再出発してからの一日。北海道一周開始早々の日記758日目

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今朝早くにテントの中で目が覚める。
昨日、一ヶ月半を過ごした浪漫村Nijinosを旅立ったのだ。

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外では隣のテントでも起きて動き始めたアンドレスの
ガサゴソという物音が聞こえた。

お互いに「 Good morning!」そう言って声を掛け合った。

そのアンドレスとは、
僕が日本一周中に出会うのはこれで4度目だ。

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彼とのはじめての出会いは、
2年ほど前。
この旅に出て間もない9日目ほどの事だっただろうか。

兵庫県から西へ出発し岡山県を快調に走らせていた。
少し疲れて立ち止まっていた所へ、
突然背後から英語で声をかけられた。

それがアンドレスだった。

(2年前の当時の写真)
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多少つたない英語を話せたのでその場で立ち話ししていると、

彼が「今夜一緒にキャンプをしよう」と誘ってきた。

そうしてそれから一晩共に岡山の田舎のにある公園で
酒を飲みキャンプをした。

とても新鮮で自分にとって宝物の思い出となった一夜で
僕たちにとって旅の中での最高の一夜となった。

翌日起きた時にはすでに意気投合し、
お互いに別れの気配が見えることはない。

彼は英会話の教師の仕事に就くために四国の高知県を目指していて、
僕も四国を一周するために向かっているところだった。

それから5日間ほど彼と共に
四国までの道程を行動することとなった。

しまなみ海道を超えて四国の愛媛県に入り彼は高知県へ。
僕は88箇所のお遍路をしながら四国を一周するために
香川県方面へと進むべくそこで一度別れることとなった。

二度目にアンドレスと再会したのは彼が働いて暮らし始めた高知県。
彼は小中高、様々な学校での派遣英会教師として仕事に就いていた。

アンドレスの住む家に1週間ほど世話になり、
彼がこの地に来てから出来た友達などと毎晩酒を飲み明かし
僕たちの絆は更に深いものとなっていた。

以前別れた時と同様に「またいつかどこかで会おう。」
そう言い合って再び僕は旅路に戻る。

それから僕は、彼とは必ずどこかで会うだろう。
不思議とそう思い込んでいたのだった。

3度目の再会は九州だった。

彼は学校が夏休みで仕事が無い期間を利用して
九州まで自転車旅に来ていた。

お互いに連絡を取り合い、
どうにか会えないものかと試行錯誤を繰り返していたが
彼の仕事のスケジュール的に時間が無いと一度再会を断念した。

かのように見えた。

その翌日。

僕は念のため滞在していた熊本の天草にある
友達の家の位置を示す地図をメールで彼に送信しておいた。

そうすると彼は佐賀県に居て、
距離にすると150kmほどの距離にいることが判明した。

150kmと言えば彼の自転車の装備なら
1日中走り抜けば辿り着く事が出来る距離だ。

それで彼もこちらへ来る気になり、
まさかの3度目の再会となったのだ。

熊本の友達一家も彼を受け入れてくれ、
2泊ほど天草で過ごすことになり、
その時もまた再び出会えた喜びに酒を酌み交わし
随分と飲んだものだ。

あれから2年が経った。

彼からの連絡は何かことある度に寄こしてきた。

ハロウィンが来たら「Happy Helloween!」
クリスマスには「Merry Xmas!」
年明けには「A Happy New Eyer!!」バレンタインには…。

とにかく。
アンドレスはことあるごとに連絡をくれた。

そんなことが2年続いた。

つい先日。
彼が高知での仕事を辞めて
再び度に出ているとの連絡が寄せられた。

「行き先は沖縄から北海道までの日本縦断。
そしてもう青森とすぐ近くに迫っている」と。

僕はすかさず「滞在しているNijinos村へ来てくれ」と返信。

そうして今回。

四度目の再会となったのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アンドレスはビザが6月9日に切れる日が迫っており、

2年半滞在したこの日本を去らなければならないらしい。

そして最後の日本での自転車旅となる日本縦断なのだ。

日本滞在残すはあと一週間。

目的地は日本最北端の地、稚内市。

僕が人生で初めてヒッチハイクでの旅に出て目指した地。

あれから12年が経った。

こうして再びあの地を目指し、
そして心からの友と呼べるアンドレスと共にあの地を目指すことは、
16歳のあの頃の僕には想像すらならなかった。

僕は当初の予定であったNijinos村からの南下を変更し、
是非とも彼の日本縦断を見届けるために行動を共にすることにした。

今朝起きて再び僕たちは宗谷岬を目指して北へと向かった。

宗谷岬までの距離は240km。

僕の自転車は装備がとても重く、
最大でも1日60km前後進めばいい方。

順調に行けば4日間で到達することが出来る。

今日は内陸の北竜町から沿岸にある留萌市方面を目指す。

山間部を合間縫って走る国道を進んでいると
僕の自転車のフロントブレーキのパットが割れて
その場で修理しなければならなくなった。

予備のブレーキパットを取り出し、
久しぶりの交換に悪戦苦闘していた。

アンドレスと僕は「あーでもない。こーでもない」といいながら、
自転車の前輪に鼻を突かせんばかりに覗き込み、
修理に専念していた。

その時だった。

「あの…。」

二人して振り向くとそこには
ママチャリに跨がった青年が立っていた。

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彼の名はたいすけ

齢は20歳で高校を卒業し大学にも行かなく、
就職先も決まっていない為に人生で初めて放浪を決意し、
地元茨城から飛び出してきたそうだ。

彼の装備を見ると、
ママチャリの前かごに野球部員が肩から下げていそうな
エナメルバックひとつに、
1mほどの丸い形に折りたたまれた簡易テントを
首からマントの様に後ろにぶら下げ、
後方ろから見ると「河童」の様に見えなくもない。

若く初めてだらけの経験であろうたいすけ。

僕は彼が今まで生きてきた中で
見たこともないほどに絡まったモジャモジャ頭。
そいつが乗っている自転車は見たことがないほどに大荷物。
相棒のアンドレスは日本語を少ししか話せない外国人。

そんなこともあって
こんな僕達に声を掛けたはいいものの、
どうして接したらいいものかオドオドしていた様子だった。

僕達は気にすることなく
「おぉー旅人かい?!どこから来た?」とか
「何日目だとか、見た目が若いけどいくつだ??」と
次々に質問しては、

「20っさい?!若いな~!!とかなんとか言って
アンドレスと目を合わせて笑いながら話を続けた。

修理の最中だったので
ある程度話を聞くと修理しながら彼らと話を続けた。

僕達の様子を見てたいすけも少しは緊張がほぐれたようで、
彼が気になる事を色々質問してきた。

「この自転車には何が入っているんですか?どこから来ました?
いつからしてるんですか?何でこんな事をしているんですか?」

僕は修理をしながらこう答える。

「この自転車には何でも入っているよ。
調理器具。調味料から寝るのに必要なキャンプ用品とか。
どんな環境でも生活が出来る。」

「出身は神戸からで期間は2年かけてここまで来たね。
もちろん、1年中ずっとじゃなくって冬は働いたりしながらね。
この前の冬はニセコのスキー場で働いていたかな。」

「なんでこんな事しているかって?
俺はこれを、旅を仕事生活しようと思っているんよ。
世界の各国を一周づつする。
日本一周を終えたら次は違う国を一周。
国を一周終えるごとにその国を周って経験した物語を
本にして行くんさ。それが、俺の夢。」

そんな話を20歳の彼にすると、
たいすけは目が点になってそれ以降、
小声で「すごいっすね…。」としか言わなくなった。

想像を絶する言葉の数々に、
理解する事が頭の中で付いてきていなく、
オーバーヒート寸然かのように見えた。

ウブウブしくて可愛い奴だったから
今夜どこまで行くのか尋ねた。

進行方向は彼も目指すは北。

宗谷岬。

じゃあ、今夜俺たちとキャンプしないか?

そう尋ねると、「え、いいんですか?!」

そう言って驚き、喜んでいるようにも見えた。

「じゃあ、それで決まりだな。
もう少しで修理が終わるからちょっと待ってて。」

こうして仲間を一人増やし3人で行動することとなった。
そこから2、3時間自転車を走らせて留萌市へ。

アンドレスとの予定では留萌から先には店が無いので、
ここで今夜の食料を調達する予定だった。

たいすけの軽装な装備では、
おそらく調理器具は持ち合わせていないだろう。

彼に念のため聞いたがやはり持ち合わせていなく
、買食い、外食生活で朝はカップラーメンだけだったと言う。

「そうか、じゃあ今夜俺たちが
栄養満点の手料理を作ってやるから晩飯は俺たちに任せな。」

そうして3人分の食材を買い込んだ。

それから久々に見る海へ出た。

海が見えるとみんな思い思いに
「海だー!」とか「 Yhea-!」だとか叫ぶ。

たいすけは相変わらず「すごいっすねー。」だ。

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夕方頃になると僕は、
自転車旅再開が間もなお二日目で足の筋肉が付いて来なく、
夕方にはもうヘトヘトで二人から大分と引き離され
彼らの後方をえっちらおっちら顔を濁らせて走った。

目的地の道の駅1kmと迫ったが、あと少しなのに
立ち止まって休憩したいほど疲れ切っていた。

”そんな事ではこれからの道程は乗り越えられまい”
自分に言い聞かせ、
なんとかキャンプ予定地の道の駅に到着したのだった。

到着すると道の駅の店内はガラス張りで全ての場所が見渡せた。

その店内に大きな荷物を地面に下ろし
ベンチに座っている男が見える。

カバン近くに置いてあった
ホワイトボードのような小さな看板らしきに物に
一部分だけ書いてある文字確認することが出来た。
『日本』と書いてあるのが見えた。

おそらく。
そのあとの文字は一周縦断だろう。

上がった息を整えてその彼の元へと3人で向かった。

「その看板は?!」

その彼は「その荷物は!!」と元気よく堂々と言った。

自転車は辺りに置いていないので、
歩きかヒッチハイカーだろう。

聞くと基本的に歩きで旅をする
『徒歩ダー』と呼ばれる部類の旅人だった。

「おおーそれはすごい!!歩きなんてすげーなぁリスペクト!」

そう言って両手を広げると
彼は躊躇することなく僕のハグを受け入れた。

スクリーンショット 2016-06-14 20.34.03

彼の名は小田 里空(おだ りく)と名乗った。

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「じゃあ、りくだな!」そう言うと、
「いや、オダリクと呼んでくれ。」
そう言って謎に名前の呼び方にこだわりを見せた。

何はともあれ旅人4人が集結し、僕たちは大盛り上がり。

時刻も夕方でオダリクもここでキャンプするとの事で
僕を含め合計4人でキャンプすることとなった。

夕飯もみんなで役割分担し作り、
アンドレスが1kmほど離れたコンビニで買ってきてくれたみんなへの
振る舞いビールを飲みながらここには書ききれないほどの話を
絶え間なく続けた。

オダリクは年齢も絶対に言わないと云う
これまた謎のこだわりを見せ年齢不詳。
何度聞いても答えない。

熊本出身の13か月ほど前から旅を始めた猛者だ。

彼の色んなか数々の経験談を聞くと、
こいつもまた面白いヤツで笑えるのなんのって。

夕飯を終えてオダリクが浜辺で焚き火をしようと言い出し、
火を起こしてくれた。

まだ寒さが残る北海道では夜間に外気温は
10度以下まで下がるのだ。

最近では最低6度まで下がる日もあり、
夜はとても厳しい環境。

焚き火を囲みまた1、2時間話し込んだ。

スクリーンショット 2016-06-14 20.34.44

たいすけは猛者共の話を聞くことしか出来ない程の、
圧倒的な経験談の数々にただひたすら耳を傾けていた。

もう、「すごいっすね」すら言えない状況で
完全に放心状態。
彼からの話しは一つもなかった。

夜も更け、
僕は焚き火をしている浜辺にパソコンを持ってきて
この文章を書き始めた。

一人、また一人とお休みの挨拶をして、
あいつらはそれぞれ寝床について行った。

最後にたいすけが僕の所に寄ってきた。

「あの…今日は、本当にありがとうございました!
あの…それで…。」

そう言った時には
僕は不思議と彼が何を言いたいのか全てを悟った。
それと共に返す言葉まで決めていた。

けれども、
たいすけの口から「すごいっすね」以外の言葉が聞きたくて
そのままそのあとの言葉を待った。

「あの…これから、僕も宗谷岬までついて行っていいですか?」

はは。やっぱり。

「もちろん。俺たちは自由だ。お前が来たいなら来い。
来たくないならそれはそれでいい。それがだいすけの道だからな。」

「はい!ありがとうございます!
じゃあ、これれからよろしくお願いします!!」

「こちらこそよろしくなたいすけ。」

「じゃあ、今日はこれで寝ます。あ、明日は何時に起きます??」

「はは。それは起きた時だな。俺らは自由だ。
明日だって明後日だってある。起きた時が起きる時。だ。」

「わかりました!」そう言うとたいすけも寝床に就いた。

たいすけを見ていると16歳だった頃の自分を思い出す。
俺もあんなだった時期もあったっけなぁ…。

そんな事を考えながら
焚き火にくべる流木を拾い、海を見て、星を眺めた。

僕は彼に、
僕が今までに学んできた事を
出来るだけ全て伝えたいと思う。

もっと胸を張ってどっしりした男に鍛えてやろう。

俺だってこうしてくれた人達が沢山沢山居たんだ。

今度は俺がそうしてやる番だ。

そんな12年前、
16歳だった頃の僕が通ったであろう道の上で

ふと。思った夜だった。

もう書き始めて2時間半ほど経っただろうか。

夜中の2時半頃だ。

気温もさらに冷え込み焚き火に当たっていても少し震えが来る。
そろそろ僕も寝床に就くとしよう。

この物書きを辞めて、
もうちょっと薪を拾って、
焚き火に当たり、
考え事も辞めて、
海の音を静かに聞き、
星を眺めてから…。

俺たちは自由なんだから。

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動画番組第三話 さらばオダリク、更なる刺客。

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動画番組第三話です。

作成に3日間かかりました。

こんなに時間かけてたらこれからどないしよ…

なんとかします。

ほなどうぞ。

日本一周最終章 番組配信 第2話 新たなる旅人

 

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番組配信、記念すべき第一弾!!〜アンドレスとの旅立ち〜

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番組配信記念すべき第一弾

独学で学んで来た動画編集。
いよいよこれからが本番です。

次回から旅は急展開を迎える。

自転車の故障、増える仲間、さらに増える仲間。
旅人達が4人も集まった奇跡の夜。
乞うご期待!!

自給自足を目指す若者の村 『Nijinos』春滞在最終章

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北海道新十津川町

札幌と旭川のちょうど真ん中にある
浪漫村 Nijinos
DSC_0021ニセコでの越冬を終えてから
まだ寒さが残る4月中旬にここNijinosへと移動。

およそ一ヶ月半の滞在だった。

彼らの村での生活は僕にとっては新鮮であったが、
それは本来の我々人々の姿、生活であったのではないかと、
村を後にした今では思う。

自分達が食べる物を自分達で作り、
自然の恵みを頂き、
自分達が生かされているその自然に対して感謝する。

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村での長期間滞在で
そう云った彼らの思想をより理解する事が出来た。

春には僕たちが食べる物を作っている百姓達は大忙し。
もちろん、Nijinosも例外ではない。
数々の種類に及ぶ野菜の種蒔きから始まり、
ハウスの設営、畑起こし。
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仕事がない日はそうしたNijinos村にとって
必要な作業を主に手伝いながら生活させてもらっていた。

今年、
浪漫村Nijinosで育てる野菜は、
ジャガイモ、ニンジン、ダイコン、ズッキーニ、
カブ、インゲン、かぼちゃ、ピーマン、大豆、
ネギ、トマト、白菜、レタス、ブロッコリーなどなど!

畑の春野菜にはアスパラガス、ウドなどが
もう既に収穫する事が出来て
新鮮な野菜を村のみんなと美味しく頂いた。

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他に、育てなくとも食べられる物がある。

そう。山菜だ。

北海道が誇る自然の大地には
山菜が至る所で収穫する事ができるのだ。

お世話になっているお礼にと、
Nijinos周辺でよく山菜を採りに出て
よく差し入れをした。

まずはヤチブキと言われる
小さな沢などの湿地に多い山菜。

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村の犬も散歩がてらに一緒に山へ。

IMG_8003おひたしや炒め物にすると美味しい。

そして畑のウド。
IMG_7999これはまだ芽が出て間もない頃で、
もう少し成長させて大きくなったものが
食べ応えもあって良い。

山菜の成長スピードの速さはとても早い。
IMG_80142、3日間でこれほど伸びる。

一週間もすればもうこんなにも!
IMG_8023山菜は採る時期がすごく限られているのだ。

『旬の時期にすかさず採りに行く。』
それが山菜刈りでの鉄則だ。

他にも去年初めて食べた行者ニンニク。
(アイヌネギ)

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ニンニクとニラのような強い香りがあり、
これがまたうまい。

おひたしなどにも出来るが
火を通すと香りが失われるので
これはそのまま醤油に漬混んで食べるのがいい。

次にたらの芽。
IMG_8024これはやっぱり天ぷらがうまいっすね!

そして山でなくとも、
そこら中にあるのがふきのとうとフキ。

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今年の春は山菜についての知識が更に増えた。

山菜だけでその日のおかずが並べられるほど、
とにかく自然が豊かなのが北海道なのだ。
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米と光熱費以外すべてタダ
そうした事を出来るのが自然に近い環境に身を置くと
実現することが出来る。

タダ飯もいいが、
それも春の時期だけで永遠に出来るわけではない。

これから日本一周最終章の旅に向けて、
まだ少し資金も増やさなければならない。

前回の記事の後から就いた仕事は
家の解体、リフォームの建築仕事だった。

建築関係の仕事は僕の人生でこれが初めてで
これまた新鮮な経験をすることが出来た。

早く起きられた日はニッカポッカを履いて
自転車に乗り30分ほどかけて通勤。
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仕事はまず現場の家の解体から始まった。

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職人さんが手際よくバキバキ壁や天井、床を
剥がして壊してゆくゴミなどを主に外に出す雑用係を担当。

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現場は日に日に基礎だけの形となって行き、
日が経つにつれて職人さんの見よう見まねで
解体の作業に加わったりさせてもらった。

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リフォームの解体なので、
基礎となる柱など使える場所は残し、
解体を終えると今度は内装の施工が始まった。

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職人さん達はその場で巧みに
寸法を測り機材を使いこなし、
その家に合った木材を切り出していき
そして新たに家が生まれ変わって行く。

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 ここの仕事は以前米の種蒔きの仕事を
させてもらった田んぼ屋商事の神田さんからの紹介で
この仕事をさせて頂く事が出来た。

ご縁に感謝。

お世話になったのは『有限会社 ノザワ』の
野沢社長 、11日間お世話になりました。
他の職人さんに比べると、
僕なんて出来る事も少なく素人中の素人であり
力になれたのかわかりませんが、
とてもいい勉強になりました。

雇って頂きありがとうございました!

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野沢さんにお世話になった後、
息をつく間もなく田んぼ屋商事さんの
稲植えの仕事が始まった。

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種蒔きから一ヶ月。
稲は10cmほどの背丈まで成長していた。

この稲を地面から剥がし取り、
軽トラックに乗せて畑まで運び出す。

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畑では田植え機が常に稼働していて
一日中田植え機が動き回る田んぼへと運び出す仕事だ。

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稲をハウスから持ってくる2、3人と
田んぼでその稲を植え続ける2人
合計5人体制で1日中田んぼから田んぼへ
稲を植え続ける。

6日間でかなり大きな田んぼから小さな田んぼまで
合わせて15前後の田んぼに稲を植え付けた。

北海道は土地が広いからか、
田んぼ一つにしてもとてもスケールが大きい。
大きいところでは500m四方にも及んだ。

田植えを終えた後のプレートの数は
何千枚と積み重なっていた。

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最後に稲を育てたハウスの撤去など。

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これもまた新たに経験することが出来、
貴重な体験となった仕事でした。

神田社長、お世話になりました!

Nijinosを拠点に仕事をさせて頂いたのは
この2か所であった。

そして村には僕みたいな旅人が来るように
数々の訪問者が日常的に出入りする。

DSC_0019

この写真の日に村に滞在していたのは、
千葉県にDjをしに来たというフランス人のマルコに
ニセコで冬一緒に働いていた栗ちゃんと友達のゆうきくん。
千歳から遊びに来たフナちゃん。
旭川から遊びに来たすぐる君。

そしてBlog村ランキングでも最近話題沸騰中、
チャリダーには珍しく女子が日本一周挑戦!
『動くお家の豊かな暮らし』でおなじみアミちゃん。
アミちゃんのブログはこちら

出発からぐんぐん順位を上げて人気上昇中!
いいことです!

(彼女は5月20日に出発したので、
その出発前の写真です。)

※待っている方には申し訳ないですが、
僕はぼちぼち書きたいときに書いてゆきます。
毎日毎日書かなきゃと思っていたら
それがストレスになることもあり、
そのストレスを感じたくないのです!
何にも縛られたくないのであります!!
心を開いた状態である時に書く。
そうすると良いものが書けるんだ。
どうかお付き合いを、と。

さて話しはNijinosへ戻る。

まぁそんなこんなで浪漫村Nijinosには
沢山、人が訪れるんです。

旅人、地元の若者、ミュージシャン、
絵描きなどのアーティスト、子供から大人、
様々なジャンルの人が老若男女問わず。

先ほどにも名前が出た栗ちゃんの
お姉さんが来た時は驚いた。
IMG_8065この日は栗ちゃんはNijinosにこれなかった。
けれども栗ちゃんのお勧めがあってかNijinosへご来村。

こういった様に、
一度訪れたらまた行きたい。
又は
誰かにこんな場所があるんだって話したい。

そういう気持ちにさせてもらえるものが
この浪漫村Nijinosにあるんだ。

1カ月半とチョットの滞在。
この村での暮らしは素晴らしくリラックスできました。
『上鶴芳彰に聞いてきた。』

そう言って気軽に行ってみてください。

場所は

北海道樺戸郡新十津川町字総進217-21
又は
スープカレーで有名な
『奥芝商店 豊景峡店』

美味しいスープカレーを食べに来て、
それから村の敷地を散歩すると良いでしょう。

スープカレー屋の敷地内なので
敷地内はどこを見るのも自由に開放してあり、
馬や鶏、猫に犬なんかも居て見るだけでも楽める所です。
IMG_7908

ハンモックがあったりブランコがあったり、
木の上にツリーテラスなんかもあり、
プレハブ小屋の屋上に続く階段を登れば
あたりの田んぼだらけの景色を一望できます。

この村、一見の価値あり。

そして6月1日に出発して行くんだけれど、

ここからが本題。

いよいよ僕がやってきたこの日本一周の
最後の移動シーズンとなるであろう
北海道一周そして太平洋側を兵庫県まで南下。

そこへが急遽参加決定!!

2年の時を経て、
あいつび目の前にれた!!

この日本一周中、
三度に渡って再会を繰り返したあの同志。
IMG_8099
アンドレスだーーーーーーー!!!

彼はあれから四国で
英会話教師の仕事を2年勤めていた。
だが今回英会話教師の職を辞め、
ビザがなくなる6月9日までの期間を
自転車で日本縦断する旅に出ていたのだ。

沖縄から北海道に向かっていた彼は、
北海道に上陸しそうだから
合流したいと連絡をよこしてきた。

もちろん返事は即答でOK。
滞在中のNijinosへ呼び寄せたのだ。

アンドレスいきなり来たので、
数日ゆっくりしてから出る予定を即様変更し
6月1日に出発する事が出来た。

彼とはNijinosに3泊ほどした。

その間、
大忙しで旅立ちの準備を始める。

そして今回。
一ヶ月半前に新しく作り変えたあのリアカーを…
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使っていないのにもかかわらず、
更にまた壊して作り直した。

なんてことだ。

新しく作ったにも関わらずに、
またぶっ壊すだと?!?!
そんなことありえる?!?!

   ええ、あるんです。

そしてこだわりにこだわって作った
最高傑作がコチラ。

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やばい物が出来てしまいました。

鼻血が出そうであります。

なぜか鼻血が出そうであります!!

書いてくれた万理江ちゃん!
ありがとう!!

実は万理江ちゃん、
このスプレーアートをやり始めたのが
なんと…

1ヶ月。

たったの1ヶ月。

もう鼻血が出そう。

そう。
ほんでなぜ作り変えたのかというと、
”電力が以前のソーラーパネルでは賄えなかった”
この点が引っかかっていたのだ。

前回のソーラーパネルは
多結晶の20w1時間に1.25mAh。
今回は出力100w単結晶で
1時間に5mAhほどを作ることができる。

単純計算で4倍ほど発電率が上がったのだ。

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そして5kgもする重たい鉛のバッテリーは辞め、
1.5kgのリチウムイオンバッテリーを採用。
発電コントローラーなど発電チェックもできるパネルを装備。
そして100vに変換できるコンセントのインバーター。

さらに完璧に四角にする事で
従来よりもさらに荷物が積めて積載可能域も拡大。

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この旅、最後にふさわしい姿だ。

そうして旅人にとって破格
10万円近くのお金をつぎ込み
ようやく理想のリアカーが完成。

大丈夫。

去年も路上販売の収益のみ5か月間もの間を生活たんだ。

自分は何だって出来る

その精神は昨年度の経験から
自信となって自分に染み付いている。

今回は更にやってやりますよ僕は。

今、力が身体中に漲っている。
自分の中にあるすごいエネルギーを感じています。
遠い未来が鮮明に見える。

あそこに行くために。

僕はまだまだ超えなければならない山を
突破することあるのみだ。

いよいよ始まります。

 日本一周最終章。
2016年6月1日開始!!

そして!!!

YouTubeにて旅番組、

【Peace Journey TV】
放送開始!!

チャンネル登録を是非宜しくお願い致します!!!
出発から早々に凄い事になっております!!

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