう。」

その野菜炒めを焼くのを手伝って、
吉崎さんの作ってくれた豪華な食事を頂く。
IMG_4729野菜炒め(吉崎さんが育てた野菜)、
卵豆腐、アジの南蛮漬け、
きゅうりとナスの漬物、味噌汁、
キャラブキ(こちらのフキを浸かった地物料理)

それらを頂きながら、
ここに毎年来て出会った人たちの話を聞かせてくれた。

明日は台風の影響が来て、
天候が荒れるらしい。

ご飯を食べ終わる頃には、外も暗くなり
風はとても冷たく外に居るのが
辛いほど冷え込んできた。

「食器を洗うのはもう明日でいい。
さぁ今日はもう解散しよう。
明日の朝、また一緒に朝食を食べようじゃないか。
じゃあ、おやすみ。」

そう言って解散し、
各自テントへと戻った。

下山してからビールを3本も飲み干し、
十分に酔いも周り、
そのまま寝袋に包まって眠りに就いたのだった。


7月16日(435日目)

『標高3,015mへの道。〜3日目、下山〜』

早朝。

風が強く吹きつけ、
テントに雨が打ち付け始めた音で目がさめた。

あっちゃーーー。
もう降ってきてしまったか…。

6月に新しくこのテントをもらって
これまでの一ヶ月半、
一度たりとも濡らす事はなくここまで来たが、
この山では野宿する場所を選べないので仕方がなかった。

もう少し、
天候が持ちこたえてくれるのが理想だったが
朝の5時に振られちゃ、どうしようもない。

はぁ…。

ため息をついて、もう一眠りする事にした。

8時頃起床。

天候は相変わらず悪いが、
小雨になったり、強まったりを繰り返していた。

テントの中でどうするか考える。

考えた結果。
テントは濡れたまま
畳まなければならないのは確実だ。
なので、その他の荷物をテント内でザックに詰め込み、
濡れたテントは手に持って帰る事にした。

帰りはさすがにバスなどを使うので、
手に持って移動したとしても
どうって事ない。

荷物を詰め込み、
雨脚が弱まるタイミングを待って、
雨が弱くなり始めた頃に外へ出て
手際よくテントを畳み始めた。

雨脚は弱くなっていたものの、
風が強いのでなかなか思うようには片付けられなかった。

なんとか風で暴れるテントを丸めて
収納袋に入れたが、
風で地面に何度もバタバタして叩きつけられたので
もうドロドロだった。

ちくしょー新しいテントが…。。。

苦い顔をしながら
ザックを畳み、雨の中を出発しようとした。

と、その前に。
お世話になった吉崎さんに挨拶してから
キャンプ場を出る事にした。

吉崎さん!お世話になりました!
僕はもう山を降ります!

「あら、もう行くのかい?
じゃあ食料をちょっと持って行かんか。
こっちに来なさい。」

雨と風のなか、
吉崎さんはテントから出てきて
いろいろな食材をもたせてくれた。
IMG_4742

自転車の中の食材はすべて持ってきたので
これはありがたい。

ありがたく頂戴し、
また写真と手紙を送る約束をしてから
キャンプ場を後にした。

ミクリガ池あたりまで来ると、
雨が止んだ。

…。

雨が止むか、強くなるかまでは予想できない。
仕方ないか…。

30分かけて室堂に到着。

ユキちゃんが半額の割引券をくれていたので
立山駅までの運賃2400円のチケットが
1200円で手に入れる事が出来た。

下山前にお世話になった
ニセコメンバーの二人にも挨拶しに向かってから
バス乗り場に。

10時発のバスへ乗り込むと、
一番前の席に座って今まで歩いてきた道を眺めていた。
IMG_4733バスの車内には大型のスクリーンがあり、
通る場所の説明が丁寧にアナウンスされていて、
この標高にある花々についてや、
左右に見える山の名前を紹介している。

バスに乗りながらでも
観光できるシステムになっていたようだった。
その証拠に、見所が幾つかあり、
そのポイントに近ずくと、
バスの中からでも見えるようにゆっくりと走行したり、
時には停車してその場所を見させてくれた。

そのアナウンスの中で考え深い事を耳にした。

今から1300年も昔にこの山は開山されたとしている。
そして、その当時16歳だった佐伯有寄によって
この山は開かれたそうなのだ。

この山には『白鷹伝説』といわれる言い伝えがある。
この話しは、富山市街地に到着した初夜に訪れた居酒屋で、
そこへ行く事となった大輔くんに聞いた話しだった。

以後、ウィキペディア参照。

1300年ほどの大昔。
文武天皇の夢の中で
「騒乱の越中国を佐伯宿禰(有若)に治めさせよ」
との神のお告げがあった。
越中国司に任ぜられた有若が加越国境の倶利伽羅山にさしかかったとき、
一羽の美しい白鷹が舞い下り、
有若はこれを国を治める象徴として善政を行った。
有若にはなかなか子供ができず祈り続けていたところ、
ようやく神のお告げのとおり男子が誕生したので、有頼と名付けた。
16歳になった有頼が父の大切な白鷹を無断で持ち出し狩をしに出かけたところ、
白鷹は急に舞い上がり飛び去ってしまった。
あちこち探し回り、道に迷いながらもさらに行くと、
ようやく一本の大松に止まっている白鷹をみつけた。
白鷹が有頼の手にとまろうとした一瞬、
竹やぶから一頭の熊が現れた。
鷹は驚いて再び大空に舞い上がってしまう。
有頼が矢で熊を射ると、熊は血を流しながら逃げていった。
血の跡を追って山に分け入ると、三人の老婆に出くわし、
「白鷹は東峰の山上にいるが、
川あり坂ありの至難の道であり、勇猛心と忍耐心が必要である。
嫌なら早々に立ち去るがよい。」と諭された。
それでも勇気をふりしぼってさらに何日も進んでいくと、
ようやくこの世のものとは思えない美しい山上の高原にたどり着いた。
ふと見れば白鷹は天を翔け、熊は地を走り、
ともにそろって岩屋へと入っていった。
中に入ってみると、なんとそこは光り輝き極楽の雰囲気が漂っており、
奥に不動明王と矢を射立てられ血を流している阿弥陀如来とが立ち並んでいた。
有頼は驚き、己の罪の恐ろしさに嘆き悲しみ、
腹をかき切ろうとしたところ、阿弥陀如来は、
「乱れた世を救おうと、ずっと前からこの山で待っていた。
お前の父をこの国の国司にしたのも、お前をこの世に生み出したのも、
動物の姿となってお前をこの場所に導いたのも私である。
切腹などせず、この山を開き、鎮護国家、衆生済度の霊山を築け」と告げた。

そんな出来事があって、この山は開山されたそうだ。

問題は、
『当時16歳の少年が道などなかった大昔に
この山を切り開いて、あの山々を登った。』

という事だった。

大昔の16歳の少年が…

そんな事を考えながら、
バスの中から、手つかずの森を眺め、
当時の佐伯有寄少年に思いを馳せた。

やっぱ、昔の人ってすごいなぁ。

俺なんか自力で登ったと言っても…
舗装された道ばかりだったし、
帰りはバスに乗ってるもんなぁ。

はぁー。現代人はまだまだ怠けているって事なんだなぁ…。
昔の人ってすごいんやなぁ…。

心底、感心させられていた。

やがてバスは
ケーブルカーへの乗り換え地点へ到着。
IMG_4741これに乗り、一気に標高差487mを下り立山駅へ。

出発してから3泊4日目にして
自転車の元へ無事帰還。

麓は雨が降っていなく
少々暖かかったので、自転車にの物を積み替える間に
テントを広げて干しておいた。

風もあったので、
ゆっくりと片付けをして荷まとめをしていると、
テントは乾ききっていた。

自転車の荷物も整い、
立山駅構内のレンタルショップへ。

一泊二日か、二泊三日と告げていたので、
受付のお姉さんは少し心配してくださっていた様だった。

行きしにステッカーを渡していたので、
山に登っている間僕のブログを見てくださった様だった。
「これからも応援してます。
よかったら朝に野菜をもらったので、
持って行きますか?」
と言ってくださったので、
ありがたくいただく事に。

IMG_4745

こんなに沢山もらえるとは思っていなかったのでビックリ!

キュウリが2本入りそうになかったので
その場で塩をつけて丸かじりした。

冷蔵庫から出してきたばかりで
とても冷えて新鮮な野菜はとても美味しかった。

キュウリをボリボリ食べていると、
変な人に見えなくもないのにも関わらず、
声をかけてくれる人が数組いらした。

木にする事なくキュウリにボリボリ
かじりつきながら皆さんとお話しさせてもらった。

大きなキュウリを2本食べて
いよいよ自転車で麓まで下山し始めた。

登ってくる時に、一件だけ気になったお店があったので
そこに立ち寄る事にした。
見た目は個人経営のコンビニの様なお店だが、
色々と張り紙がしてあったり
他のお店とはなんだか違う派手な装飾をしてあった。

一番気になったのは、
「世界のタバコ置いてます!」
と云う看板。

僕は巻きタバコを吸うので、
もしかしたらここに売っているんではないかと
思ったのだ。

予感は的中。
沢山の銘柄のタバコが揃っていた。

山の麓で巻きタバコが帰る場所があるだなんて…。

なくなった時のために、
予備を購入しておいた。

巻きタバコは1パック1100円で
それで2週間ほども吸うことが出来る。
他にフィルターと巻紙を買ったとしても
2000円以内に収めることが出来る。

普通の箱タバコを4箱分の値段で
2週間タバコが吸えるほどの燃費の違いなのだ。

外へ出ると、
その店のおじさんに声をかけられた。
IMG_4747おじさんと話をしていると、
驚きの言葉を耳にした。

「僕は昔、植村直己さんと友達だったんだよ。」

ええぇぇぇ!そうなんですか!!

植村直己さんとは、
世界五大陸の最高峰に世界で初めて全て登頂を果たした
日本が誇るアルピニストであり、
究極の極限の世界へ挑戦し続けた冒険家。

僕はこの方が大好きで、
1ヶ月前の6月の頭に、兵庫県北部にある植村直己冒険館へ
立ち寄ってきたばかりだった。
IMG_3845IMG_3844おじさんは色々と自分の人生観などを交えて
植村さんの話などを聞かせてくれた。
店の中には植村さんと撮った写真などが飾ってあるという。

タバコばかり見ていて
さっき入った時は気付かなかった…
中へ見に行ってみると、
本当にいろんな写真が飾られてあったのだった。
IMG_4748IMG_4749

店主の伊藤さんは、
海外のアメリカの大学へ留学していたらしい。

色々経験してきた上で、この売店を営んでいるそうだ。
今ではこの売店は息子に任せて、
山でのネイチャーリストや山岳講師など、
色んな活動をしているらしい。

ちょっと説教じみたことも言ってきたが、
どう言われようが自分が決めたことを変える気は更々ない。
内容は「色んなものを見るのはいいが、その土地に留まってしなければ
見えないものも沢山ある。色々学ぶのはいいが、
なにか、『これ』と言った一つの事に対して極めなければ
世間は認めてくれはしないよ。」
といった意見だった。

その土地に留まらなければ
わからない事が沢山ある事も分かっているし、
僕にとっては『これ』と決めた事がこの旅なのだ。
それを否定されたところで、
じゃあ俺はこれと決めた物を捨てて、何を極めればいいのか?
そんな思いが芽生えたが…
あえてそれを知らないおじさんには言いはしなかった。

おじさんは続けた。
「そうやってフラフラしているだけで、
世間はどう認めてくれるんだい?
本を書いたからと言って、
本当にただ単に旅行している君の本を買うかね?」

カッチーンと頭に来たが、
この世代のおじさんは殆どこう教わってきたので
こういった意見を聞く事が多い。
時代は変わりつつある。
もう、おじさんの様な考えの時代ではなくなってきているんだよ。
別に俺は誰かに認められたくて生きているんじゃない。
『自分自身を認めるために生きてんだ。』
そう思ったが、それも口にしなかった。
別にこの人に認められなくても全然構わないと無心になっていた。

説教から教わる言葉は見つからなかったので、
話しを別の方向に向けるように促した。

おじさんは元々、
地質学などを勉強してきたらしく、
その地質学の事について話しを聞く事にした。

色んな色をした石を持ち出してきて、
石の硬さや、その石がその土地にある理由などを
色々と教えてくれた。
IMG_4750真ん中の石は花崗岩で、
その右は白い色より硬い性質を持った花崗岩になるらしい。
手前の左は溶岩がそのまま固まった物で柔らかく、
加工しやすい事から、昔から城壁などに使われる事が多かったそうだ。
上の右側の石は、石灰石。この中に所々に結晶が出来ている理由は、
暖かい地面の上でゆっくり冷えて固まったから、
だからこうやって結晶ができる。

「日本の地形を見ても、
その土地が昔からどんな動き方をして、
その土地の起伏になっているのかがある程度わかるんだよ。

例えば、リアス式海岸。
ああいう所はどうして出来ているかわかるか?
あれは地面が隆起して出来たからなんだ。
だから海からグゥっとすぐに山になっている。
あれは隆起しているからだ。
だからそういう土地には地震が起こりやすいって事になる。

昔、原発なんかを全国各地に建てて来たよね?

その定理ってなんだと思う?

色んな人からの反対を受けるから、
大型都市から離れて、
なるべく田舎で静かな所を選んでいるだけなんだよ。

今では地質学も色々と分かって来た事は多いが、
昔はそんな事だけを理由に建ててしまっていたんだね。
だからあんな福島の様な事故が起こるんだよ。」

そんな勉強になる話しもたくさん聞かせてくれた。

おじさんの話しは止まらない。

「キミ、次はオーストラリアに行くって言ったね。
なんでそんな国に行くんだい?
オーストラリアってのは本当の英語じゃない。
とてもなまりがあるんだ。しってるか?
行くならアメリカだろ。」

えぇ。知ってますよ。
なんでアメリカなんですか?
英語の起源はイギリスでしょ?

「じゃあ20の事をトゥエンティーと言うが、
アメリカではどう発音するか知っているかい?」

トゥエニーでしょ。

「おぉ、よく知っているね。何で知っているんだ?」

僕は神戸でバーを経営していて
そこには沢山の色んな人種の外国人が訪れるからです。
今そのお店を任せているのもアメリカのアラスカ州の出身です。
オーストラリアではA(エイ)をアーと発音したりする事も、
ちょっとは理解しているつもりです。
イギリスもイギリスで全く発音や言い回しが違うとも知っています。
オーストラリアに行く理由は資金を簡単に高額を稼げるからです。

「おぉ、お店も経営しているんだね。」

そういう肩書きを話すと態度はコロッと一変。
おじさんの態度はあまり否定的ではなくなった。

ほんっと…肩書きがどうとか。
いかにもバブル時代を経験してきたひと昔前の人らしい発想だ。

肩書きと金が欲しけりゃ、
爺さんの会社継いで社長になっていただろうさ。
あえて、この道を自分の意思で選んできているんだ。
また、思いが芽生えたが口にはしなかった。

店番をしている息子さんが
「親父、話長いからごめんね。」と
写真を見に行くときに謝ってきた理由がわからなくもなかった。

色々と自分の中の硬い決意の思いも感じられた事だし、
何も、嫌な思いはしていなかった。

そろそろ、その店から出発する事にした。

出る前にそのお店のお母さんから、
塩飴を一袋頂いた。

「わぁ、頂いていいんですか?
ありがとうございます。

では、行ってきます!お世話になりました!
おじさん、色々と話を聞かせてくれてありがとう!!」

そう言ってまた進み始めた。

IMG_4751

高校生に出会った道路を、また逆戻り。
この道は行きとは逆で、なだらかな下り坂になっていて、
スイスイ進む事ができた。

今日は台風も近づいているし、雨が来ると予測。
山に持って上がったカメラや携帯の電力も、
ソーラー発電は4日間ブルーシートを被せていたので電力はゼロ。
そのまま海沿いまで出て滑川市にある、
ネットカフェで溜まりに溜まったブログを編集する事にした。

ネットカフェ付近で公園を見つけ出し、ご飯を調理。
晩御飯と朝ごはんの弁当を作って、
ネットカフェ内で食べられる様にした。
IMG_4752ご飯を作ってから店に入り編集作業。

沢山もらった野菜を漬物にしたり、
麻婆の素を使って、麻婆ナスに変身させた。

IMG_4753

ネットカフェのくせにwi-fiが無い。
シャワーもなかったのが残念だった。

夜中まで編集して、
リクライニングチェアでは寝れそうになかったので、
地べたに寝転んで寝る事にしたのだった。


読んで楽しんだ方!!良かったと思う方!!
登頂よくやった!!と思った方!!
そんなんじゃクマには勝てねーだろって思った方!

ていうか、まだ押してない人いるの?(笑)
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また、さらに僕の夢への道が開けた様な気がしています!

次回、立山の動画を編集して配信したいと思います。
乞うご期待!!

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