11月26〜27日 兵庫県縦断 日本一周、前半完結編(200〜201日目)

11月26日(200日目)

モンゴル移動式住居の横に
日本の移動式遊牧民も家を構えた。

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屋根が大きかったので雨の心配はなく、
テントは張らずにベンチで寝袋に入り夜を明かした。
日本式遊牧民は、家の形態が臨機応変なのが売りだ。

空は小雨が降って曇り空が広がっている。
ゆっくりと朝食を摂り、雨の様子を伺っていた。
コーヒーを飲みながらゆっくりしたり、
一昨晩の嵐でリアカーの中が水浸しになっていた所を
掃除したりしていると、昼頃に雨脚は治まり初め、
空から出発の合図が出た。

これからは兵庫県の北部から進路を南に変更して
山間部を越えて兵庫県南部を目指す。

IMG_405910kmほど進むと。
歩道にフロントガラスが割れた様なガラスが散らばり、
1km以上もの距離に渡って細々としたガラスが落ちている道が続いた。

まずいかな、、と思っていた予感は的中。
案の定、自転車のタイヤががパンクしてしまった。

たまたま近くに道の駅を見つけて
パンク修理を開始。
IMG_4057IMG_40584000kmほど走って来たタイヤをようやく新品に交換。

タイヤを交換しながら、
仕事中に足を捻挫をしてしまって早退になったお兄さんと
ふとした事から会話をしたりしていた。

お兄さんが仕事中に怪我をしたからこそ、色んな話しが出来た。
そこでもまた、縁とは不思議だねと会話していたのが印象深い。

後タイヤの脱着に悪戦苦闘しながら
何とか修理も完了。

また、南へ向いて山間部を走る。

右に左にペダルを踏み込み、
呼吸も落ち着いてくると、ぼんやり景色を眺める事が出来る。

左右には田んぼが広がり大きなすり鉢上になった左右の山々は
ゆっくりゆっくりと流れる様に動いている。
田舎の古民家をちらほら道沿いに見かけては、
立ち話しをしているおじさんとおばさん。

おじさんと一瞬目が合って通り過ぎた。
あのおじさんは、この一瞬で何を思うのだろう?
ふと、そんな事を考えていると…。

パァァーンッ!!!!

とてつもない音と共に
後ろタイヤが、またもやパンク。
おそらく原因は空気の入れ過ぎだろう。

止む終えず急停車。パンク修理を余儀なくされた。
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すると。
向かいの家の、先ほど目が合ったおじさんが
破裂音に驚いて様子を見に来た。

「すごい音がしたけども大丈夫かね??」
えぇ、すいません驚かせて。
パンクしちゃったのでここで直します。
そう言っておじさんの見学者のもと、修理を始めた。

タイヤのチューブが張り裂けていたので
取り替え無ければならない。
後ろタイヤにはリアカーが連結され
ギアチェーンも絡む部分なので脱着にすら時間がかかる。

リアカーの脱着部品は
沖縄の座間味島のどこかに埋もれて無くしてしまった。
針金で縛り付けて固定してしまっているので
容易には外す事が出来なくなっている。

先ほどの道の駅にはベンチがあり、
それを使ってそれなりにやりやすい様にしていたが、
ここはただの田舎の道端。
そんな、都合のいい物など周りにはなにも無い。

手こずる姿を見ていたおじさんが
自転車の車体を持ち上げて手伝ってくれることになった。

一人では到底難しい作業だったが、
おじさんのおかげで何とか修理も終えた。
IMG_4061手はチェーンの油で真っ黒になり、ベトベト。

おじさんは先ほど立ち話をしていた家の持ち主らしく、
手を洗わせて貰えないかとお願いすると、
快く、駐車場にあった外付けの水道を貸してくれた。
IMG_4062手の汚れを綺麗に洗い落とし、
自転車に戻って荷物をまとめていると。
ダックスフントを2匹連れて、
散歩しているおじさんに声をかけられた。

「お、日本一周か。いいねぇ。
いつもどんな所に寝泊まりするんだい?
もう4時頃だよ。」

えぇ!もうそんな時間ですか?!
いつも野宿なんですけどね。
生野銀山を越えたい所でしたがこの時間から山を越えるのは
暗くなると危険だし、悩むとこですね。

「ほぉ、それはまた大変だね。
よかったら、すぐそこにうちの小屋があるから
そこで寝るかい??
そこの方がまだ寒さも凌げていいんじゃないかい?」
そう言って、自転車を修理していた場所から
50mほどの距離に見えていた小屋を指差した。

えぇ?!あそこ?!
いいんですか?!
この時間から進んでも暗くなって危険なので
お世話にならせて頂けたら嬉しいです!

「そうかそうか。全然構わんよ。
ワシはアンタみたいな人を見かけたら
黙っていられなくってね。
じゃあ、案内するよ。ついて来なさい。」
そう言ってすぐそこの小屋まで向かった。
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主に農作業をする重機などを
置く為の倉庫に使っている様だ。

部屋の隅に一部屋だけ小上がりになった個室を設けていて
そこで寝泊まりしても良いと案内してくれた。

IMG_4072部屋は、たたみ3畳程の広さで
半分ほど荷物で埋まっていたが寝転ぶには充分なスペース。
風を完全に凌げるだけでも最高の寝床だ。

「まぁアンタを信用してるから、適当に使っておくれ。
そうだ、名前をまだ聞いてなかったな。
名前は何と言うんだい?」

そうですね。申し遅れました、上鶴芳彰です。

「ほう、上に鶴って書くのかい?良い名前だね。」

ええ、ありがとうございます。おじさんは?

「ワシは名乗るほどの者じゃあないよ…。」

「…。」

「細い谷で細谷だよ。」

言うんかいっ!!

「じゃあ、ワシは帰るから戸締まりだけはよろしく頼むよ。」
そう言い残して近くの家に帰って行った。

倉庫内にはラジオがあり、
個室と倉庫内にスピーカーも設置しているので
ラジオを倉庫に響かせながら過ごす事にした。

小屋の周りには田んぼしかなく、
100mほどの距離に先ほど手を洗わせて貰った民家があるだけだ。
ラジオからは聞き覚えのあるラジオDjの声が聞こえている。

地元が近くなって来ているのをふと思い出した。

おそらくあと2日あれば必ず、
神戸の実家に到着するだろうと云う予測は出来た距離だった。
日本一周の間に神戸に立ち寄るのもどうかと
正直、自分の中で色んな葛藤があった。

4年前に事故を起こして神戸に引き返して以来、
日本一周を達成出来ずに神戸に帰るなど、
もう二度とそんな格好悪い事はしたくないと思っていたのが
余計に引っかかっていた。

今回、神戸に帰る事に決めた一番の動機は
誕生日が12月2日の彼女にサプライズで帰って
喜ばせて上げる事を思いついたからだった。

端から見て、格好悪い人でも良い。
彼女にとって喜んでもらえる事が出来るのなら、
恥をも吹き飛ばせる様な気がした。

実質。ただ日本を一周するより、
兵庫県を縦に縦断する事を行程に含む方が
ただの海岸線を日本一周するより距離も苦労も多い。

今回、神戸に寄るにあたって
日本一周中の自分なりに、ある条件を決めていた。

それは、
『実家で宿泊しない』
だった。

なんせ日本一周中の人が
実家に帰るのは、あり得ない。

今回は、実家に寄るのだ。

旅の予定は、神戸に寄って実家に自転車を一旦置くと
北海道に向けてヒッチハイク旅に切り替える予定だ。
その間は友達の家を点々とさせてもらうつもり。

もちろん、北海道で仕事を終えて帰ってくれば
また自転車に乗り、一周達成に向けて
兵庫県を北に遡り日本海側を北上する。

一ヶ月前の宮崎か大分県に居た時には、
すでに極秘で神戸へ行くと心の中に決めていた。
ブログの更新が途絶えていたのも、サプライズを成功させる為に
更新を遅らせたり、ストップしていた事が原因だった。

神戸の友達に、彼女を誕生日に呼び出してもらって
そこへ登場する作戦も数人だけに極秘で連絡を取り、
サプライズに向けての段取りをしてもらっている。

九州から、いくつもの山々を越えて険しさのあまり
間に合わせて到着出来るかどうか心配になったが、
なんとか6日後の誕生日までには
神戸に到着出来る見通しがついてほっとした。

細谷さんが帰ってから夕食を作る事にして
農作業小屋で調理を始めた。
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一度、家に帰った細谷さんが、また小屋に戻ってきた。
夕食にと、お盆にご飯と豚汁にみかんを乗せて
わざわざ家から持って来てくれた。

IMG_4071「マズいけど、まぁ食いな。」

そう言っておじさん的にマズい豚汁を頂いた。

冷え込む寒さの小屋の中で
暖かい豚汁をすすり、ご飯をかき込む。
はぁ〜美味しい。

「どうだ、マズいだろ?」

い、いやいや。笑
美味しいですよ!!ほんとに!

もし、そうだとしてもそんな事、
口が裂けても言えないっちゅーの。

「どうだ?マズいだろ?」
はいっ!!マズいです!!

ってなるかっっちゅーの。
どんな返しが欲しいのだろう?

そんな事を心の中でツッコミつつ、一気にかき込んで完食。
食べ終えた皿を持って、おじさんはまた帰っていった。

小屋の中にはラジオの音が鳴り響き、
ゆったりと、リラックスする事が出来た。
外で生活している時は、
何かしらの緊張感みたいなものがつきものだ。

天気、人、動物。
何がどう襲って来るや分からない
荒野に掘り出された様な状況の中で
100%安心して寝れる事はまずないのだ。

おそらく人の家などに泊めて貰う事も、
自転車日本一周、前半戦では最後の家となるだろう。

神戸までのラストスパートに向けて
充分に小屋で休ませてもらったのだった。


11月27日(201日目)

細谷さんの小屋で目が冷めた。

部屋の扉を開けると自転車のリアカーの上に
何やら大量に野菜が置かれているのが目に入った。IMG_4077

大量のネギ。

ざっと見て、太い白ネギが20本ほどだった。
もしかして…
これを全部もって帰れと言う事だろうか…?!

昨晩、電話番号を交換していたので
細川さんに電話をかけてみた。

昨晩はお世話になりました。
おかげさまで、ぐっすりと眠れました!
ところで…このネギはなんでしょう…??

「おぉ、起きたかい。そのネギは岩津ネギといって
日本三大ネギの内の一つの有名なネギだよ。
それを持って行きなさい。」

やっぱり…。

大量に貰ったシリーズに殿堂入り決定。

宮崎県の5kgのみかんに引き続き、
20本の岩津ネギ
IMG_4082こんな荷物が積めるのも
苦労して引っ張って来たリアカーのおかげだ。

ありがたく頂戴し、
仕事に出てしまっていた細川さんには
電話でお礼を告げて小屋を出発することにした。

朝来市から生野銀山へと差しかかりまた山を越える。
おそらくこの山が最後の大きな山となるだろう。
一歩一歩懸命に山を登り、頂上に到達。
IMG_4080ここから麓へは緩やかな下りが永遠と続き
おそらく20kmほどもの距離を徐々に下ってゆく
気持ちの良い道だった。

麓に降りてから福崎町、加西市、小野市、三木市と
徐々に聞き覚えがある地名が見えて来る。

加西市で自転車で追いかけて来た高校生に
写真を撮らせて下さいと頼まれたので
快く受け入れ、自分もついでに記念写真を撮らせてもらった。
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予定では2日ほどかければ実家に到着出来るだろうと予想していたが、
この日、夜おそくまで走り通せば、辿り着いてしまう距離に居た。

見慣れた土地でキャンプするのも何だか変な感じだし。
家に辿り着くまで動き続ける事にした。

とは言っても。
この旅一日の最大移動距離を遥かに越える
全行程120kmを走らなければならない。

日本一周自転車の旅〜西日本編。
最後の難関としてふさわしいだろう。
IMG_4087小野市、三木市辺りにかけて
徐々に太陽は、山へ姿を消していった。
IMG_4086辺りも暗くなり、山間部の冷え込む風が
汗をかいた身体を冷やす。

動きを止めれば
すぐに寒さが襲って来る。

朝ご飯を小屋で食べた以来、
何も食べていなかったので三木市のコンビニで
カップラーメンを買い手早く食事をしていると。

コンビニから出て来た自分と同じ年代か、
年下あたりであろう青年に、よかったらと差し入れを頂いた。
暖かい飲み物にカロリーメイトとウイダーインゼリー。
色々入っていた物を持たせてくれた。

もう後少しで家に到着出来るのに申し訳ないと思いつつも。
カップ麺だけでは、まだまだ腹は満たせていなかったので
カロリーメイトのチョコ味を頂いた。

貧血気味の重たい身体も食べ物を食べると
まだ動ける様な気がしてくる。

動きを止めて冷えた身体を奮い立たせて
また、暗がりの中を進み始めた。

その三木と地元の北神戸を結ぶ田舎道は
高校生の頃に何十回と通った懐かしい道だった。

三木市に住む仲のいい友達に会う為に
原付バイクで何度も何度も往復をした記憶が蘇る。
あの頃、仲が良かった友達を後ろに乗せて
原付バイクを二人乗りで移動する事も多々あった。
おそらくアイツとは2000km以上もの距離を
2人乗りで移動していたんじゃないだろうか。

本当にバカだった。若気の至りだったのだろう。
よくもそんな距離を事故もせず、捕まらずに居れたものだ。

昔の悪友は、どんどんと悪い道へ進み
何処かに行ってしまった事が寂しくてならない。

アイツとこの道を走った時。
一番思い出深い記憶が、ふと蘇る。
使い古した、いらなくなった白いハイソックスに、
黒の油性ペンで爆走と書いて
それを「爆走ソックス」と名付けた。
他にも爆走Tシャツもアイツはふざけて作っていた。

それを着れば「爆走連合」の一員になれるらしい。
メンバーはアイツと俺の二人だけ。

たった一台の何も改造も施していない
主婦が乗っていそうなカゴ付きの原付で、
爆走ユニフォームを着て、
真冬の2月の夜中に田舎道を爆走したものだ。

「爆走だぁ〜!!どーけどけコラァ〜!!」

真夜中の田舎道で、誰もいない、車も通らない所で
たった一台。たった二人。
無意味に誰に向かって言うでもない暴言を発し、爆走するのだ。

「はっっはっは。ところで、俺たち、なんでこんな事してんの??」
原付を走らせながら、風に負けない様に大声でアイツに聞いた。

「あぁ?そんなのわかんねーよ!俺は爆走連合なんだよ!
おぉぉらぁ〜どぉけどけぇ〜爆走だ〜!!
プップー!!プップー!!!!」

おいおい、勝手にクラクション押すなって!
やーめろって!!

そんな馬鹿なやり取りが懐かしい。
そんな事もあったねと酒でも飲みながら笑い合える日が
また来れば良いと思うが、
今ではアイツとそんな事すら出来そうも無い。

誰かと共に何かを経験するという事は、
共通の記憶としての財産なのだ。
その財産だけは、いつまでもその人と共有出来る人でありたい。

大切な何かとはそんな所にあるんじゃないだろうか。

お金や数字に表せられない大切な物。かぁ。

そんな事を考えながら、
真っ暗な田舎道を突き進んだ。
走行距離も100kmを越えて、身体も貧血気味。
先ほどラーメンを食べた時以外は朝から自転車に乗りっぱなし。

意識がぼーっとし始めて
暗闇を照らし出す真っ白なLEDライトが
不自然な明るさを放つ。

考え事もしなくなり、
今度は身体の中へと自分の意識を移し始める。
右に左に踏み込む足、右足が力の入れ過ぎで
パンパンになって酸素不足になっているのが分かる。
右足の力を弱くし、その分のエネルギーを左足へ。
呼吸も乱れると、全身の動きを少し弱め、
ゆっくり大きく深呼吸して酸素を身体に行き渡らせる。
苦しさも徐々になくなり、呼吸もリズム良く落ち着いて来る。

自分の身体の声を聞く事も
自転車に乗る為には必要なこと。

これが出来れば、
どこまでも進めてしまうんではないかと思ってしまうほどの
ランニングハイの状態になることが出来る。

親しみのある文字が目に入った。

IMG_4091 …。

嬉しい様な、嬉しくない様な。

複雑な気持ちだ。

朝から運動続きで、
それらの気持ちを読み取るのも困難な程に
ぼーっとしているのが分かった。

…もうすぐ家だ。

神戸を5月に出てから。
四国を53日間に渡って一周し、
八十八カ所、お寺巡りの修行から始まった。
四国一周を終えた時のあの感動は忘れていない。
自分が人目もはばからずに号泣するなんて思ってもいなかった。
道端で出会ったアンドレーと旅を共にした事も
公園で寝泊まりしていると、洗濯物を洗ってくれた旅人のまゆさんも。
道端で涙を目にして大切なコトを教えてくれたおばさんに
12時間も続けて喋り続けて来るラジオみたいなおじさん。
畑の横の小屋で毎日酒を飲んで畑仕事をしている楠さん、
事故後リハビリに励んでいる小松島の松田さん、
公園のベンチで座っていると、2mの至近距離に
いきなり変な格好をした爺さんが背中を向けて立ち、
それから45分間もの間。
とてつもない大声で熱唱しはじめた人に出会ったり。

全てを書こうと思えば一口には
書ききれないほどの方達が頭に浮かぶ。

また、再び出会ってお礼を言いたい人、
元気な姿を見せたい人達が沢山居る。

神戸から西日本を半年もの時間をかけて突き進み、
何も無いこんな自分の為に、色んな方々からの恩恵を受けて、
助けの手を数々差し伸べられて来た。
辛く、辞めたくなる様な事も日常茶飯事で。
でも、その苦しさを越えると、それを越えた時にしか見えない
景色や自分を見てきた。

そうして沢山の物を見て感じて来たけども。

見れば見るほど。
まだまだ世界は大きく広くって。
自分なんてちっぽけなものなんだと
更に、また思い知らされるのだ。

九州は左回りに南下して鹿児島から沖縄地方の島々へと渡り
日本最南端の島、波照間島に到達。
その後、石垣島での一ヶ月半の仕事を終えて
九州の東を北上し、本州の日本海側の山々を越えてここまで来れた。

ただの道端、スーパーの中、山道の途中、コンビニの前、
どんな所でも、自分にとっての宝物を見つける事が出来た。
まだまだ、この世界にはひょんな所に宝物がゴロゴロ転がっている。
少しづつ、少しづつでいい。
欲張らなくていいから少しづつ。

自分にとっての宝物を探して行きたい。

夜9時を過ぎた頃。
ようやく実家の前へ到着した。
IMG_4092実家の前に降り立ち
長年住み慣れた家を見上げた。

半年ぶりに長い道程を渡り家の前まで来たが
不思議な事に久々な感覚は全くなく、
ここにあって当たり前かの様に思えた。

いつでも帰って来る事ができる居場所。
どんな心配させる様な事をしたとしても、
なんだかんだ口うるさく言っては
結局、笑って迎え入れてくれる母親がいた。

自転車を置きに寄っただけやから家には入れない。
そう説明すると、

母「は?!意味分からんし!!
そんなの全然意味ないと思うよ。」

いや、帰るのは日本一周終えてからだから!

「そんなん誰にも言わんかったらええがな!」

いーや俺にとっては大事な事やねん。

母「ホンマもーアンタはいつも。しらん、勝手にし!」

そんないつも通りの会話が続いた。

自転車を実家に置き、
家に入る訳にもいかないので
母親と近くの同級生が働く居酒屋へ向かった。

酒を飲みながら久々の親子の会話を(ほぼ説教)
夜遅くまで続けたのだった。

母親と飲み終えてからは、
居酒屋で働いていた中学時代からの付き合いの
友達の家に泊めてもらうことにした。

家へは帰らない。

日本一周は終わっていないのだらから。

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