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前回の記事を一週間もの時間をかけて書き上げた。

そして投稿ボタンを押すだけの段階となった時、
僕はとても恐怖に襲われていた。

もしかしたらこれは批判の嵐になるかもしれない…
これからの人生を棒に振ることになるかもしれない…
僕の周りから人が離れて行って
一人ぼっちになってしまうんじゃないか…

この感覚は僕だけの感覚であるし、
誰にも理解されないんじゃないんだろうか。って。

様々な恐怖の葛藤を押し切って投稿ボタンを押しました。

その結果。

僕がこれまで歩んで来た5年の中で、
一番の反響が返ってきた。

僕に直接電話してくれる方やメールしてくれる方。
僕にだけでなく、
『コイツの書いた物、見てみてくれよ。』
『面白いよ!』
『良いこと書いてっから!』
などなど。

様々な人がそう言って、
僕が届けられない所まで届けてくれた。

あなた方はもう既に虹の戦士の一人だ。
これを伝えられる人は既に愛を武器に戦う虹の戦士だ。
ありがとう共に進もう。

虹の戦士の意味がわかるって事は、
最後の文章まで時間をかけて読んでくれたんだね。
本当にありがとう。

貴方のおかげで僕の目指す場所へまた一歩近づけました。
心から感謝します。

ちょっと長いけれど、
僕の中で人生かけて書いた記事だ。
まだ見ていない方は是非、目を通してくれ。
よろしく。

前回の記事はコチラ
獄中生活。留置所篇その3と事件の真相を告白する。


さて、今回の本題だ。
今年の春から始めた、この旅を動画でも伝える旅番組の続編!
たくさんの皆様からの支援で復活したパソコンで
また、再開することができました。
感謝してます。

じゃ、続きいくで!

次回からもっと良い作り方に変更するから、
この次も乞うご期待!!

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獄中生活。留置所篇その3と事件の真相を告白する。

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今回は長いで。
10分は覚悟して、じっくり読むべし。


10月1日(土)/拘留10日目。

早朝6:30。

室内背後の廊下を隔てた曇りガラスの窓から陽の光が差し込み、外の世界は良い天気である事が分かった。
布団を畳み、顔を洗って歯を磨いてから朝食。

食後、1日前の日付の新聞がいつもの様に回ってきて何となくそれに目を通した。
いつも真っ先に見るのは外の天気と気温だ。

今日もまた最低気温を更新している。
この10日間で5度気温が下がって最低7度まで冷え込んできた。
2日に1度下がっているペースだ。

このままでは冬が来てしまう。
そんな焦る気持ちとは裏腹に季節は流れていった。

また、昼食まで何もない時間が訪れる。

あぁ……、暇だ…。

1日を迎える度に、紙に書き出した日付に×印を付け足した。
img_9072

何かしていたいんだけれども、身の回りには貸し出された本と紙とペンぐらいしかない。
いい加減、読書や日記を付けるのにも飽きてきた。

それらを無造作に傍に置き、壁にもたれて足を放り出して力無く座った。
首の力も抜いて頭は傾いている有様だ。
髪ゴムなどの紐状の物も留置所へは持ち込めないので、髪もだらんと淫らに垂れ下がっていた。

数十分後、檻の外で看守がこちらを見ながら横切った。
それからゆっくりと視点を手前の檻に移し、焦げ茶色に塗られた太い金網と盾に立ち並ぶ鉄骨に目を止めた。

その風景をぼんやりと重力に任せ、口を開けて眺めていた。
ふと、昔誰かに聞いた動物園の噂話を思い出した。

それは地元、神戸にある王子動物園の話しだった。
その動物園には観覧者に向かってウンコを投げるゴリラが居たそうだ。
その話しを聞いた時、自分が出した排泄物であるウンコを人に向かって投げるだなんて野蛮で変な生き物だと思って笑って聞いていた。

だが、今ではその気持ちが良く理解できる。
もし今、手の届く所に手頃なウンコが転がっていたとしたら、迷わず手にとって看守に向けて思いっきり投げつけることが出来る心境だ。

こんな檻に閉じ込められて朝から晩まで檻の外から観察され、

カパッ、と

愛想ない音を立てて開く小さな扉から餌だけ与えられて過ごす日々に苦痛を感じない方がおかしい。
動物園の檻と、ここの檻に似通った苦痛があることに気が付き始めた。

だが、僕はある事が原因でひと時をこうして檻の中で拘束されて過ごしているだけだが、動物園の動物達は、ただその種の生命として生きているだけで、住処であった大自然から連れてこられて一生その命が尽き果てるまで狭い檻の枠の中でしか生きることが出来ない。
その事まで想像を膨らませると、動物園内で飼育し、見せ物にされ、自由を奪われた命ある生命たちの無念さに同情心が芽生えた。
そして、そんな事が平気で出来てしまう人と笑ってそれらが観察が出来る人類の愚かさ。金の為に犯す軽率さが浮き彫りになり、人としての尊厳に恥じらいさえ覚えた。

これを読んでいる方の中に動物園の飼育係や経営者の方はおられますでしょうか?
あなたは檻に閉じ込められて、自分のやりたい事、行きたい所、欲しい物、様々な願望を制御され続けた生活を続けたことはありますか?
そしてそんな極限のストレスを抱えた自分を観察された事はありますか?
無いのであれば、一度、毎日家に帰らずに、朝から晩までそこで命尽き果てた動物の空いている檻の中などを利用してその生活を体験して見て下さい。

檻の前には『ヒト』という看板を僕が作って差し上げましょう。
餌を上げるタイミングも、食事内容も僕でやらせて頂きます。
生命を維持する水は常に差し上げましょう。
その他の願望は基本的に受け付けません。

たった10日間で嫌という程、死ぬほど檻の中の生物達の気持ちがわかります。
ですがその動物達は死ぬまでそこで、その生活なのです。
今すぐに閉館してあるべき姿で過ごせる自然界に還して上げましょう。

僕は小学生の頃、生物クラブに入るほど生き物が好きだった。
「凄い、カッコイイ、可愛い」とか言って生き物を観察していた幼き日の自分を思い返した。
虫カゴと言う名の鬼畜な道具へ捕獲して閉じ込め、ろくに餌もやらずに生き物を飼って、持っている事、観察出来る事だけ、この目で見るだけで自分の欲を満足させた。
後に飼育すら忘れ去って殺してしまった数々の命に対して、心底申し訳ない気持ちが芽生えてきた。
庭に繋ぎっぱなしで、たまにしか散歩へ連れて行ってやれなかった犬にも本当にすまない事をしたと、酷く後悔した。

おそらく、この体験を経た事で僕は、これからの生涯で動物園といった類には足を踏み入れないだろう。

本当にそれらが見たければ、それらが本来生まれ育ち、生を育む姿を見る事が本当の意味を持つのだと思う。

ライオンが見たければサバンナで生き抜く真の姿をそこまで自分の足で赴いて見、イルカが見たければイルカが住む海に潜り、虫を見たければ虫カゴを持たずに山に入るだろう。
その環境で生き生きとその生命が生きているからこそ、その生命が担う本来の使命を全うする事が出来るのだ。

それらを奪い取っては、決してならない。

もし僕が我が子を授かり、様々な生命について教える時が来れば、僕は自由を奪い取った悲しい姿の生き物見せるのではなく、本来の意味ある姿や形を見せて教えよう。

そう、静かに心に誓った。

ここに来てから直射日光にすら当たれない生活が続いていた。
その面では、ここは動物園以下かもしれない。

太陽の光が恋しくなると、いつも部屋の奥に行き、曇りガラス越しの太陽を見つめて呆然と立ちすくしては人工的にぼやかされたガラス窓の燻んだ光の景色を眺めていた。

牢屋の背面にも右手の一角が網と鉄骨の檻が設けられていて、裏手に通る廊下を隔ててその窓はある。

この日、始めて部屋を換気する為にその窓が開いた。

外のひんやりとした空気がすぅっと入って来て、真っ青な東の空から力強い太陽の光が斜めに差し込み、薄暗い室内を明るくさせた。

蛍光灯になんとか保たれていた薄暗い明るさは瞬く間にかき消され、生き生きとした光が部屋中に散りばめられ、埃が小さく光ってたんぽぽの綿毛の様に浮いて宙に漂っていた。

無意識に光の元へ吸い寄せられる。

あぁ。。なんて、暖かいんだろう…。

久々に触れる太陽からの直射日光を顔に当て、その場所にじっと居止まった。
窓の外は雲ひとつない晴天だ。
開け放たれた窓の外にもアルミの柵が施してあり、牢屋の金網と檻の鉄骨が目の前にあった。
その隔てる物達の影に気が付くと、ふと我に返り、胸が締め付けられる思いが込み上げる。

この感情はそこに檻がある限り、どこまでも付き纏って来るのだろう。
それを振り払うかのように目を閉じて、太陽から届けられる光だけを感じる事に専念した。

自然界の無償の愛は、こちらの様子などお構いなしにいつもの優しさをこの大地に降り注ぎ、この星を包み込んでいた。
いつも必ずそこにあるから、それが当たり前と思い込んでしまい、麻痺してしまって、やがて気づかなくなってしまう事が我々には沢山ある。
大きな絶大な力であるはずのそれは、人間の中のほんの小さな喜びや、些細な悩みの為に忘れ去られ、かき消され、それらを感じる事さえ失ってしまう事さえある。
明るい外の世界がそこにあるはずなのに、心が暗い闇に支配され、光すら通さない内面の影を作ってしまうことだってあるのだ。

人間とはなんて複雑で脆い生き物なのだろうか。

我々が小さすぎるが故に、大きすぎる物を理解し得ないのだろうか。
それとも、この人間の小さな脳みその3割程度しか動いていないと言われる不完全な微力な能力では、全てを感じ取る事は出来ないのだろうか。
あまりにも桁違いな大きさに、別世界の物だと錯覚してしまっているんではないだろうか…。

いや、それは違う。

単純に考えよう。

僕らは同じ宇宙の一部で、遠い銀河の彼方の星である太陽だって、宇宙という広い視野で見れば同じ空間に存在する者同士である。
大きな空間にある存在全てに目を向け、気付き、それらと尊重と尊敬の対話を経て調和し、互いを生かせ合える仲でなければならない。

満足行くまで目を閉じ、銀河系の何万光年という遥か彼方から降り注ぐ光から、ここへ与えられる様々なものを読み取り、自問自答していた。

やがてゆっくりと目を開ける。

うっすらと開いた時、まつ毛に光が反射して虹色の水玉模様を映し出した。

お?綺麗な色だな…。

そう思って瞼の動きをそこで止めて、その色を良く観察した。

青、緑、黄色、赤、紫、オレンジ、淡いピンク、白。
良く見ると様々な色を見る事が出来る。
思い返せば、久々に綺麗な色のある物を目にした。

牢獄には枯れた色の物に染められ、鮮やかに色見える物など一切ないのだ。
唯一あるとしても、ガード・ハローという安物の歯磨き粉に数センチ印刷されてある赤と青のプリントぐらいだろう。
あとは薄汚れた強調性のない色褪せた色である。

体を左右に動かせて、太陽の光の屈折を変えてやると、様々な色や形が映し出された。
色とりどりの鮮やかな色が重なっては分裂する万華鏡を連想させる光と色の強弱とが、美しい映像をとなって目に映る。
数十分に渡って心奪われたかの様に僕はそれを眺め続けた。

色鮮やかな太陽の光は色褪せた牢獄に、明るい幸福に似た暖かい物を運び込んでくれた。

光は単純に見ると白や黄色だけの淡白な色合いに見えるが、その中には様々な色が含まれている。
水蒸気などの水分から生まれて視覚化される虹だけでなく、あらゆる方法でそれらを見ることは可能なのだ。

それをどうやって見ようとするか、それをどう感じるのか。
その事によって、例え同じ場所で同じ物を見ていても、見方、感じ方次第で違った変化をもたらす事ができる。

ここでの物事の見方も少し変えてみようか…?

同じ状況でも、物事の見方一つで楽園にすることも出来るはずだ。
そんな言葉が自然と浮かんで思えた時、僕はとても救われた気持ちになっていた。

あの時見た光を僕は忘れる事はないだろう。

だが、やはり人間とは脆いもので丸1日その考えが保たれる事はなく、身の廻りに手頃なウンコがあれば看守に向かって思い切り投げつけたくなる心境に戻る瞬間も多々あった。

やがて、第1号室のヤクザ屋さんが「おいオヤジ、そろそろ寒いから閉めてくれ。」と看守に言い、とうとう窓が閉められた。

また当分、直接太陽の光に触れる事はないだろう。

ヤクザ屋さんの様に、拘留された経験のある慣れた者は看守の事を「オヤジ」又は「おやっさん」と呼ぶらしい事が、色んな場面で見かけた事からわかった。

☆ここで、これから拘留されるかもしれない人への☆
☆ワンポイントアドバイス☆

ルパンの様な盗みを働く怪盗犯罪者は
男性の看守の事を「とっつぁ〜ん」と呼び、
もし女性がいたとしたら「不〜二子ちゃ〜ん」と
呼びかけることをお勧めしよう。
以上。

再びやる事がなくなり、壁に力無く寄りかかった。
8:30頃には太陽は窓枠から見えなくなる。
ちょうどその頃だった。

ぼーっと見ている目の前には薄汚れた壁が一面にあった。
元は真っ白な壁だったのだろうが、今では黄色がかったくすんだクリーム色や灰色の薄汚れた色がまだらに広がっている。
数多くの者がこの壁に寄りかかって過ごした憂鬱な時間を物語るかの様に、背中が当たる場所だけが、その摩擦によって異様な白さを目立たせていた。
床から高さ50cmの辺りに横一列の白く不均等な太い線を描き、そしてデコボコした壁の隙間にはカビの様な黒さが染み付いていた。
それは数多くの者の背中から滲み出て沈着した暗い溜息の色が沈着したものとして僕の目に映った。

そして僕もまた、それにつられて深い溜息を吐いた。
連鎖するかの様に、隣の部屋からも暗い心境が伝わって来る溜息が聞こえてきた。

あくびが移ることがあるが、ここでは溜息をも移したり移されたりする事が出来る様だ。僕も隣の部屋から聞こえる溜息につられてやってしまう事が多々あった。

ある一種の呪いであるかのように、溜息を吐く度に身体から何らかの力が抜け落ちた。それが、あの真っ白な場所に染み付く黒色の正体だと言うのだろうか。

相部屋だった加藤茶似のおじさんは、昨日帰って行った。

この日から拘置所に移動するまでの20日間を9畳ほどの牢獄に一人で過ごす事になった。
加藤茶似のおじさんとは一週間もの間を共に同じ部屋で暮らしたが、ろくに会話は交わさなかった。
帰り際に、なぜここに来たのかと最初で最期の会話となる質問をした。
おじさんは「いや、ちょっと女と揉めまして…」と言ったきり口を濁した。
おそらく殴ったのだろう。でなければこんな所に来る事件にはならないはずだ。

出る間際に聞いて正解だった。
弱い者に、しかも女に手を挙げただなんて事を知れば、僕は確実に軽蔑してしまっていただろう。
そうやって軽蔑しながら同じ空間で他人と生活する事など考えたくもない。
ただここに居ることでさえ、ストレスを極限に感じているのだ。
それこそ手の届く所に手頃なウンコが転がっていたとしたら、迷わず手にとってオッサンに向けて思いっきり投げつけるだろう。
ここに来る理由について、いい意味で来る人など皆無であろう。
野暮な事はここでは聞かぬ事だ。

女に暴力を働くオッサンは、今頃はもうあの綺麗な青空の下に居て、何食わぬ顔で生活しているのだろう。

そう考えると、無性に腹が立ってきた。
我がの都合で人を平気で傷付け、迷惑をかけるヤツが何故、迷惑など一切かけていない僕より早くに釈放されて出られるのだろうか。
相手との示談が済んだからと言って、金で話を収めて出て行った人も他にいた。

誰かに迷惑をかける事を防ぎ、人権と安全を守るのが法律である。
それが法律の役目である確かな事だ。

だが僕は、誰一人として、断じて迷惑をかけていないのだ。
被害者もいなければ、加害者でもない僕が何故ここに縛られなければならないのか。

考えれば考えるほど、怒りが胸の内から次々に湧き上がってきた。
けれども、この蟠りをぶつけられる場所などここには一切なかった。

この時、僕はこの世の中の仕組みを呪い、暗く恐ろしい顔をしていたと思う。

僕は一体誰に許しを請い、金を払って示談が済ませられ、ここから出られるのだ?
だが、考えれど、考えれどもそんな相手など思いつかない。

どこへも向けられない怒りがどうしようもなく溢れて爆発した。

立ち上がり、思いっきり力を込めてコンクリートの壁を拳で殴り付けた。

ドンッ!!!!

…っちくしょう。

痛てぇ…。

小さく呟いて、またズルズルと壁に力無く座り込んで視点も定められぬまま呆然とした。

また、一つ大きく溜息が出た。
壁に染み付く黒さを、また一段と色濃くさせるのに加担したのだった…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーー今年の夏。

あれは、北海道の道東を旅していた時の事だった。

いつもの様に山菜を採るために山へ入り草葉をガサガサと踏み鳴らし、木漏れ日の中を歩いていた。道東の夏は涼しい。

北海道では、春を過ぎた夏の時期にでもウドや、タラの芽、コゴミなどを収穫する事が出来た。
春先の旬こそ過ぎてしまってはいるが、下処理を施せば問題なく美味しく食す事ができる天然の食材だ。

ウドは硬くなってしまった皮を剥き、芯の白く柔らかい場所だけにすれば炒め物や漬け物に重宝し、コゴミは軽く茹でて火を通してから灰水に長時間漬けてアク抜きを施せば食べられ、たらの芽は一番上の新芽であればそのまま処理なしで天ぷらにして食べる事ができる。

去年の春頃から山菜を採る事を覚え、それからと云うもの、自分で山菜について聞いたり調べたりしながら、食べられる山菜と調理方を研究した。
山菜狩りは今年から旅の中での日課となりつつあった。

旅に出てから2年と半年が経つが、旅のスタイルはこうした発見や出会いの中で日々変化と進化を続ける。

お金なんか使わなくとも、食べられる物がそこらへんに沢山ある事をこの北海道の大自然から学んだ。
自分の足で探し、自分の手で採り、植物の命を刈り取る瞬間を自分の目で見る。口に含んだ香りを鼻で感じ、お腹を満たす。
五感を最大限に使い、大自然から与えられる恵みに日常的に触れ、身近にある自然に感謝する事が習慣として身に付いた生活。大切な時間であった。

真夏でも気温が低い道東では、日中でも冷たい風が吹いて寒ささえ感じる事さえあった。
あれほどまでに涼しい夏は生まれてこの方、味わった事はない経験であった。

ひたすら真っ直ぐな道の左右に牧場が彼方此方に広がり、背丈ほどの大きな牧草ロールがそこら中に転がっている風景。
牛は伸び伸びと尻尾を振って草を食んでいた。

広大な平野を遠くまで見渡し、遥か向こうにコブ山程に小さく見える山々に空と陸の分け目を映し出し、太陽の光がその稜線の境を際立たせる。
本州では考えられない程の遠い遥か先の景色を見渡す事ができた。
地元の関西圏で例えると神戸と京都の70kmにも及ぶ距離を優に目視できるのだ。

北海道での70kmなど、直ぐそこの短距離だと認識される単位なのである。
そんな距離に渡って信号が無い道だって珍しくは無い。

これは今までに何度もこのブログに書いた事があることだが、遠くの景色に視点を置く生活を続けると、自分の頭の中の考点(してん)も遠くなり、遠い未来までもを見つめられる様な感覚がこの自然界で過ごす野外生活にはある

僕はこの感覚が好きだ。
これを忘れたくないからずっと旅を続けていたいのだと思う。

都会で生活し、ビルに囲まれ、部屋に閉じこもり、狭い空間で過ごす事で視点はおのずと近くなって、その未来を眺める感覚が難しくなる
都会には人間関係や様々な欲、そして身の回りで起こることに対しての悩みに溢れている。
やはりその環境で考えられる事は身近な事ばかりの様に思うのだ。

僕も昔から様々な旅を終え、地元に帰って都会で再び過ごすことがあったが、やはりこの感覚はすぐに失われてしまうのだ。

晴天の空の下、鬱蒼と覆い茂る木々と草原の分かれ目をひたすら歩いていると、早速ウドを発見した。
ウドは緑の茎に赤い斑点と縦線があり、短く毛羽立っているのが特徴だ。
サバイバルナイフを腰から抜き出し、根元から切り取る。

細い枝や葉などをその場で切り落とし、一本の太い茎だけに残してから袋に入る程度に短く切り分けて数本、食べる分だけ収穫した。

さて。他にも何かあるだろうか。

ふと見渡すと…

ーーそれはあった。

背丈は2~3mで見上げる程の大きなそれが天に向けて咲き誇り、辺りの雑草に負けじと力強く、太い茎を地に突き立てて一直線に辺りから飛び抜ける様に伸びて空に影を落としていた。

見た事のある緑の5枚葉をもみじの様に開かせ、種を付ける花穂がキラキラと粉を吹き、黄緑の色鮮やかさを際立たせ、独特の香りを風に乗せて揺られていた。

自生の大麻だ。

北海道には自生大麻がよくあるとは聞いていたが、見つけたのはこれが初めてだった。
身長の倍ほどもある大麻草は想像以上に大きな物だった。

そう。僕はこの大麻をついつい、狩り採ってしまったのだ。

そして持っていた物が後に職務質問により見つかった事が原因で檻の中に入れられてしまったのだ。

そこら辺に生えてあった天然の物を持っていただけであり、この事に関してはヤクザやチンピラから密輸した物にお金を出して売買したとか、そういった如何にも悪そうな話しではない事は第一に分かってもらいたい。

山菜狩りのついでに、普段とは違う植物も収穫した。
ただ、それだけなのだ。

今、そこでドン引きしているアナタ。
ごめんなさい。驚かせて。
その事に対してはまず最初に謝っておきます。

ですが。

そのあなたの感じている今の感覚は、本当の意味での真の感情とはちょっと違うものだと僕は思います。

完結に言えば、洗脳されている。
コントロールされている
って事だと思います。

それを今回これからのお話しを聞いた上で、それぞれの個人の中で理解し解釈頂きたく思う。
もちろん、その上でなら批判してくれても当然構わない。

それでも批判が出来る方は、僕からするともう手遅れだと思わざる終えない。
国の犬でも兵隊にでもそのままなっていればいい。

だが、その感覚が、やがて確実にこの星を滅ぼす。
今、このページを見る事を辞める貴方は、この事だけは片隅に覚えておいて下さい。
それだけでいい。
だから批判したいならしてくれ。
僕はもう罪を償い終えたのだ。
今更言われたって何も感じやしないさ。

さ、続けて読んでくれる方に向けて話を続けます。
まずは、今の固定概念を取り払って聞いてもらいたい。

実際に僕は大麻を持ち、使用していた。
それは事実だ。

そしてこの国では大麻を所持する事は違法である。
これもまた事実

だが、使用する事に関しては違法ではない。
これも意外と知られて居ない不可解な事実

やっている事に関しては一切法的には問題がないらしい。

例えば誰かが持っている者を貰って吸ったりしたとして、尿検査で陽性反応が出たとしても所持していなければ裁判所に起訴されない。
つまり逮捕されない。

さぁ!だからキミも誰かから貰ってやってみなよ!!
って話でも全然なくって。

一体、これは何故なのでしょうか??
と言うところについて、まず一つそこのあなたに問いたい。
明確に答えられる方はいますでしょうか?

おそらく、居ないでしょうね。

このおかしな法律には、それを説明出来る明確な理由などありゃしないのです。

あれほどニュースなどで危険だの幻覚だの異常行動だのと馬鹿みたいに騒ぎ立てているのに、なぜ使用に制限がないのでしょう?

ちゃんちゃら可笑しな話しだと思いませんか?

本当にそうなのであれば、真っ先に使用すること自体を法律で制定しなければなりません。

本当にそうならみんなで立ちあがって徹底した法律を早く作ろう!
本当に使用することで危険が及んで、当事者やその周りの人に迷惑がかかるなら、早く完全な使用を制限する法律を作ってしまおうよ!!

そうして国民総出で立ちあがった時、どうなるでしょうか??

世界中から腹を抱えて笑われます。

ギャハハハ!マジで言ってんのニッポン?!
それ、ある意味クレイジーww
ガハハハハハハハハハハハハハ〜
洗脳中毒ってか?!コリャタマラン!!

ヒャーッハッハッハ国民総出でだってよ!!

ジャーッシャシャシャ

ワーッシャシャシャ

ギャーっハッハハハハは、は、腹いてぇハハハ

イーッヒッヒッヒってもうええわ!
って具合に。

じゃあ、それは何故なのか。
これはニュースなどで語られる様に、頭のおかしくなる様な物でもないし、人に害を与えるものだなんて一切ないからなのです。
薬物だという割に使用に関しての法律が無いのは、他に禁止しなければならない理由が大麻にあったからなのです。

言い訳ではない。
捕まった後に言い訳などして何になる?
こちとら、そんなつまらない見栄の為にコレを心込めてアナタヘ書いているんじゃない。
僕は意味のないことはあえてしない。
これを書いている時点で、とうにそんなもの捨てているし、どうだっていい部分なんだ。

僕はこれから話す本当の真実の話しをしたいだけなのだ。
大麻を勧める。とかいった話でも更々無い
それを解りやすく以下に順序立てて説明してゆくので、もう少々お時間を頂く。

実際に近年「医療大麻」などと言った事を一度でも耳にしたことがあるだろう。

危険だとの認識に関しては実際に使用し、体験した事がある僕も断言させてもらう。
危険な物だと云う認識は間違った情報と事実であり、植え付けによる洗脳です。
そしてその事実を知る人達もまたこれと同じ事を言うだろう。
日本国内でも、国外の世界でも再びそれに気付き、動き始めている時代であるのです。

気付いたと読みやすく表現しているが、「隠されていた。見えないように操作されていた」と言った方が正しい。

最近はテレビを全く見ていないからわからないが、一ヶ月前に留置所内でのラジオ放送で石垣島の議員である高樹沙耶さんが逮捕されたとの放送を聞いた。
彼女も医療大麻を推進する一人であったが、出る杭は打たれるとはこの事であろうか。
この有用性に気がつき、動き始め、行動を実際に起こす者はとっ捕まえて拘留し、また洗脳支配するために電波を使ってメディアに晒し、見せ締めにする。
電波を通して「余計な動きをすると、お前らも捕まえて、この様に檻にブチ込んでやるからな。」と恐怖の洗脳をまた一つ世の中に流す。
定期的にあらゆる方法と手段を使って電波に乗せて放送し、人々の意識の中に恐怖の概念を刷り込む。

典型的な洗脳方である。

近年では、世界的に大麻の有用性に改めて気がつき、どんどん法改正が行われている。アメリカの様々な州で次々に大麻が解禁され始め、現在28州ものエリアに拡大。

オランダのアムステルダムではカフェの様にケーキなどを並べるガラスケースに様々な種類の大麻(マリファナ)が展示されて販売していて、それを選んで購入後、カフェのテーブル席で大麻を優雅に楽しむ事ができるお店が街の至る所にある。

同じ地球の上でこうまでして違うものかと驚かされますね。

他にもベルギー、ポルトガル、スリランカ、デンマーク、ロシア、イスラエル、カナダ、スペイン、チェコ、ドイツ、ウルグアイ、スイスなどなど…様々な国が合法であり、医療や嗜好品と用途は国により違うが、共通して言えるのは「これは麻薬で危険だと立証出来ない」「明らかな豹変や依存を引き起こす薬物ではない」と様々な学者達が研究結果を出し、専門学者お墨付きで認められているという事。

もちろん、喫煙に関しては全くの無害では無い。
いいことばかりの事ではありません。

喫煙は煙であるので肺も汚すし、脳の細胞だって吸う度に減少する。
だが、そんな程度の事は酒とタバコだって同じことが体内に起こる。
もしくは、それ以上のレベルで身体に悪影響を及ぼします。

酒、タバコが禁断症状と常用性があることは科学的にハッキリと解っていることは有名です。
大麻にはありません。
現に、今持っていない僕は、別に無ければ無いで構わないと平然と思っています。
タバコは後10分したらまた吸いたくなるでしょう。
酒も夜になると飲みたくなるでしょう。

廃人になるだとかの表現もありますね。
これも、確かにある意味間違いでは無い。
だがこれも酒と同じで、酒に溺れる人と同じように自分の適量が自分でわからないとんでもなく飛び抜けてアホな人がそうなるだけなのです。

どこの街にもその様な、どーしようもない類のオッサンがいるでしょ?
そんな所に当てはめて、揚げ足取って言うとるだけなんですわ。

そんなん言うとるくらいなら、そのどうしょーもなくなった可哀想なアル中のオッサンの一人でも助けたれやって話しです。

酒で暴れたり頭おかしんちゃうかと思った奴は死ぬほど目にしてきた事がある。
だが大麻はそのどちらも見た事も聞いた事もない。

「危険な大麻をやる人はダメだ!」って言う人は「タバコも酒も危険だ!今すぐ辞めろ!」と道ですれ違う人に、片っ端から怒鳴り上げて注意しなければならなくなるって話しなのです。

どっちかと言えば、酒、タバコの方が危険なんだから。

「肺ガンになるぞ!!肝硬変になるぞ!!」そう言い続けられるあなたは人の事を心底思いやれる優しいい人だ。尊敬します。

だがそうでない方は「いや、酒、タバコをやるのは法律で禁止されていないからいいのだ。」と良く言う人がいる。これが大半なんですが、ここで可笑しな事が起こるのです。

そうなんです。大麻も使用に関して法律がないのです。

それでもコントロールされた反対派の方は
「でも、所持で違法なんだろ?じゃあ駄目じゃないか。」
こうと来る。まぁ当然です。

じゃあ、なんで所持するだけで、誰にも迷惑をかけないで、危険でも何でもない手にするって事だけ駄目だと思うの?そう聞き返すと、それ以上は答えられなくて、そこにふと気が付けた貴方は実は真相を何も知らないのです。

これに言い返せたとしても、「そ、そんなもん法律で決まっているからに決まってんだろうが!それだけだ!」とふて腐れるか、怒る事くらいしか出来ないでしょう。

お座りを命令された犬かって。
食べていい餌を目の前に置かれて、食べていいのに「待て」って謎に理由もなく言われて、それをキッチリ聞いちゃう可愛い忠実な愛くるしいワンコロか。

厳密に言えば、法律に違反するであろう僕の路上販売の活動を、このブログや現場で見たり毎度楽しみに待っていくれていたそこのアナタ。
楽しみにしていたからこそ、今もこうして見て居る訳だ。
じゃあその路上販売での中で、誰にも迷惑をかけないで僕がやる事に関して嫌悪感を抱いたことがある人はいますか?
迷惑をかける場所であれば、すぐに辞めて、周りの人々を第一に尊重しながらやっている僕の姿に怒って注意してその行動を正したいたい気持ちや、それで逮捕されてしまった方がいいとの気持ちが芽生えた人はいますか?

99%大半の人はそうは思わないだろう。
現に警察だって目の前を何十回も通り過ぎて行ったのだ。
実際に僕が直接会った数々の皆さんだって心の底から喜んで下さった。
そして優しい愛を僕に向け、応援して下さった。
その節に関しましては、皆さんありがとうございます。

だが、僕は厳密に言えば、おそらく法律違反しているのにも関わらず。っという状況でした。
僕もそこらへんは詳しく、よくわかりません。
別に迷惑をかける事だけはしないでおこう。と、僕の中のルールとして決めていただけです。

今回の逮捕された事件での事に関しても、その僕のルールと気持ちは1ミリたりとも変わりはありません。
むしろ、それをするならば、これを良き力に変えて世の中にお返しする。
そう思ってもいましたし、実際にそれであらゆる良きかなと思える行動に移していました。

法律とは、迷惑を他人にかける行動を制限するもの。
だからそこは僕は確実に守っていた。
よって迷惑は一切誰一人としてかけていない。
と断言しているのです。

っとまぁ一般的な人の見解とはこの様に同じ違法行為である事に対して、大麻と聞けば飛び上がる程驚き、路上販売だと何も思わない様に、洗脳されて発言や行動、自分の意思すら局部的に操られてしまう程度に収まってしまっているのですが、こんな話しは、どーーーーでもいい部分です。

ここから先が本題だ。

一体何故、悪い物だとは証明された事がないのにも関わらず、我が国では危険だとかギャーギャーミャーミャー喚いて法律で禁止されているのだろうか。

ギャーギャーやミャーミャーなどの喚きには意味がありません。
その裏の法律と云う決め事にがあり、それらの真実から目を背けるために言われているだけなのです。

それには歴史的背景での『』と『権力』が大きく関わっています。
というよりも、それでしか無いのです。

今や現代の様々な分野でウソクソにまみれた情報を平気で流し続けるニュースを筆頭とするメディアの数々。
そしてそれを操る組織や権力者達がいる事我々はそろそろ目を覚まし、気が付かなければならない。

電波に乗せて届けられる操作された情報を1から10まで間に受けて、テレビの画面に張り付いて、ただ垂れ流しされている情報を見聞きしているだけで ”自分も世の中を知っている。私は考えている。” などと錯覚に陥り、洗脳させられてしまっている我々日本国民は、これから起こり続ける重大な問題を引き起こしてしまう可能性が大いにある事を僕は指摘したい。

テレビを見て学ぶことは勿論、皆無だと言っている訳では無い。
必要な情報も中にはあるだろう。

だが、よく考え直して貰いたい。
自分の意見はその画面の中にはあるのだろうか?
一体、それは誰の意見でどこから届いて来ているのだろうか?
一方的に届けられる電波に対して、それから生まれるあなた自身の意見や感情はあるだろうか?
本当に、良く考えてくれ。

全てをテレビ画面からの情報に頼りっきりで過ごしていると、このままでは本当に恐ろしい人類の結末を迎える事に繋がります。
これは大麻だとかしょーーーーーーもないこの小さな問題について言っているのではない。

ふざけた事もちょいちょい挟む僕ですが、これだけは真剣に言っています。

これはこの惑星レベルで抱える大きな問題の話しなのだ。

これは、最も伝えたかった事の一つであるので、これを機に事実である歴史的背景などを交えながら、今の現代社会、完全に操作されたTVなどのメディアの異常さを指摘して行きたいと思う。

一般の方はこんな事、普段絶対に口には出来ない事柄でしょう。
理解はあるし発言したい。けど…。
けれども今はやっぱり違法だし、ご法度ムードプンプンだし、言いにくいから結局言えない…。
周り近所の目や、今の会社や、地位を失うかもしれない…。
いきなり変な事を言い出したとか思われて友達が居なくなっちゃうかも…。

そんな悩める人達が大勢この国にいる事も僕は知っている。
現に僕だってその一人だった。

だが、僕はもう既に罪を償ってきたし、処罰も全うしてきた。
今では正直に警察へも何もかもを話し、罪を清算してきた綺麗な身である。
僕はこれから所持もしなければ、もう違法なこの国で同じ様な事はしないだろう。
あんな檻の中での自由を奪われた苦痛な生活なんて、僕の人生の中では二度と作りたくは無い。

もう本当に真っ平御免であります。

何もかも清算して綺麗な身であり、良い意味で吹っ切れたこの際だからこそ赤裸々に全てを伝えたいと思う。

今回の件は実家の親にも言っていない。
ずっと身内には誰にも伝えずに一人で45日間拘束され続けていたのだ。
おそらくここで初めて知ることになるのだろう。
去年おじいさんの葬式に行った時、親戚の方々にもこのブログを見て応援してくれているらしいことを口々に言われた。
だからこれは僕の身近な所にも必ず知られてしまう事である。

これほど僕の我が身を投げ打ってまでしてするのは、僕がここで言わなければと思う事があるからこそ、あえて発言しているのだ。

並大抵の事ではない事があるのが分かってもらえるだろうか。

謝ってほしいならいくらでも謝るさ。
家族や親戚が縁を切って欲しいと言うんなら残念だが従うさ。
でもそんな話でもないと思うんよもうこれは。

だから家族や親族の方々にも充分にこれから伝えてゆく事を理解してほしい。

でも、なんか面倒臭い事してごめんやで。
でももうこのままやと俺ら全員アカンなるねん。
やらなあかん事が俺には明確に見えてんねん。
まぁここは黙って最後の最後まで聞いて欲しい。

頼む。

えー上鶴家、その他親族関係者への業務連絡は以上としまして、話しを戻します。

薬物視させられた世間一般的な層の人々が関わる事や、知ることが少ない今回の件。
皆さんそれぞれに疑問や質問などの気になる事が沢山あるかと思う。

大麻を吸ったらどんな感覚なの?
捕まったらどうなるの?
拘置所、留置所はどんな所なの?
何で違法なの?
歴史?金?なにそれ?

などなど。

出来るだけそれぞれ分かり易く紐解いていきたいと思う。

まずは何故、我が国では違法であるのか。についてだ。
それを話さずには始まらないだろう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

発見場所の北海道は、日本でも有数の大麻の自生地であった。
この道東に限らず、北海道では全道にかけて至る所に自生する大麻が存在している。
だが、一昔前までは日本中の至る所にも自生し、そこら中に生えていた。
それがこの国の昔の自然な景色であった。

法律制定以前、150年ほど前の日本ではこの国を挙げて大麻産業に精を出していた時代があった。
そう遠くはないひと昔前の事だ。

飛行機で大麻の種を空からばら蒔くほど国が力を入れていた事さえあり、古来の日本人は日常的に大麻を活用して様々な身の回りの物を作り、我々日本国民の生活を支えていた。

昔の日本では麻は主に繊維や、紙、睡眠薬、食欲促進薬、喘息薬として普通に販売され、そして種までもを食品として食べていた。
昔ながらの調味料である七味に入っている小さな種、あれは大麻の種だ。
東北では花穂をおひたしにする食文化もあった程である。
僕も、道東で収穫した大麻の花穂を天ぷらにして食べたりもしていました。
山菜と同じく香りが高くて、食べ物としても非常に美味しい一品でした。
種はタンパク質が豊富で栄養価が非常に高い食べ物なのです。
そして、もちろん体に害なんて無いから食べられるのです。

日本人の精神文化を表す神道にも深い関わりがある。
神社でも大麻の麻は広く活用されていますね。
注連縄や、鈴縄、御幣も大麻の麻繊維から出来ており、古来から我が国では神と通ずる儀式に必要で神聖な物とされて扱われて来ていた。お祓いをする時に頭に振りかざす幣(ぬさ)は、大麻(おおぬさ)とも呼ばれ、日本人が古来から大切にしていた「和の精神」にも大麻は深く関係があるのです。

あなたはいつも神社に行った時、ガラガラと大麻で出来た縄を触れて鈴を鳴らし、手を合わせて神様に祈っているのです。

それほどまでに国全体と文化に根付いていたのにもかかわらず、それが何故、法律で禁止されたのか。ってとこなんだけど。

一言で言えば、先ほどにも申し上げた通り『金』なんですね。

そして、それ程までに我が国で根付いていた物を禁止させたのは、我が国の意思ではなかった。

少しネットなどで「大麻 禁止 歴史」などのキーワードで調べてもらえば沢山の情報が無数にあり、すぐに解ることなのだが、そんな事をするのが面倒でスイッチ一つで勝手に流れて情報を届けてくれる政府や権力者達の御用達である、国民簡単洗脳機械テレビの情報バンザイ派である方々の為に、要点を掻い摘んで説明させてもらおう。

この法律が定められたのは1948年の第2次世界大戦後。
日本は敗戦に追いやられ、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の(イギリス、アメリカ、中華民国、ソビエト連邦、カナダ、イギリス領インド、オーストラリア、ニュージーランド、フランスオランダ、アメリカ領フィリピンなど交えた連合軍だが、指揮権は主にアメリカ。)に日本が支配されていた最中に大急ぎで制定された。
その期間はGHQの支配下になってわずか3か月という異常な速さであった。
もちろん早急な憲法改正案であった為に、違法薬物とする科学的根拠などと云ったものは一切そこには付け加えられていない。
というより、そんな部分どうでも良かったのだ。

この時点で世界の医療学者や研究者達は、人間の身体への抗がん作用や痛みの緩和、精神病への効果といった良き影響を与える事実を既に発見していた。
国民への表向きでは大麻を悪質な物として禁止する事に対して彼らは医療に大変貢献しうる研究結果を突きつけた。
そうやって意義や反論を申し出た者も居たのだが、目先に大金がぶら下がっている権力者達にはそんな都合の悪すぎる事が聞き入れられるわけもなく、この世界で活用される事などなかった。
おまけに近年までタブー化され、闇に葬られていた程である。

近年公にされ始めてきているガンに大変効果的で有効な作用を持つカンナビノイド成分はもう既にこの時代から発見されていたのだ。
それを今まで隠し続け、抗がん剤と言われる治りもしない毒薬を飲ませ続けているのです。(詳しくはこちらが一番近い意見かな。)

大麻がタブー化されてしまった核心に迫る理由は以下にある。

戦後の世界経済は石油製品、つまり石油を主体とした市場を展開して行きたかったのだ。そのお陰様で、今では世界的に石油製品に依存し、枯渇資源に頼りっきりでありますね。

燃料、プラスチック、ビニール、科学薬品、医薬品、科学繊維、油など、様々な多種多様な物に利用できる石油。あなたの身の周りを見渡して下さい。部屋の中や持ち物を見渡すと石油由来の製品に囲まれて生活している事にお気づきでしょう。

1937年にアメリカで、当時出来たばかりの合成繊維業界を活性化させる為に、目障りであった大麻を強引な法改正により市場から抹殺したかった。そしてその利権に一致する製紙業界、製薬品業界など利益をより多く得る事が出来る数々の業界が賛同し、法律制定に拍車をかけたのであります。

そういった時代の中で、日本にはタダでいくらでも種を蒔けば量産が出来てしまう大麻の産業が成り立っていた。
当時の技術力でも繊維や薬、紙、断熱材など石油と同等に非常に大幅な製品を賄える事をGHQは問題と捉えたのだ。
(今の技術では燃料としてのクリーンエネルギーオイル、土に還ることが出来るバイオプラスティックなども製造可能。)
無限の資源である大麻で、有限の枯渇資源である石油から作られる殆どの物が賄えて作れるのならば、石油の価値が下がってしまう…。

その事をアメリカは何としてでも避けるべく、日本でも流通を禁止させる事で繊維原料が麻から合成繊維に移し変え、アメリカが金儲け出来る仕組みに促す為に大麻取締法を作る決断に至った事に繋がるのです。

こうした金の流れを作る為の理由が真っ先に立ち、法律で使用に関しての法律は定めなく大麻の所持のみを規制する事になったのだ。

国の統制がGHQの支配下での法改正であった為、もちろんこれは我が国が自ら決めた事ではない。

その証拠に、法改正の為に必要な国会で渋々提出されたこの理由については「アメリカ国の指示で。」との表現が添えられているのだ。

敗戦の支配下に置かれた状況で反論の力は残っておらず致し方なかった部分もあるかもしれないが、国として乱雑な憲法改正である事には間違いない。
そこには日本の国としての意見はそこには一切無かったのだ。

そうした経済を動かす金や利権の為に法律を強行して定められた。

その後、世の中で大麻をダブー化するため、真っ先に主導権を握るアメリカから徹底的なネガティヴ洗脳オンパレード運動が始まった。
新発見!ダメ、ゼッタイ、危険、麻薬、幻覚、廃人、恐怖といった類の洗脳の数々を世界的に有名な俳優などを使って即座に映画化。
ニュースなどが大金を渡したデタラメ学者にそれらしい口実を発言させて、ある事ない事をデタラメに流し、世界的に薬物であるとの間違った認識を広める事にまんまと成功させて今に至るのです。

(詳しく話し出すとアメリカで1920年の禁酒法だとかタバコ税に絡むヒスパニックとの歴史だとか、大麻以外の様々な事が絡んでくるのだが、他国の歴史やそれ以外の背景を一気に語ると、更に複雑で難しく長ったらしくなるので省かせて頂く。※真実を知りたい方は少しは自分で調べるべし。)

日本でも情報の操作も、もちろん並行して行われた。
我が国の文化を代表する漢字まで利用している周到さが伺える。
戦前まで麻薬の字は『痲薬』であったのだが、この時期を境に痲(しびれ)から麻(あさ)の漢字が当てられる様にすり替えられているのだ。

実際に僕が今使っているアメリカのアップル社のパソコンでは、まやくと打ち込んでも痲薬とは変換されない。
そうして法律制定後から今までにかけて徹底された情報操作が行われ続けた。

ニュースなどで芸能人が隠し持っていただとか、殺人を起こした犯人なども過去に使っていただの、訳のわからない事に無理矢理くっつけて批判することは150年続けてきた今となってはメディアの風習となってしまった。

世界がシフトチェンジしてきている現代にも関わらず、ずっと言い続けて来てしまっているものだからズルズルと止められずに最近まで来てしまっている。

まず、大麻なんかを使用することによって乱暴な感情や狂気的な精神状況にはならない。
それとは逆に、大麻は精神を穏やかにさせる作用があり、それに結びつける事は情報操作の他ならないのだ。

危険だと言われるそれは、姿形が似た合法ドラック、脱法ハーブの事です。
ニュースでは大麻、脱法ドラック、覚せい剤と横並びにあたかも同一の物とした表示方法があなたの知識として刷り込まれているのでしょう。
脱法ハーブとは、燃えやすい何らかの雑草に覚せい剤よりも強烈な化学式の形を示す恐ろしい粉末をまぶして人工的に作られた物が脱法ハーブである。

脱法ハーブを姿形から同じものの様に僕も感じて、法律でも問題がなかったから興味本意でやってみた事があるんだが、あんな恐ろしい物は二度とやりたくないですね。
あれは断じてやってはいけない物だと言い切れます。
頭がおかしくなり、真横で泡を吹いて失神したヤツも現れた程の悪質な物でした。
まさにあれはダメ、ゼッタイ。廃人、危険、と言い切れる物です。
一瞬でこれはダメな物だ。危険だと思いました。
それ以降そこらへんのお店で売っていても、買ったりやったりしませんでしたね。

興味本意でそれに手を出してしまった事にはお詫び申し上げます。
すいませんでした。
ほんまにもうしませんし、する気も起こらないでしょう。
だから今ではここに堂々と書いていられるのです。

ちなみに、覚せい剤だけは、断じて一度もした事はありません。
使用している人の大半がのめり込んだ結果、徐々に精神的に狂い始め、最終的に迷惑をかけてしまう異常行動や思考に陥っていた事を目にしてから、手を出して見る気にすらなれなかった。
あれもダメなものだと、やらなくとも明らかに解る事だったので、一切やりませんでした。
覚せい剤も、ダメ、絶対。僕は反対です。

全てを同じ薬物として見ている方は、実際の経験談、目撃談であるこの僕の意見を参考にして頂ければ幸いです。

旅先でたまたまテレビがあってニュースを見る時に大麻関連話しが出る事があるが、毎回吹き出しそうになるほどの嘘っぱちの数々を並べた原稿を読まされているキャスターを見るとサブイボが立ちます。

大麻は危険です。幻覚が見えます。
「いやいや君の今の状態やでそれ!」ってつい心の中で突っ込んでしまいます。

大麻なんかで幻覚を見た事があるなんて、世界中どこを探してもそう証言する人はいないでしょう。
そうやって言うのはいつも、知らん事言いのいらん事しいの奴らなのです。
確かに脳に普段と違う変化をもたらす物ではあります。
だがそんな大げさに強烈な作用はありません。
白目を剥いて倒れる奴も暴れる奴も見た事も聞いた事もない。

殺人など起こしてしまうキチガイ野郎は元からそういった精神状況であり、大麻をやろうが、やらなかろうが、問答無用で殺しを実行するのです。

さて、言い出したらキリがなく、気が遠くなりそうな話しですがまだまだ行くよ。

こちとらこの事で45日間、一ヶ月と半分、六週間と3日。
つまり1,080時間で、1日に2回しか回らない時計の短い針が90回も回るほど檻の中に監禁されとったんですわ。
言いたいことが山ほど溜まっとるんですわ!

怒るでしかし!(by横山 泰)

はい。すいません。おふざけが過ぎました。

関西人は真剣な話しの最中にでも、つい笑い求めてボケを入れてしまうのです。
その所、不快に思われる方には申し訳ございません。
が、決して辞めません。

真面目な堅苦しい話しばっかりより、おもろい事があった方がええやん?
ってのが関西人の習性なのです。

…って何の話しやねんてね。

話に戻ります。
歴史の過去についてや、メディアの異常などについて、僕が伝えたかった事柄は上記に書いたものが主である。

そして今の現代社会に移ろう。

間違った物事を押し付け、この法律を定めさせたアメリカさんは今ではどうなっているだろう?

次々に大麻解禁だって?

カルフォニア州、オレゴン、ワシントン、コロラド…28州に及び各地で次々に解禁を始めた。今後もそれは拡大し続ける。

もうアホらしくて笑いと涙が出ますし怒るでしかし!(by横山 泰)
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アメリカがまんまと石油産業を安定させ、販売経路を確保し終えてこれから先の安定が保証されました。
次に目をつけたのが闇に自ら葬り去った大麻を医療用や嗜好品化と云った新たな商品での市場化。

やりたい放題もええとこですわ。

これも、一言に「金」の為。

「絶対アカン」て言うたアメリカ様は今後2020年までに合法大麻市場が80億ドル(約8375億2000万円)以上に成長すると見こんでいるんですって奥さん。

ちなみに法改正後成長させ続けた石油市場はアメリカでトップの企業であるエクソンモービル1社だけで近年一年間の売上2,368億ドル。
アメリカ全体の企業11社を合わせても7000億ドル。ですって旦那さん。

この様に、決め事の裏にはお金を生むための欲があり、目を$や¥に定めて金を中心軸とした思考によって何でも決めてしまう社会の形があるんですわ。

こういった操作する面での社会とは、何ともクソッタレな世界であるんだなとつくづく思います。

右を見ても金、左を見ても金、上も下もカネカネかね?

世界は一握りの権力者の単なる欲望と都合によって決められている事が多々あるのです。

金が生まれる資源を巡って戦争。
石油を使いまくらせて儲けたいから戦争。
武器を売って儲けまくりたいから戦争。
同じ星に住む同じ人類同士で国の領土だとか勘違いした線引きの為に戦争戦争。

金の為に騙す者がいて、騙される者がいる。
金の為に傷付ける者がいて、傷つけられる者がいる。
金の為に殺すバカが居て、バカに殺されてしまう者までもがいるんです。

我々が気付くのが遅かったが為に、卑劣な好き勝手なやり方で富を成しえても捕まえられない真の悪党が名声と地位を手に入れ、罰則も監禁もされずにのうのうとヤツらが欲望を満たす為の生活が出来るイカれた世界になってしまいました。

この世の問題となる引き金はいつも数字の書いた紙切れの為。
元々、大昔に始めにお金を作った先祖たちが考えた根本とは懸け離れた形となってしまっている事でしょう。

お金には心を通わせて払えたり、貰えたりする物にこそ、本当の価値があると僕は思います。
これも何度もこのブログに書き続けてきました。

僕はその本当の価値を取り戻したい。

今回の逮捕劇を僕は、大げさに聞こえるかもしれませんが、お金の為に生まれた法律の被害者であると思っています。

でもその加害者は法律と巨大な権力と組織という頑丈で如何なる攻撃にも対応が出来る完璧な盾を持っているのでどう反論していいのかわかりません。
僕一人の力では、到底敵いっこない圧倒的な力だ。

現にこうして何億、何兆とあるWebページの一角に、こうして書き記す事でしか発言する場所がない。

直接言って聞かせたい奴らは何重にも頑丈な鉄壁を超えた向こう側にいるのだ。

だから。

こんな状態だからこそ国民全体で気が付いて力を合わせ、様々な事に対して目を向け、どんどん発言して行かなければならないことが沢山あるのです。

小さな力を合わせ続ければ、やがて権力者共へ届けられる巨大な力と成り得るのです。

この事に関しては大麻取締法だけに限って言っているんじゃないが、地球規模で考えると、大麻を解禁させて、無限に生産できる天然で地球が汚れない資源を活用する方にシフトチェンジするべきなのだと個人的には思う。

使用するとした嗜好品目的は全く別な話しだ。

地球を汚す数々の石油由来の製品、使い切るといつかは無くなる枯渇資源に頼りっきりでは、我々の子孫の生活環境に絶大なる苦しみや苦労を残すことになるのです。

それだけじゃない。

未だに放射能を生み続けて大海原に垂れ流し続ける福島の原発問題。
世界各国で起こっている無駄な戦争での命の奪い合い。
檻の中で飼い殺しにされて、商品として命を扱う食肉生産業者。

そして第一に。
失われ、汚れ、奪われ続けている大自然。
ホンマに人間は自然がなければ生きていけないんだって。
野菜も肉も魚も水も、生きてゆくのに必要な食べ物は綺麗な自然があるのが大前提で食物連鎖が行われて成り立っているんだって。

世の中には私たちが知る権利のあることが沢山あります。
一人一人が知ることで、多くの者たちの意見が合致してゆく時。
世界は私たちの望む世界へと変えることができるムーヴメントが起こし得るでしょう。

その時を一刻も早めるためには、それに対しての周到な準備が必要です。

準備とはあらゆる物事の真実をなるべく知ることです。
今やメディアだけに限らず、誰だって情報は様々な方面から取り入れれます。

僕がここで発する文字での発言だってその一つだ。
あなたはもう既に、一つ分かり始めてきてくれているだろう。

逆に、皆さんが何事にも無関心であればあるほど、このまま頭のおかしな一握りの権力者たちの欲望のために、私たちの住処である地球を破滅させる道を歩んで行く事にもなってしまう。

僕の目には、現代の社会と言われる場所に住む人類は自然界を捨ててしまった人が殆どを占めている様に映る。

人類が進化を経る度にその方向性は良い意味でも、悪い意味にでも、放射状に広がった。
手を取り合って一直線の線であれば良かった物が、とても複雑にそれらが絡み合って、それらをほどくのが難しい世界になってしまった。

ある人は金というただの紙切れにありもしない価値を付け、それが引き金となり本当にこの地球で価値のある物が忘れ去られて、ないがしろにされていった。
人類は食べる為に作物を作る時代から、食べる為に金を儲けなければならない時代を構築したのだ。

多くの金を集める為に、人は組織の数々を作り上げた。
それらを多く集めれば集めるほど、褒め称えられる人種も現れ始め、それがやがて権力と呼ばれ、見えない力にもなった。
豊かさをもたらす柔らかな土を次々にコンクリートで固めて道路を作り、ビルを建て、その造られた地面の上で家を建てた。
けれど、現場の前線で働く一般的な彼らもそこでの仕事でお金を得られなければ、家族や自分達がご飯が食べられなくなってしまうのだ。
そこらへんに食物を作ろうとすると、誰の物でもなかった大地すらも、いつの間にやら気が付いた時には国や土地と言われた支配された区画とされて管理されてしまっているからだ。

そこを使いたければ、お金を出して買う事が必要らしい。

そうして、また街に働きに行き、どうにか仕事を見つけ、やがて働いてお金を稼ぎ、ご飯を食べている内にその者ですらも食物を作る事すら忘れ去った。

そうして造られた物に囲まれていった人類。その造られた世界の上で生まれ、そして育ちゆく子供達は瞬く間に自然とは懸け離れた生き物へと進化を続けてきた。
全ての生命にとって必要不可欠な水を平気で濁し、ゴミを投げ捨て、空気までもを汚し、大地を固め、みんなの物である万物の物の数々を個人の物として奪い合い、やがて地球の温度さえ変えてしまう存在となった人類。
それらがもたらす環境の変化について来れない生き物は次々に絶滅し、息絶えて行く。
いずれは人類にもその時はやってくるだろう。

僕もその造り物に囲まれた中で生まれた内の一人の子でした。
ゴミを平気で投げ捨てていました。
平気で水を汚しました。
人間が一番頭が良くて賢いと思って、他の共存する動物を見下していました。
麻痺していて何も考えていなかった一人でした。
実は一番愚かな生き物なのかもしれません。
我々がこの星にしている仕打ちはあまりにも卑劣な事である。

けれども、いつの日からかひとつづつ、それらを気付かせるメッセージや情報が不意に届き、それに気付き、自分なりに調べ、それらを繋げてゆくと、こうした考えを持つまでに至りました。

このブログの一番初め辺りの文章を見てもらえればその事がわかるだろう。

これは、ひとつまたひとつと時間をかけてでも様々な事を知ろうとした結果なのです。

このブログ内だけで見える僕の変化は、2011年からの、わずか5年以内のお話しです。
中学卒業レベルのこの頭でも考えられる事なのです。

このまま行った延長線上に見える物は確かに終わりがある。

かつて、自然界に身を置き、大いなる大地で古来から生きて来たネイティヴアメリカンであるインディアンの部族がこう言った。
「地球が病んで動物たちが姿を消しはじめるときまさにそのときみんなを救うために虹の戦士たちがあらわれる。」
こんな発言があった事をこの旅で2度、聞いて目にした。
僕はまだ読んで居ないが、これは「虹の戦士」と言われる本に記されているそうだ。今度、僕も読んでみようと思っている。
石川県で出会った素晴らしい人格の方が僕にこの本を勧めて教えてくださった事も忘れてはいない。

僕は実際にインディアンには会った事ないが、直感的に彼らは遥か彼方まで見通せる広大な土地に身を浸し、遥か先の未来を見つめる部族であると思う。
僕なんてまだまだ足元にも及ばないが、少しはそうした感覚が理解できる様な気がするんだ。

そこで見ているあなたも、虹の戦士であってほしいと思います。
国や権力者たちの兵士となってはならない。
生きとし生きる者全てを救う戦士であろう。
地球だって生きているんだ。
一つしかない体の心臓部であるんだ。
その心臓が動かなくなると云う事は、この地球上の生命すべてが生きられなくなるという事なんだ。
この先の答えは見えている。
もうそれは時間の問題なのだ。

一人、一人に出来ることを、周りに流されずにやりましょう。

それが虹の戦士の戦闘内用です。
暴力や武力では何も生まれません。
返ってそれは失うものばかりだ。

だから僕も自分に出来る事があるのならば、愛を持って行動に移し、そしてそれを伝えて行きたいと思う。

長い間、読んでくださって心から感謝いたします。
今日も、見に来てくれてありがとう。

こんな僕ですが、
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まさかの獄中生活。留置所編その2 と現在

「おい、9番。取り調べだ。」

そう言われ、檻の扉が開く。
留置所に入ってから初めての取り調べだ。

出入口に並べてあるスリッパを履いて外へ出る。

それから更に鍵を開けて別室へ連れられて行き、金属探知機を全身にかざされてチェックした上で、更に足の裏までボディーチェックが手探りで入念に行われる。

警察官は、もし拘束者が暴れても取り押さえられるように必ず3.4人がかりでこれを行う。
帰って入室する時にも毎度、これと同じチェックが行われる。

チェックが終わると縄の付いた手錠をはめられ、それに繋がっている縄を腰にまわして頑丈に縛ってから警察所内への鍵を開いて取り調べ室へ向かう。

取り調べ室は留置室から左に曲がって10歩ほど行ったすぐそこにある。
この短距離にも関わらず、手錠とロープで引っ張られながら移動するのだ。

これではまるで犯罪者ではないか。
と、思うのだが、実際世間ではそうらしい。

思わず暗い気持ちになって、とぼとぼと下向き加減で移動した。

取り調べ室は4畳ほどの狭い空間で4〜5室ずらりと並んでいた。

グレーのデスクの上にはワープロと水が入れられたコップだけが置いてあり、向かい合わせに挟む形でパイプ椅子が置いてある。

取り調べ室に入って着席すると、手錠は外されるが、それをパイプ椅子にロープをくくり付けて椅子に手錠をかける。

その状態のまま立ち上がると、ケツに椅子がくっ付いてくる格好になる。
壁が黄ばんだり、黒ずんでいるシミだらけの殺風景な部屋だ。

一昔前まではタバコが吸えたらしいが今はそれすらも出来なく変わってきているそうだ。

カツ丼なんて絶対に出されやしない。
逮捕当日は晩御飯にコンビニのオニギリ2つだけであった。

一番奥の取り調べ室だけ例外にマジックミラーの様に外からしか中の様子を見る事ができない窓を設けた部屋がある。中からは真っ暗で全く何も見えない窓だ。

取り調べを行う刑事は担当が決められ、毎回同じ刑事に話しを聞かれる事になる。
担当に当たった刑事は僕と同じ年の28歳で、まさかの同年代であった。

「さぁ、始めようか。」そう言って、一瞬睨みを利かした刑事らしい鋭い目付きを僕に向け、取り調べが始まった。

まず初めに住所と職業を記入し、取り調べ調書という物が作られてゆく。

僕の場合、特定の場所に住んで居ないので住所は不定。職業も定職していないので無職と記載される。

取り調べ調書

平成28年9月○日
住所 不定
職業 無職
名前 上鶴 芳彰

この様な文章から始まる。

文章にすると、僕は世間ではこんな風に呼ばれるのか…。
これじゃあ、まるで極悪人に見えるじゃないか。
だが世間ではやはりこの通りであり、こう表現せざる得ないらしい。

目の前には同じ歳で結婚もしていて、若くして珍しく巡査部長だか何だかの役職まで出世している公務員。世間では立派だと言われる立場だろう。

それに比べて俺は…。

はぁ…俺はこんな所で何をやっているんだろうか。そう浮かんでは消えて行き、とても惨めで情けない気持ちだった。

ここではただの住所不定、無職の罪人であり、僕の先日までの輝かしい日々など何も無かったかの様だ。

一度の取り調べにつき、10枚前後の1冊の調書が作られる。それが何冊も事細かに作られてゆく。こんな事にそれほどまでに資源を使うのかと少し疑問に思う。携帯のメモリーやら、メールのやり取りなどにもどっさりと使われる紙、紙、紙。累計にすると相当な枚数であり、辞書でも作れてしまう程の相当な紙の量であったのが気にかかった。

こんなつまらぬ事件より、大切な資源。ではないだろうか?

とも思うのだが、そもそもお前が来なければ使わんのじゃいとツッコまれるのが目に見えているので口からは出さなかった。

初めの調べは僕の生い立ちについてからだった。

「言いたくない事は言わなくていいからね。」まず最初にそう言われてから取り調べが始まる。

小学校の名前から中学、高校。
卒業してから就職はしていたか、何処でどんな仕事をして、いつ辞めて、どうやって今に至るのか。
そんな内容だった。

幼い頃から順番に今までの人生を振り返り、思い出しながら話しを進める作業により、なんだか居たたまれない気持ちにさせられる。

昔の自分はどんな少年だっただろうか。
幼少期や学生時代、社会人であった出来事が断片的に思い出されていった。

小さな頃は実家の横に森があった。よくその森を探検したり、秘密基地を作って遊んだものだ。それが小学校に入ってからいつしかフェンスが張られて立ち入り禁止になり、森を覆い尽くしていた木々は次々になぎ倒され、やがて無機質な肌色の造成地になってしまった。

幼いながらに美しい自然を壊す事に怒りや悲しみを感じた少年時代だった。
あの美しい森は造成地になって10年が経ったが、未だに半分ほどの広大な土地が砂漠の様に潤いが枯れた土を剥き出しにしている。
必要な分だけで良いのに。必要ない分まで私利私欲に駆られて奪い盗る。
金と権利と欲望の為に犠牲になる自然。
それでも。それでも自然は我々に無償の愛を与え続けると言うのに。それなのに、なぜ。
見放された時にはもう遅いと言うのに、人類は未だ気付かずに、付け上がり続けるのだ。

中学では親が離婚して、怖かった親父が何処かへ行った。両親が離れるなんて想像すらしていなかったので酷く混乱したが、怖いもの無しとなった僕は学校に真面目に行かなくなり、昼まで寝て、盗んだバイクで登校していた。

家出もした。学校でタバコが見つかってしまい、怒られるのが嫌で友達と2人で逃走。自転車で二人乗りしながら山々を越えて遥か彼方の海を目指した。あれが初めての野外生活自力旅に近い行動だったのかもしれない。

公立高校に進学したが、昼まで寝てから登校するだらしないリズムは治らず留年。他の学校に行くなら単位をやると言われて通信制の高校へと移った。その学校へは毎日登校しなくても良かったので、そのおかげで日本最北端までのヒッチハイク旅を決行する事が出来た。

初めての本格的な一人旅を達成したあの経験が、今のこの時を作っている。あの時の感動や衝撃の数々は今も忘れられない僕の中での価値ある宝物だ。

それから社会に出て会社に5年間勤めた。寝ても覚めても仕事仕事。仕事漬けの毎日には酷くストレスを感じた。そのまま居れば会社を継いで社長になって、お金には困る事はなかっただろう。

だが、それを捨ててあえてこの道を選んだ。
お金や権力など、本当の豊かさや本当の幸せには程遠い所にある事に気が付いたからだ。

ある時、こんな歌に出逢った。
内田ボブさんの「小さなトマト」と言う歌で、数多くの人にカバーされ歌い継がれているので聞いた事がある方も多いのでは無いだろうか。

その一節が僕は忘れられない。

頑張って働いたら、山が死んでゆく。
頑張って働いたら、川が死んでゆく。
それで充分なのに。それで充分なのに。
それなのになぜ。

こんな湿っぽい話しの休憩がてらに、
気になる方はこちら聴いて癒されて下さいませ。
小さなトマト

もう僕はあの時のような社会人には戻る事はないだろう。

僕はある程度、自由にさせてもらって育って来たのであろう。
そうしてくれた母親に感謝しつつも、この様な状況になってしまっている事に申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

ある一種の懺悔や瞑想の様な作業であった。

初めの調書はそれだけだったのだ。

調書を完成させる度に、左手の人さし指で指印を一枚一枚押し、作成後の調書の偽造や、こちらの証言の撤回や言い訳が出来ない様にと細かい所まで抜け目なく警察は進めて行く。

ちなみに指印は嫌なら拒否が出来る権利があるそうだと、のちに弁護士から聞いたが、別に拒否する内容でもないので真実を語り、すんなりと指印にも応じて取り調べを進めた。

刑事は僕が普段捕まってくる地元の人達とは違い、一風変わった経歴である事に興味を覚えた様で「俺もキミの事をヨシって言うから、俺の事も下の名前で呼んでよ。旅の話しとかも色々聞きたいしさ。」などと言ってきさくに接してくれた。

ブログなどにも目を通した様子で、日を増す毎に「署内にもキミのファンが増えて来たぞ。」「今、ブログランキングは○位で、どんどん下がって来ている。」「あの人は毎日ランキングボタンをクリックして応援してくれているらしいよ。」などと報告して来る。

「何みんなして見てんだよ。辞めろって恥ずかしいから。そんな事より仕事しろよ仕事。」などと次第に言い返せる仲にもなりつつあった。

檻の中で日々広がり続けていた暗い気持ちを少しづつこの刑事は晴らしてくれるのだった。

次の取り調べから、顔を合わすと冒頭から「ヤーマン」と言って僕がドレッドヘアだからなのか、ジャマイカの挨拶を交わして来る様になった。

…フザケた刑事だ。

ーーーーーーーーーーーーーー

結局何をしたのかって気になると思うし、質問も寄せられて来ています。
なので、ぼちぼち次辺りから確信に迫り、口を開いて行きたいと思う。

そして、現在の状況。
こちらも相当破天荒な状況となっている。

出所してからある程度の防寒着を揃え、大急ぎで船に乗り込み本州南下を試みた。
北国には野外生活をするには非常に厳しい温度環境が大気を取り巻いていた。預かって貰っていた自転車を取りに向かう日には雪すら積もっていた程だ。


北海道を旅立つ前日はこの様な地面を歩いていた。

…こ、これで本当に野宿や進む事は可能なのだろうか⁇

だが、前回の挑戦の中で僕は沢山の方々に約束を交わし、目標を達成して青森へ渡る切符となるお金を頂いていたので、どうしてもここは有言実行はしなければ顔が立たないと思い立った。不安だらけの気持ちをどうにか振り切り、強行突破して本州へと渡った。

フェリーで青森県八戸に上陸後、岩手県へと南下。
青森県にはまだ雪は降り積もっては居なかったが、所々に車から溶け落ちた雪が路肩に塊となって落ちている。
それは近隣の土地で雪が降り積もっている場所がある事を物語っていた。

南下を開始した日、爆弾低気圧に見舞われ雪が降り、風も吹き荒れる中の走行となった。

午前中を通して走ってみたが、非常に身の危険を感じ始めた。

動くと身体は温まって来るのだが、汗をかく。汗が出ない様にと気を付けていても、どうしてもうっすらと汗をかく。その汗が身体を芯から冷やし切ってしまう。

もし、動きを止めようものなら拷問の様な寒さに襲われる。

用意した安物のダウンなどの装備では到底太刀打ち出来ない。汗をかいた後なら尚更だ。靴も冬用ではないので常に指先が冷え切っていた。

少し風を凌いでスーパーやコンビニに入るだけでは満足に暖かさを得られず、温泉などに入らない限りは体温の完全な回復は出来ないだろう。カイロなどを足に貼ったり指を温める物を用意したり試みたが、気休め程にしかならなかった。

汗っかきな新陳代謝の良い体質が仇となった。

その夜は-2度にもなる極寒が待ち受けていた。

非常に寒い夜を寝袋に包まってブルブル震え、アゴをガチガチ鳴らせながら身を縮め、厳しい一晩を越した。

外でご飯を作るのも一苦労である。洗い物など、水を使おうものなら一瞬で手が使い物にならなくなってしまう。

震えながら寝袋に包まって、これから先の作戦を慎重に練り直す事にした。

進むとなれば路上販売などで稼ぎながらでないと進めない残り僅かな資金力である。

各地で路上販売などを停滞しながら進むという事は、季節が更に進み、この環境より更に酷くなる天候も予想される

雪が降り積もってしまえば、もう身動きが取れなくなってしまうだろう。

寒さ対策として今回、100円均一で防災用の銀のフィルム素材の保温マットを寝袋状にガムテープで貼り付けて作成した。

その袋に寝袋ごと入って対策を試みたのだが、保温性は気持ち程度良くなり、寝る事は可能だった。

だが成功かと思いきや、翌朝目覚めると身体や呼吸から発する水分で保温シートが結露し、それに収まっていた寝袋がびしょ濡れになっていた。

次の日にこんなびしょ濡れの寝袋で寝れば凍傷、もっと酷ければ、低体温症や凍死にも追いやられかねない。
生命線でもある寝袋を濡らしてしまった事により、今季はこの装備で進みつづける事は断念せざる得ない結論に至った。
この季節を耐えうる寝袋は3万〜5万円は最低でも必要であり、今の僕には到底出せやしない。

(現在-0度まで耐える3シーズン用。この季節は-20度まで耐えうる雪山用が必要。)

仮にその費用を稼ぐにも一週間はかかるだろう。
一万円とちょっとしかお金を持ち合わせて居ないのだ。

更に他にも靴と撥水力などの機能が高いGoaTexのウェア上下もあった方がいい。南下すると気温は少々上がるだろうが、雪でない冷たい雨が一番危険なのである。

冷たい雨に打たれる事は去年の秋に散々経験済みで、もう二度とあんな目には遭いたくないと思うほどのトラウマだ。

雪ならば衣服は濡れる可能性は低い。その反面、路面の凍結と積雪による走行不可も考えられる。

それぞれ完全に対抗出来る装備を揃えるには、また10万円相当になるだろう。

更に1カ月かけてお金を稼ぎながら購入して準備している暇は無い。
今すぐに無ければ意味が無いのだ。
あの1カ月半の拘束がこれほどまでに影響してくるとは。。

もう、既にどうしようも無い季節だったのだ。

非常に悔しい決断となってしまったが、致し方ない。身体が資本でもあるこの旅で最優先しなければならないのは身体である。

丸1日走って戻ればフェリー乗り場へ戻れるので、進み続けてどうしようも無くなって手遅れになってしまう前に早めの決断を下した。

よって北海道を一度脱出して南下を試みたが、翌年の春からゆっくり南下出来る時を待つ事にする。

一度は精一杯やってみた。
やれる事はやってみた。
無念ではあるが、やってみた事によって後悔は残らない。

今、目の前にある状況の中で良き環境と方向を定めて選ぶ事が重要だ。

この進行中断理由には、実はもう一つ理由がある。

Youtube動画での旅仲間募集に、まさかの反応があり、もしかすると来年春からその彼と2人で旅をする事になるかもしれない⁈のだ。

急いで旅路を進んでその旅の距離を縮めるよりも、北海道で旅路を止めておいて、その彼との新たなる旅の道を残しておいた方が面白いのではないか…⁈
そんな密かな作戦も持ち上がって来たのだ。

突然、20歳の若きルーキー現る‼︎

さて、これからどうなるのか楽しみだ!
さ、てなわけで只今、またまた船に乗り込み再び北海道の地を踏んだ。

試される大地、北海道。

もはやこれは弄ばれる大地、北海道である…。

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人の不幸は蜜の味とも言いますが、
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まさかの獄中生活。その1

いつもならば、起きてからまず最初に「今日は何をしようかな〜??」と、背伸びでもしながら考えてワクワクする事から一日は始まり爽やかな朝を迎える。

だが、ここではそんな事は無く「また、長い長い1日が始まった…」と絶望的な現実に朝一番からため息を吐き捨てるのが日課だ。

よく溜息が出る日々だった。

早朝6:30に蛍光灯が灯り、退屈で気だるい憂鬱な1日が始まる。

寝ぼけ眼をこすりながら、掛け布団と敷布団をそれぞれ4つ折りにして重ね、第1号室から一部屋づつ順に鍵が開かれ、ガシャーンと乾いた音をたてて檻の扉が開く。

檻の外はちょっとした踊り場の様な空間になってあり、右手の壁側に備え付けてある押入れへ布団を持って行く。

部屋に戻る時に檻の扉付近に置いてある水が入ったバケツ2つと雑巾2枚にホウキと塵取りを持って室内へ入り、室内の掃除が始まる。

留置所の部屋の床は偽物のビニールで作られた畳柄で、凸凹した素材の溝には茶色や黒ずんだ垢がへばり付いて沈着している。

掃き掃除をしてからバケツの水で濡らした雑巾で拭く。もう一つのバケツと雑巾は室内の奥の一角にあるトイレを掃除するのに使う。

ここに来た時から既に拘留されていた同じ部屋の顔色が悪い加藤茶似のおじさんは室内の掃除を真っ先に率先してやるので、毎日自動的にトイレ掃除を担当することになった。

トイレは和式。

外からも見える様に横向きに設置され、立って用を足す場合には隠部が見えてしまうんでは無いかと思う程のギリギリの高さから1m四方のプラスチック性の大きな窓が備え付けてある。

ケツを拭くのが見えないだけマシだろ。っという事なのだろうか。

ドアに鍵なんてものは当然ない。

扉は完全に閉まらない様に壁から浮き出る形で作り付けてあり、上部は弧を描く様に右上から左下にかけて滑らかに丸く切られていている。

おそらくこれは、服などを紐にして引っ掛けて、首吊りなどの自殺が出来ないように工夫されているのだろうと解釈している。

逮捕者の中にはそんな問題を抱えた人も入ってくるのだろう。

扉に隙間がある為にトイレの臭いが外に漏れて臭ってくる事もあるし、お互いに出す音も聞こえる。酷い場所だ。

トイレ内には流すレバーは無く、右手の壁には小さな鉄の突起があり、ボタン式となっている。

どの部品も壊したり、外して武器にしたり出来ない様にと工夫をこなした造りだ。

扉の蝶番のネジさえもネジ穴が全て潰されていたり、溶接などを施してある徹底ぶりが伺える。

なんとかして脱獄出来ないだろうか?

この考えはここに来た者全てに共通して一度は考える事であろう。それほどここでの生活は何もする事が無く、退屈な時間が殆どを占めるからだ。

もし、逃げるとしたら自分ならどうするか?

そう一度は考えてはみたが、唯一の方法は鍵を持つ警官をブッ倒す以外の方法は無さそうだ。

檻から出ても更に2つの鍵を開けれなければ出る事は出来ないのだ。自分たった1人で常時3〜4人いる看守を制圧するのも簡単ではない。

仮に出られたとしても、ここは警察署の2階であり、鍵を開けて出ても警察署の中なのだ。そこから先は何人もの警察官がいる事務室を横切らなければならないし、更に1階は警察車両の車庫で、開く速さが非常に遅い自動シャッターが待ち構えてある。おそらく、操作ボタンを触るにも鍵が必要だ。

窓にも当然、柵が施してあるのでショートカットは不可能である。

結論として、とてつもなく暇だった俺は完全なる脱獄攻略法を一つ考え出した。

脱獄するには何十人もの警察官を北斗のケンシロウの如くホゥ-ワッチャー‼︎と叫びながら百烈拳を見舞いし、秘孔を突き、血しぶきを次々に上げて、「お前はもう死んでいる」と低く小さな声でカッコ良く数十回も呟き、後から応援に駆け付けて来た警察官に銃口を向けられ、飛んで来る銃弾の数々をマトリックス顔負けのキアヌリブスよりも更に上回る角度で仰け反って銃弾避けをしつつも、更にその最中に相手の数と同じ数の銃弾を指でキャッチして銃弾に劣らない速さで瞬時に投げ返して反撃。狙撃して来た者を片っ端から返り討ちにする。そしてその体勢からブリッジ歩行し、階段をエクソシスト張りにダダダダダーと物凄い形相で1階まで駆け下りて最後のシャッターは手取り速くダイハードに匹敵する爆破を炸裂させて突破する。そしてメロスは走って行くのだ。

我ながら見事な作戦だ。

更にプリズンブレイクの主人公スコフィールドとなった俺は…ってもうええか。

さて。

そもそも仮に外へ出ても財布、携帯、自転車などなど当然全て没収されているので何も持ち合わせてない。

更にここは地元でもなく、かくまってくれる人など検討もつかないこの北海道に裸足でジャージの上下だけの軽装で逃亡生活をする事など過酷を極めるであろう…いくらハンサムなスコフィールドと言えども無理だ。そこまでして逃げる事でもないし、それこそ何かの罰だとも思えてくるぜ。ってな具合の考えに至り、結局いつも諦めては外の世界に想いを馳せるばかりだった。

掃除を終えると次に洗顔と歯磨きの時間だ。

右隣の3号室向かい側にある流し台へとまた1号室から順に、鍵が開けられる。

小学校や中学校などにもあるステンレス制の角ばった流し台で蛇口は水と湯が3つづつ並んでいる大きさだ。

学生時代、水道で遊んだ懐かしい想い出が浮かんでは消える。

よく白い服のコだけに水を掛けてブラを透けさせて見ようと試みたものだ。

黄色も、薄めの色ならたまに狙ってやったっけな…などと、

そんな事を考えながら流し台の上に各自の番号ごとに区切られてある棚から9番のコップと歯ブラシ、歯磨き粉を取り出し、洗面と歯磨きを済ませる。

ここでは僕は「9番」というあだ名が付けられた。

スリッパや歯ブラシ、コップなどにわざわざあだ名を書いて迎え入れて歓迎されている様だ。

付き合いたてのカップルの様に、浮き足立った心を持ち合わせた看守なのだろうか。

何か用事がある度に「おい、9番」と呼ばれる。

その度に馴れ馴れしく呼ぶなと思いイラッとするのだが、中でのプライバシー保護の為にも番号で呼ぶそうだ。

親近感から付けられたあだ名では決して無かった。

棚の下にそれぞれ決められたタオルが吊るされてあり、それで顔を拭くとまた檻に戻る。

開いたり閉まる度にガシャーンと乾いた音が鳴り響く。

ーーガシャーン…

7時に朝食。

檻の右下の角に小さな扉があり、そこがパカっと開いてからタッパに入った米と弁当箱、ランチョンマットなどなど順に小さな窓から配給される。

朝食のメニューは毎日決まっていた。

パックの納豆を半分に分けてある程の少量の納豆、たくあん2枚、きんぴらごぼう、昆布の佃煮、混合肉のウインナー1本、インスタント味噌汁。

質素な朝食を済ませると、昨日の日付の新聞を一人づつ回し読みして過ごす。

僕は毎日外の気温を欠かさずチェックした。

入所当時は札幌周辺は最低気温12度前後。

これがのちに、もの凄い数字になってゆくとは知らずに…。

朝9時、点検の時間。

一人づつ外に出て全身に金属探知機を当てられる。それから直接、手足や襟元の袖やズボンの腰回りのゴムで締め付けられる部分などにも指を入れられて一周し、ポケットを確かめる。

靴下を脱いで足の裏までも見られる始末だ。

その間、部屋にも何か隠していないか、丹念に隅々点検をしている警官がいる。

その後、昼食までにする事は曜日によって決まってある。

平日は毎日朝食後に体操の時間というものがあり、3mほど高い壁の天井が吹き抜けになってある運動場と呼ばれる9畳ほどの狭く薄暗い空間へ出られて外の空気を吸える事になってある。

上を見上げても檻の鉄骨が組まれてあり、それを隔てて空を見上げる。どんなに綺麗で鮮やかな空があろうと、ここからは色褪せて見える。

午前の出られる時間帯に太陽は建物の反対側にあり、直接日光に当たる事はない。

檻越しに見る空ほど切なくなる物はない。

青く澄んだ大空。

風の吹くまま自由に流れる雲。

戯れ合いながら飛び廻る鳥達。

すぐそこにあるのに。

檻を隔てて網目状に陰を映す空はとてつも無く遠い世界に見える事が苦痛なのだ。
外への運動は出たくなければ出なくてもいいので、気分が乗らない時は断って部屋に閉じ篭って本を読んだ。

本は1日に3冊借りる事が出来て、朝の9時から19時半頃まで読む事が出来る。

文庫本は200冊、漫画も5.6種類全巻揃って用意されてあった。

読書の他には、文章を書いたりも出来る。

手紙を書く人が殆どだが、僕はこんな場所から手紙を届けたい人は見当たらなかったので、留置所で見たもの、感じた事などを日々メモをして書き留めていた。

文字はいいが、絵は描いてはいけない。

月、木は風呂の日で風呂に入る事が出来る。

火、金は洗濯の日。洗濯物を警官に渡すと勝手に洗濯して干していてくれるだけ。他には髭剃りをさせてくれる日でもある。

木曜の昼食はカレーのメニューが決まっているだけで、他にする事はない。

土、日曜日は何もない。運動の時間も与えられない。

昼飯と夕食時は1時間ラジオが流されて、ニュース速報や流行りの音楽が鳴り響いている。  

ラジオが1時に止められて無音になり、夕食までまた何も無い時間を過ごす事になる。

部屋の中ではおじさんと一緒だったが、基本的に喋る事は無かった。

僕は入ってからの5日間、酷く落ち込んだ。

必要な事以外、殆ど口を開かなかった。

周りの部屋の連中は時折なにやら会話したりしている声がちらほら聞こえる。会話する事は注意されない様だ。

第1号室には、ヤクザ屋さんがいた。酔っ払って記憶が全く無いらしいが、人を殴った障害事件で逮捕されたらしい。酔っていない時は気さくな良い人な様で、色々と檻越しに話し掛けてきてはこの場の雰囲気を紛らわせてくれるムードメーカーでもあった。

もう一人の20代前半の男はDVDなどを窃盗して転売したのがバレて逮捕。以前障害でも逮捕された事があるらしい。1号室の二人共どちらも留置所は初めてでは無いらしく、捕まってからの流れについて後に詳しく教えてくれる事になった。

僕はこんな檻に入るなんて今迄に無かったし、まさか自分が捕まるだなんて想像もして居なかったので、これから何がどうなるのかサッパリわからなかったのだ。

一方の第3号室には僕と同年代の男が19の酔っ払った若造にケンカを売られ、最初は辞めとこうと思っていたがあまりにしつこくケンカを売られるので結局ボコボコにしてしまい、顎の骨2箇所と鼻の骨をへし折った障害事件での逮捕者。

もう一人の30代後半の男が大麻で捕まったという事が聞こえてくる会話から分かった。

同じ部屋の加藤茶似のおじさんとは基本的に話しをしなかったが、後々にカトちゃんがもう帰りますと言って挨拶された時に「何したの?」と聞くと女と揉めて…などと言っていたので女を殴ったか何だかしたのだろう。女を殴るなんて最低だ。見損なったよカトちゃん。

17:30に夕食を食べて、19:30に歯磨きをしてから布団を部屋に入れる。

そして9時に消灯。

疲れても居ないし、目を瞑ると色々な事が頭を渦巻いて毎日なかなか眠りに就く事が出来ない日々だった。

6:30起床、布団戻し。
6:40掃除
6:50歯磨き
7:00朝食
7:30運動(平日のみ)

月、木 風呂
火、金 洗濯、髭剃り

12:00昼食
17:30夕食
19:30歯磨き
21:00消灯

本や物書きなどの唯一の暇潰しである時間は9:00〜19:30まで。

留置所での基本的な生活はこの様にして送られるのだ。

あまり言いたく無いんだけど、
身体張ってます。

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出て行動を始めているんだが、マイナスまで冷え込む日にキャンプする事に危険を感じ始めた。

本日、青森から岩手県へと入った。

身体は鈍っていて動かないわ雪は降るわ手足は凍るわもう大変。

もしかしたら断念せざる終えないかもしれない。

今夜、マイナス2度を超えるらしい。

非常に辛い…。

今夜、続行か断念か決めるとしよう。

目標達成後、沈黙の45日間。

自力で10万円稼ぐまで北海道を脱出出来ない挑戦を開始後。

ー決意を決めてからの1カ月間。9月末。

誰にも雇われず、見知らぬ土地での挑戦という名の冒険。

あえて自ら挑戦状を自分自信に叩きつけ、遠回りする道を選んだ。

本当に数多くの皆様に支えられ、助けられ、笑いあり、涙あり、奇跡を引き寄せ、様々な出逢いの中で見た小さなヒント達から得たイメージを自分の中に取り込んで、組み合わせ、膨らませ、新たな形としてそれを実行に移し、頭の中で出来上がった物をまた現実に作り出し続けて来た結果。

気が付けば大きな壁に見えた難関も物ともせず、遂に目標を達成する事が出来ました。

問題であった文無し旅人である僕に降りかかった数々の難関。自転車の故障に、高額なパソコンの修理、そして本州へいよいよ渡れる切符となる額、およそ10万円。

その額に達した時の、その達成感と言ったら…

筆舌に尽くしがたい。

やれば出来るんや。

やると決めたら出来るまでやり通す。上手いこといかんのなら、じゃあまた上手く行く方法をまた探す。

諦めない事。それが、やり通すと言う事。

その一心だった。

ありがちな言葉だけど、単純な事とは万物の物事の基礎、根本である。Simple is best.
我武者羅に物事に取り組んでいたら、その真剣な姿勢に、行動に、共鳴し逢えた者達は不思議と手を差し伸べてくれる。熱く胸動かされた人が、また更に動く。

それが時には言霊となり「挑戦」から生まれた最初はほんの小さな小さな僕の中から出てきた希望や勇気と云った見えない「力」は、大きな池に放り投げて落とした石の波紋の如く、どんどん大きくなって、やがて大きな池であれども、いつしかその波紋は自分の力では投げられない距離であるはだった反対側の岸まで轟かせ、静かな波を立てる。

この様な経験を経て、これから先の人生を歩む道の上においての核心に迫る精神を培い、新たな目の内側で見える僕だけの景色、新たな物事に対する姿勢や視点、観点が身に付いた様に感じる。

気が付けば、お金の額以上に価値のある物を手に溢れんばかりに持っていた。
その事に対しては本当に感謝の気持ちで一杯です。

それもこれも、これまでに道端で出逢った数多くの皆様からの刺激が無くては有り得ない事であったと、つくづく思っています。

僕自身で持ち切れない分は誰かに渡したい。僕は自分が持てる分だけでいいのだ。独り占めするより分け合いたい。

一人で食う飯より誰かと食う飯が美味いと思うように。

だから、僕はこれを書いている。
届け。この想い。何処までも。
これがまた、どこまで遠くまで届いてゆくのか。

受け取った人の中で、それがまたどう変化し、どう影響を与えるのか。
その事に想いを馳せる今日この頃。
更新が一時滞り、報告が大変遅れました事をお詫び申し上げます。
今一度、北海道で出会った方々。

大変、有難う御座いました。
有言実行。
目標達成です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー

そして今回の本題。
目標を達成し終えてから沈黙を続けた空白の45日間へと話しを移そう。

お世話になった方々へ出来る限り顔を出してお礼が言える人には直接会いに出向き、あちらこちらに別れの挨拶とお礼をしてから札幌を後にした。

新たなる旅立ちへの状況は整った。
いざ、北海道脱出へと向けて船乗り場を目指す。

札幌から南の海に面する苫小牧までの主要道路である国道36号線は、結果的に北海道滞在中でこれまでに自転車で2往復。車でも何度も(おそらく5回前後往復)通る事になった。

あそこに坂があって、コンビニがあって、スーパーが次にあって、などなど。すでにお馴染みの道となっていた。

夕方フェリーに乗り込み、八戸へ向かう。
船旅の醍醐味である景色を一望することが出来る甲板へと立ち、海の先々に想いを馳せた。

一年間に渡る長き大陸の旅。

大地のメッセージを受け取る魂の旅であった。

その大きさ故に、船痕の先に繋がる北海道の地は南側のごく一部だけの海岸が見えるだけに留まっている。

だが、目を閉じなくとも、あの大地で出逢った数々の笑顔や声、経験、大自然の圧倒的な情景が共々に思い浮かんできた。

西に傾いた太陽は、見たこともない程に巨大で異様な存在感を放ち、オレンジから赤へと地平線に向けて色を鮮やかに撫で、そして沈み行く。
それにしても大きい夕日だ。

そのせいか、最近では寒かった日々なのに暑ささえ感じる。

船の上は優雅に動いていると思っていても時速50km前後にもなる。普通ならば、常に風が吹き荒れて夏でも寒さを感じるのが普通なはず。
あつい?

一瞬の間を置き、はっ!と気付いた時に僕は既にとてつもない恐怖心に包まれていた。突然闇に放り出された様な怖さが頭を支配している。

明らかに異常な光景が目の間にある事に気が付いたからなのだ。ねっとりとした汗が全身を包んでいた。

太陽と北海道の大陸を交互に見比べると、明らかに北海道の大陸よりも太陽の方が遥かに大きさを上回り、空に浮かんでいるのだ。

これは大袈裟ではない。目の前にある景色は明らかに異様だ。その異様な大きさは西の空一面に、北から南に届かんばかりに横に広がっているのだ。

なっ、なんだあの太陽は⁉︎

額から汗が一筋滴った。

次の瞬間、その巨大な太陽は瞬間で移動し、既に半分ほど海へ沈んでいる景色に切り替わっていた。

地平線の向こうでは無い。

実際に海に落ちている。

…‼︎‼︎‼︎

何かを叫ぼうとしたが声にならなかった。

「ジュゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。」

その巨大な太陽は海に浸かりはじめてから、爆発的な蒸発音と共に水蒸気の熱風の嵐を立ち上げていた。

次第に海は血塗られたかの如く太陽と同じ赤に染まって広がり、海の内部の隅々にまでその熱量と光を力を弱める事なく注ぎ続けている。

やがて、船を浮かべる海全体が沸点に達し、激しい波、時に爆発的な力が水面に向けて噴き上がった。
当然、海に浮かぶこの船までもが大きく揺れ始めた。

次々に爆発的な衝撃が船を突き上げ、大地震に匹敵する直感的な揺れを起こし、立つのもままならなくなった。
「な、なんだよこれ!うわっ、わっ

うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー‼︎」

「ーーーぁぁ‼︎」

バサッ‼︎
実際声に出たか、出ていないかわからぬまま布団をはね退けて、上半身を飛び起こした。

はぁ、はぁ、はぁ…。
な、なんだ…。夢か…。

地獄絵図を遥かに上回る恐怖の世界から脱し、夢だとわかると激しく脈打っていた胸を撫で下ろした。全身汗まみれだ。

借し出されて着ていたグレーのジャージの長ズボンは着古され所々糸くずが解れていてボロボロ、そして上はグレーの首元がヨレたユニクロのスウェット。どちらも、何人もの人が適当に着て扱われて来たのだろう。

どちらも汗でじっとりと湿っていた。

普段野外の冷んやりした空気の中で寝ていた僕にとっては、長袖長ズボンを着て布団にきっちり収まって室内で寝るには、まだ少し暑い季節だった様だ。

札幌を経つ直前の夜にこれと同じ様な夢を見た。

船に乗り込み青森へと行こうとするが、何故だか降りた瞬間に警察に囲まれて捕まり、結局行けなくなってしまうという夢だった。

今回は暑さと今の僕を取り巻く状況からきた悪夢だったのか。

目が覚めても悪夢の様な状況には変わりはないのだが…。

さっきの叫び声で隣の人を起こさなかっただろうかと心配になり、隣のおじさんを確認する。

加藤茶を顔色悪くさせた感じにそっくりなそのおじさんは、前歯を1秒間に4.5回カチカチと鳴らせて忙しなく寝息をたてていた。
ここに来て3日間、毎日この調子だ。このカチカチ鳴らすのは寝ている時の無意識な癖なのだろう。

どうやら、恐怖の叫び声は出てしまってはいなかった様で熟睡している。

はぁ…。深く、静かに大きく溜息を吐いた。
ぼーっと目の前に視線を移す。

ここは9畳位の広さの空間。

薄暗い中目の前に見えるのは一面に金網。それに幅4cmの鉄板が縦に5つ、横に3つ、合計15つの枠になる様に縦横にと頑丈に補強を施してあり、さらにその向こう側に太くこれまた更に頑丈な鉄格子が21本も所狭しと縦に立ち並び、厳重に厳重を重ねた檻を成していた。

これを壊す事は不可能に近い。

この左右にも同じ空間があり、左から第1号室、第2号室、第3号室。
つまりここは第2号室。左右にも2人づつ入っている様子が伺えた。

そう。ここは警察署の檻の中。
いわゆる、留置所である。

はぁ…トンデモナイ所に来てしまった…。
頭の中で、か細く呟いて俯いた。

札幌最後に見た夢は、正夢だったのだ。

こうして世間から切り離された空白の45日間が始まった。
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携帯の電源も一ヶ月半切っていて、あんなにSNSなどで毎日の様に状況を更新していたのにも関わらず、突然の沈黙状態になり、とある方面では「上鶴。事故で死亡説。」が浮上していたそうですが、大丈夫です。

生きてはいました。

正確には、自由を奪われて死んだ様に生きていました。

何故こんな事になったのか。

軽く書いてしまうと誤解を招きかねないので、順を追ってこれから説明して行く事にする。

一つだけ、コレだけは自信と確信を持ってお伝えしておきます。

人に迷惑をかけるような事は一切しておりません。

ただ、法の一線を一個人として超えた罰であり、中には誤解して不快に思う方も居らっしゃるかもしれませんが、皆様を不快にさせる内容ではないと僕は思っています。

とにかく。あぁなんだ、そんなことで⁇
っと言うような何とでもない事なのです。

その理由も、きっちりとこれから順序立てて正々堂々お話しして行きます。

やましい事は一切ありませんので。

え!何故⁇等々質問等、色々したくなる様な出来事ではありますが、全てこれから正々堂々と伝えて行きますので、これからもご愛読宜しくお願い致します。

自転車で日本一周旅は相変わらず波乱万丈。
一難去ってまた一難。からのまた一難。

予め用意された試練かの如く、乗り超える度に現れる壁の数々。
衰えを知ることなくそれは現れ続ける。

またもや旅は急展開を迎え、今度の舞台は牢屋の中での獄中生活へ⁉︎

一体何処まで行くのだ俺。

次回、旅奮闘記から獄中日記へ

↓現在無事にシャバに帰還!

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