【動画】旅番組PJTV 第30話突入 !!

今回は羅臼で出会ったおじさんとの
心温まる物語。

この方とは、
また来年の南下シリーズに再会する予定だ。

今回から少し作り方を変えて
僕の感情も込めたナレーションを加えてみた。

じゃ、今日もクリックしてから
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獄中生活。留置所編その4

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「お”え”ぇぇぇぇぇえぇ〜‼︎」
ゲロゲロゲロゲロゲロゲロ
ビシャビシャビシャビシャ

ゲホッガハッゲホッゲホッ…

「お”お”おぉお”ぉおゔぇええ~~‼︎」
ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ
ビシャビシャビシャビシャビシャ

日曜日の早朝6時。

誰かが嗚咽する非常に汚らしい不快な音で目を覚ませた。

っったくなんなんだよ…
朝方からゲロ吐きまくりやがって…

その音は今まで静かだった
誰も居ない筈の牢屋の方から絶え間なく聞こえていた。

こっちまで貰いゲロをしてしまいそうになるほど
気持ちの悪い音が静かな就寝時間の留置所全体に響き渡っていた。

おそらく、
あのゲロおじさん(僕の中でのあだ名)は
昨晩の週末に飲み過ぎて暴れたかなにかで
夜中に捕まってきたのだろう。

それから30分すると電気が点いて起床の時刻を迎えた。

「まったく、朝から気持ちの悪い目覚めだな。」

そう口にして言うと、横の檻の人から
「昨晩の夜中3時頃に入って来て、それからずっとあの調子だよ」
と23の男から声が返ってきた。

それから今まで
ずっと絶え間なく吐き続けているらしい。

僕より歳の若い看守も
「すいませんね」などと言って、
自分のやらかした事でもないのに
何目線で謝ってんのかわからぬ言葉を口にして
苦笑いをしていた。

後で、なぜゲロおじさんが逮捕されてきたのかを聞くと、
酔って外の看板を壊したとかいった理由で捕まったらしかった。

ゲロおじさんの汚ったねぇ音のワンマンライブは
アンコールに次ぐアンコールが巻き起こり、
留置所アリーナにはその日の昼3時頃まで鳴り響いていた。

連続する嗚咽音の頻度は段々と弱まってゆき、
昼過ぎ頃には30分に一度位のペースで聞こえる程に収まったのだが、
忘れた頃にまた不意に「ヴォエエエエエェェェェェェ~」と
恐竜の様な雄叫びが聞こえ、
僕を含めた周りの部屋からもクスクスと笑い声が聞こえる。

色々な人がいるもんだ。

「まだ吐いてんのアイツ?」

「相当辛そうだな。」

「そういえば、こんなに酒を飲まない日が続く事は普段は無いなぁ。」

「あんなに浴びるほど酒を飲みたいもんだね。」

などなど、他の部屋から口々に聞こえて来る。

基本的に留置所とは、
その地域に住む地元の人が捕まってくる場所である。

僕の部屋を挟む両側の檻に居るヤクザ屋さんと
28歳と23歳の男らの中には、
お互いに面識のある者も居た。

地元の人だと共通の知り合いなども多いらしく会話が弾んでいる。

僕の部屋を隔てて会話するものだから、
すべて否応なしに聞こえて来る。

「〇〇の友達の〇〇は知っているか?」

「はい、知っています。」

「〇〇は昔シャブを売っていたよな。」

「その〇〇は捕まって8年刑務所に入っていたが、
もうそろそろ出てくるんじゃないか。」

「どこどこの〇〇はあと刑期が3年残っているからまだ出て来ない。」

「アイツは2回目でアイツは4回捕まって、
どこぞの組の〇〇が〇〇と…」
などなど。

それ以上はここには書けない会話も
大きな声で平気で喋っている。

結構やばい話しが散々繰り広げられていた。

無論、怖すぎてあまり関わりたくないので
必要以外の事は僕は話さない。

だが時々「おい、レゲエの兄ちゃんよぉ」と呼ばれて、
隣の部屋のヤクザ屋さんに何で捕まったのかなど
色々と質問が飛んで来る事もあり、
その場合だけは質問に答えて会話をした。

僕はヤクザ屋さんに
「レゲエの兄ちゃん」か「日本の兄ちゃん」
と呼ばれていた。

レゲエの兄ちゃんって…。
レゲエばっかり聴いているわけじゃないし。
っとは言えず、「はい」と即答で応じる。

ヤクザ屋さんを怒らせると
どうなるものかわかったもんじゃない。

日本の兄ちゃんにしてもそうだ。

日本一周の兄ちゃんなら分かるのだが、
日本の兄ちゃんって…
長いからそうしたのであれば
「旅人」と言ってくれた方がいいんではないだろうか。

などと小さなどうでも良いツッコミを
口に出さずに思う。

そうしてまたいつもの様に静かに文庫本に目を落とす。

退屈な時間での気を紛らわすために
本ばかり読みふける日々だった。

ーー9月30日ーー

逮捕から10日目に僕は裁判所に起訴された。

起訴とは裁判所で犯した罪に対して、
裁判をしますよ。と云った事らしい。

この過程に至るまで逮捕後5日間ほど
散々取り調べを受けて調書を作成した。

更に話しが固まって来ると
警察署内だけの取り調べでは済まずに、
80km離れた札幌の検察庁へ行くために
5人の警察官に連れられて2度に渡って護送車で送られた。

他の日に裁判所へも一度行ったので
合計で3度も札幌まで往復した事になる。

下らない話のために
ガソリンもガンガン使って、
紙もアホほど使って、
人件費もジャンジャン使う度に
大量の税金や資源が使われる。

何が正解で、何が間違いなのか。
何が良くて、何が悪いのか。

日々、そんな終わりのない
気の遠くなる様な話しの答えについて考えていた。

検察庁へ2度目の取り調べを受けに行く護送の時、
そんな事を口を閉ざしてぼーっと遠い目をして考えながら
全身を金属探知機にかざされ、
全身のボディーチェック、
最後に靴下を脱いで足の裏を見られてから
縄が付いている手錠をかけられていた。

カチャと冷たい音が鳴り、
続いてジジジジジと腕の太さに合わせて締め付けられる。

手錠は硬く、冷たくて冷酷な重みを含んでいた。

はぁ…。
日本一周中にこんなものを手にはめられる事になるとはな…。

手錠がはめられている自分の手の姿を見る度に思った。

留置所の鍵が開かれて車庫に繋がる階段を歩いて行く。
腰に巻きつけられたロープは一人の警察官の腰に繋がっていた。

車庫へ行くとすぐ手前に
これまでにおよそ1万キロを旅して来た
僕のリアカー自転車が停めてある。

本来ならば誰かに取りに来てもらわなければならないらしいが、
特別に警察の車庫へ預かってもらえる事になったのだ。

ブルーシートを被せられた自転車を横目に
片側しか開かないワゴン車へ先に乗り込み、
後から護送に付いて来る警察官が乗り込む。

ドアを開けて逃げない様にとの対策なのだろう。

護送要因の警官5人が全員乗り込むと、
目の前の閉ざされたシャッターがようやくゆっくりと開け放たれる。

久々に外の景色を見た。

こんな自由を奪われた僕など御構い無しに、
外の世界はいつも通り平凡な日常を送っている人で溢れていた。

犬の散歩をするおばさん、
笑いあって歩いている学生、
スーツを着たサラリーマン、
手を繋いだカップル。

いつもの光景だったはずの外の世界は、
このたった数十日で全くの別世界に写る。

心なしか、緑の木々が色褪せ初めている。

それは北海道にもうすぐ冬が来てしまう事を意味していた。

高速を走り、1時間半ほどかけて札幌市内へ。

また、札幌に戻って来ることになるとはな…。

この街で10万円を道端で稼ぎ上げる挑戦を達成し、
北海道を出る切符を手にした。

あの時の僕の顔は
生き生きとした希望に満ち溢れていただろう。

それから意気揚々と青森への船に乗り込む為、
船乗り場に移動している最中に……

…また僕は札幌に戻って来た。

死んだ様な暗い顔をして。

僕を乗せた護送車は検察庁に到着した。

車庫に車を乗り入れ、
シャッターが完全に閉まり切るのを待って
車のドアが開かれた。

鍵を開けて裏口の様な所から検察庁へ入る。

地下への階段を下って行くと
小さな2畳にも満たない牢屋へ案内された。

ここは待合室の役割を担う牢屋で、
そこに入れられて検察官の呼び出しを待つ事になる。

どこに行っても牢屋牢屋牢屋…か。

運動場に行っても
高い壁に囲まれた部屋の天井もが
檻を成していた程だ。

だが、それくらい厳重にしておかなければならないのだろう。

実際、僕だってこんな生活は
毎日逃げたくて逃げたくて仕方がなかった。

また長い牢屋での時間が始まった。

検察官に呼ばれるまで
優に1時間は待たされる事になる。

小さな檻の中には駅のホームにある様な地面で
固定されてある撫でらかな曲線を描いた
白いプラスティック製の椅子が2つ並んでいた。

もう2つその椅子を入れようとしても
入らないほどの狭い空間だ。

他に物といえば
自分が着ている服とスリッパくらいだった。

白い壁には
読み取りづらい汚れにも見える落書きが
所々に書かれている。

おそらく穿かされているスリッパの
靴裏やヘリの汚れを使って書いたのだろう。

暇だからそんな事でもしなければ落ち着かない
その気持ちも分からなくはない。

待合室の役割を担う小さな牢屋には
空っぽで虚しい空虚な時間で満たされていた。

護送して来た警察官達は檻の外で並んで座っている。

それぞれにタバコを吸いに出て行ったり、
腕を組んで眠っている。

寝ながら給料を貰うのは泥棒ではないだろうか。
あの人も捕まった方がいいのないだろうか…。

だが、こんな地下の狭い牢屋からの声など
誰にも届くはずもない。

車の中でも眠ってしまい
犯罪者であるはずの僕に寄りかかって来る人も居た程だ。

警察官の中には
犯罪者の肩を枕にスヤスヤと眠れる輩
もいるらしい。

まったく、変な世の中なってしまっているものだ。

やっとの事で検察官に呼び出されて檻が開き、
また縄付の手錠をされて「さ、行くぞ。」と偉そうに言われて
無理矢理に散歩させられる犬みたいな気持ちで移動した。

エレベーターに乗るとそのまま突き当たりで
壁を向いて立ったまま振り返るなと指示され、
壁を向いたままエレーベーターは上昇してゆく。

何階に到着したのかわからぬままエレベーターを出て、
検察官が待ち受ける部屋まで歩き、
扉を警官が開けた。

20畳ほどの事務室の様な空間に
50代の検察官と、30代の若い助手の様な人が
L字の形になる様に机を構えて座っていた。

デスクが部屋の中央からやや左に偏った形で置かれ、
右手には背丈を越える白いつい立があり、
その裏に目立たない様に無造作に物が置かれてあったが
そこに何が置いてあったかは記憶がない。

検察官の正面に用意された椅子に座った。

手錠は外されるが、
その代わり腰に括り付けられたロープが
椅子に絡められて手錠が椅子にかけられている。

その警官は出入り口の真横にある椅子に座った。

ブラインドを閉ざした窓側にある長い会議机の上には、
今年の物を含めた数年分の六法全書がずらりと並び、
他にも法律関係の本が沢山並んでいる。

座った椅子から左右の斜め前方に
こちらに向けてビデオカメラがそれぞれ1台づつ設置され、
目の前の机にはマイクなども設置されてあった。

おそらくだが、
これは僕の取り調べには使用してはいなかった。

非常に重要な取り調べを行う時などに
録音して使用するのだろう。

検察官は警察署で僕の供述により作成された
分厚い取り調べ書類の束を目に前に置き、
それらに目を通しながら気になる点を僕に質問し始めた。

だが、どれも警察署で聞かれた内容とさほど変わらない。

本当にこんな下らない事に
意味があるんだろうかという思いが頭に過った。

だが、ここに来る連中の中には
大嘘を付く人もいるからこんな仕組みになっているのだろう。

無意識に両肘をついて頬を手に乗せて話していると
「おい、それ、やめろ。」と
偉そうに顎で指図された。

話をする体制まで自由を奪われるらしい。

左側にこちらを向いて座っている検察官の助手が
話している内容のメモなどをしていた。

正直に話さなかったり、
警察署で作成した調書の調べでの発言が食い違ったり、
嘘ばかりで確証に至る裏付けが証明されないと
警察(正確には裁判所)は
更に10日間の拘留を追加する事が出来るそうだ。

けれども僕は前回の記事にも書いた通り、
隠す様なやましい事は一切なかったので全てを話し、
もうそれ以上調べる必要は無いと見なされたので
10日以上の拘留延期にはならずに済んだ。

起訴が確定すると
一般的な逮捕者はその日から
裁判の日までの保釈を請求する事が出来る。

保釈とは、
住居限定や保証金の納付を条件として
拘留されている被告人の身柄の拘束を解く制度だ。

本来なら僕も
この10日間で外へ出る事が出来たはずなのだが、
保釈をする為に必要な保釈金が用意出来ない。

保釈金の額は人によって額は様々だが、
例えばそれぞれの人が没収されてしまっては
その人の生活に支障が出る額を請求される。

結局そのお金は後日行われる裁判に出廷すれば
返ってくるものなのだが、保釈金だけではなく
更に”身元引き受け人”を構えなければならない。

身元引き受け人とは、
要は、この人が裁判まで逃げないように私が保証します。
と言って保証してくれる人の事である。

もちろん、
僕の地元ではないココ北海道には
そんな事を頼める人がいるわけでもない。

仮に頼める人が居て、
出たとしても札幌で行われる公判まで
外で待っていなければならないのだ。

起訴から裁判が行われるのは
大体、起訴後1ヶ月~1ヶ月半らしい。

それほどの長期間を、
裁判する日を待つが為に野宿しながら生活するのも
僕の場合に限っては逆に苦労する事になる。

そんな事を知り、
僕は誰にも迷惑をかけずに済む方法、
つまり裁判の日まで檻の中で待つ事を決断した。

だが、これほどまでに長くなってしまうとは予想外であった。

これに関しては「初犯で、売買などがなければ
一週間~二週間で確実に出てこられる」と
誰かに聞いたことがあった。

僕は正直に言って、
捕まっても僕の人生には何ら差し支えがない。

これから先、
地位や名誉があるわけでもないし、
どこかの企業の就職の面接に行くこともないだろうし、
規律の厳しい世間の組織に属することはないと断言できる。

もし働きたくなる時が来るとしたならば、
僕は自分のやりたい事を自由にできる会社を
自分で作り上げるまでだ。

だからもし捕まっても
一、二週間ならいいかと思っていた。

そして一度捕まったら
同じことはもう辞めようとも昔から思っていた。

二度目からは確実に数年間刑務所行きだからだ。

だが、これほどまでに長くなってしまう事になるとは
思いもよらなかった…。

飛んだ誤算だった。

45日間の拘束は続く…

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次回予告
1ヶ月の留置所生活を経て、
舞台は拘置所へ移送される。
『拘置所の独房その1』

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