北海道 ニセコでの生活③

IMG_2582家を出てコンビニへ行くために少し外を歩いていると、
ここ数ヶ月で知り合った人が自分の名前を呼んで挨拶をしてくれる。

「よし!おはよう!今日はいい天気だね。どこに行くの?」

ニセコに来てから3ヶ月が過ぎ、
仲良く話せる人や友達も沢山増えた。
IMG_0011

時には、働いているBarのお客さんにも
「Hey Yoshi!!」などと言って道端やスキー場で声をかけられ
名前を覚えてくれている外国人の知り合いなども増えた。

Yoshiは外国人にとって、覚えやすい名前らしい。
世界的に人気なゲーム。
任天堂マリオブラザーズ。

それに出てくるヨッシーは英語表記でYoshiになるので、
マリオのヨッシー知ってる?それと一緒だよと説明すると
みんな簡単に覚えてくれる。

店のお客さんはほとんどが外国人客だが、仲良くなった人達や、
お店の変わった内装を気に入ってくれた人達は常連客になり、
更に仲が深まれば一緒に山に出て滑りに行くことも珍しくなかった。

以前にも紹介した様に観光客の大半はオーストラリア人が多いので、
日本一周を終えるとオーストラリア一周をしに行きたいと夢を話すと、
「そうか。それならば、その時は是非ウチへ泊まって行きなよ」と言って
連絡先を教えてくれる人も沢山現れた。

また、さらにオーストラリアへ行く宛てが出来た事で、
ニセコに来て正解だったと感じている。

3月に入り、月末にかけてこの北海道でも
そろそろ春を感じる事が多くなってきた。
だんだんと暖かくなり、大雪が降ることも減った。
例年に比べて今年のニセコは全体的に見て暖冬だったらしい。

パウダースノーと呼ばれる状態も3月では数回だけだった。
春には重たい雪質が楽しめて、また違った楽しさがある。
気温も氷点下を下回らずに雨が降り、10度を超える日も。

雪は次第に溶け、久々に土が地面に見え隠れしはじめている。
IMG_3012
IMG_3131

雪に包まれ無臭だった大地の空気は徐々に土の匂いが混じり、
春の香りをまじまじと感じることが出来る。

街にあれほど溢れかえっていた外国人観光客は月末にかけて一気に激減。
働き先のBarも落ち着いた客足になった。
雪山シーズンの終わりを徐々に感じ始めた一ヶ月だった。

3月21日に働き先の仕事も最終日を迎え、3ヶ月間の仕事を終えた。
毎日のように飲み歩いて楽しませてもらったヒラフ界隈の飲食店も、

月末の一週間で次々に閉店していった。
あんなに賑やかだった町は
ゴーストタウンのような寂しい町並みに変わり果てた。

ヒラフのお店のほとんどが一年のうち、
冬のシーズン3ヶ月間だけの営業。

つまり、家賃を払い、店を間借りして経営しているお店は、
一年間分の家賃をその3ヶ月間で稼ぎ上げ、
さらに儲けも出さなければならないのだ。

基本的に定休日を設けているところは少ない。
シーズン中にヒラフで店を経営している人達は
すぐそこにある山に滑りに行くこともせず、
忙しいシーズンは集中して働いている人達も沢山いたのだった。

4月を迎えようとした近頃は、
いろんな店が閉店すると同時に
そこで今シーズン働いていたローカルの人達が
次々とニセコを出る準備を始めている。

同じような二十代半ばから三十代半ばまでの
ニセコで働いていた人達みんなが仕事を終え、口を揃えて言う。

「夏、何しよっかなー?」

何度聞いた事だろう。
それほどもまでに、自由に行動できる人が集まっているのだ。

地元に戻ってちゃんとした仕事に就く人。

夏のシーズンバイトへ行く人。

あっちに行くか、こっちに行くか迷っている人。

まだ何も決めてない人。

旅を続ける人。

ニセコに残り、夏は畑や土木などの仕事に戻る人。

みんなそれぞれの道を歩み始める転換期。

今シーズンの最後にニセコを振り返って思うのは、
ここヒラフスキーリゾート地は、
ほとんどの人が同じ方向を見ていたと云うこと。

つまり、やりたいことをやりに来ている自由人が集まっていると感じた。

毎日山に出てはここにしかない最高の雪を滑り、
夜にはその感動に乾杯。

明日は雪が降っているからこの調子で振り続いたら朝がいい。
あそこのリフトは今日止まっていたから明日が狙い目。
風向きがこっちだから別のスキー場から滑り始めよう。
今日、あのコースに一番乗りで行ったんだけど本当に最高だった。

あれこれ酒を片手にヒラフの夜の飲み屋街は賑わう。

それぞれな人は、それぞれな考えで、
それぞれの人生を歩んでいる人。

色んな人々がいるけれども、
ここではそんな人達がニセコと云う小さな町に集まり、
みんなの方向性はただ一方、に向いていたのだった。

そんな中で、Barの相棒くりちゃんと仲が良くなったのはもちろん。
もう一人意気投合しとても仲良くなった心の友が出来た。

誕生日が一日違いの同い歳の池ちゃん。
IMG_2940
彼は誕生日ほぼ変わらないと云うこともあって親近感が湧き
いつの間にやら意気投合。

気がつけばほぼ毎日連絡を取り合って滑りに行ったり
飲みに出たりして遊ぶ仲になっていた。

二人で行動していると「またお前ら一緒なのかよ」と
口を揃えて言われるほど。

池ちゃんは、人懐っこく明るい性格。
昨年まで東京で美容師をしていたが辞めて北海道に来たらしい。
IMG_2989

つまらない話しが大の得意で、よく周りからいじられるキャラだが
そんな所が池ちゃんのいいとこでもあり、
彼がみんなから愛されている部分でもある。
IMG_3004IMG_3009

お互いにバカだのアホだの言い合って
よく酒を飲んだ。
IMG_0035

誕生日以来、飲ませると面白いヤツだと思われ
格好の餌食となった俺達はヒラフの街へ飲みに出るたびに
テキーラを死ぬほど飲まされた。
テキーラや、それに代わるイエガーマイスターなどの
ハードリカーの酒がタダで出されるのは当たり前かのように、
どの店に行っても無料で出されてくるのだ。
IMG_2949IMG_2958

時には服を脱がされ、
脱がされたTシャツを近くにあった暖炉で
燃やされる事も多々あった。

胸毛や髪の毛をも燃やされる事もあった。

アザが残るぐらい裸の男同士で
本気の力で身体をツマミ合って戦う日もあった。
S1010005

一週間の内、半分は池ちゃんと飲んだお店で潰され、
たった二人だけ店に残されて翌朝、目が覚める。
IMG_2873

「くっそ〜!!またやられた。何も覚えていない。
また起きたらお前と二人かよ、チクショー。」

いつも潰されては、吐き気がする中で二人言い合う。

それでも、翌日に池ちゃんと飲まされると分かっていながら
何度もヒラフの飲み屋に立ち向かった。

これほどまでに気さくに過ごせる仲間が
ニセコで沢山出来た事はとっても嬉しい事だった。
この旅の中での宝物がまた一つ増えた。

ニセコの夜は激しく、クレイジーな人達が本能のままに酔っ払っていた。
IMG_0037IMG_001311072097_788637027885127_251330626_nDSC_0018

裸になったら何故かすごい。良くやった。と認められ、その翌日には、
「昨日、お前良かったよ。面白かったよ。」などと褒められている。

普通街でそんな事をすれば
「お前、昨日は酷すぎだよ」などと
批判されるはずが、ここではなぜか褒め讃えられる。

感覚がおかしいんじゃないかと思うが、
みんなまともにそう思っているのだ。

1シーズンを過ごし終えて思っているのは、
日本一周を今年の秋に終える予定だがその後に
また冬のシーズンはここ、ニセコに帰ってこようかと考えている。

世界各国一周はもちろん続けるが、
一カ国終わるたびに本を出版する決まりがある。

本を出版が出来上がり次第、次の国へ行くのが理想。
その筆跡活動を山籠りしながら出来たらと考えている。

ここニセコはやりたいことをやっている人が集まる場所として、
とても日々に刺激があり、
せっかくここまでの道程で付けてきた筋力や体力を落としたくない面でも、
冬場の運動不足を回避できて
山で運動すればそこそこの筋力トレーニングにもなる。

給料も賃金が高くいい条件。

さらに楽しいと来たら、一石三鳥にもなるだろう。

今のところ、またここへ帰ってこれたらと思っているまでだが予定は未定。

仕事が終わり、有意義に時間を使える様になってからは、
残りわずかなニセコ生活を満喫していた。

シーズンを終えると、
働き先のオーナーのジェリーさんに
シーズン終わりの打ち上げとして
洞爺湖へ、一泊二日温泉旅行に連れて行って頂いた。

ニセコ周辺のお店はそれぞれ仕事を終えると、
いろんな場所へ打ち上げ旅行に行っている所が多いみたいだった。

打ち上げ旅行当日、現地集合だったホテルに到着すると。
洞爺湖を見渡せる景色が綺麗で立派なホテル一室が用意されていた。

ホテルの温泉もこの上ない景色の露天風呂だった。

仕事は高給な上に、ゲレンデのリフト券も支給されて
仕事が終わればこんな褒美があるだなんて。
もう、至れり尽くせり。

夜にはジェリーさんの昔からの知り合いが
洞爺湖周辺のイタリアンレストランへ向かい
フルコースの美味しい料理をたらふく頂いた。
DSC_0039DSC_0038バースタッフ2名、ジェリーさん友ちゃん夫婦と息子のレオ君。
DSC_0043ロッジのシェフを担当するあっこちゃん夫婦と、にの君
DSC_0057 DSC_0041食事を終えてからは、
男四人で朝方までスナックで歌って飲み明かし
やはり、ベロベロになって1日を終えたのだった。
IMG_0019

blowhard lodge、bar blobloのみなさん、
お世話になりました〜!!!

次回、『北海道ニセコ 春編。』
おたのしみに!!

北海道ニセコ まとめ動画

冬季の仕事も終わり、のんびり山奥に移り住み
犬二匹と暖炉の前で温まる北海道の今日、この頃。

もうすぐ
また
旅が始まる。

5月までに北海道を出ようかと
今、まさに悩んでいるところだ。

早くて、一週間後には旅立つ。

ニセコ。

素晴らしい雪、最高な人達、
清らかな静寂の大自然。

全てに感謝。

12月中旬から撮りためていた動画をまとめてみました。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

 

北海道 ニセコでの生活②


あぁ…。

もう、、、ダメだ。

立った状態から脱力し、
そのまま後ろへ力任せに倒れこんだ。

後頭部を地面に打ち付け「ゴンッ。」と鈍い音と共に頭痛がした。

意識は朦朧とし、
痛い頭を手で押さえる事すら出来ない。

「あぁ〜そこは濡れてるから寝ちゃダメ!!」

すぐ側で誰かがそう言っているのが、遠くに聞こえる。

今日、3月1日は自分の誕生日

テキーラなどのキツイお酒を大量に飲まされ泥酔状態だった。

その日、誕生プレゼントとして貰った
「フンドシ一枚だけ」を履いて
ほぼ裸に近い有様で地面に仰向けで倒れ込んでいた。

それが自分の誕生日、最後の一瞬の記憶。

その日の中盤からそれまでの記憶はほどんどがない。

自分の誕生日にニセコで仲が良くなった仲間達から
テキーラを何度もご馳走してもらい、盛大に祝ってもらったおかげで、
もの凄い泥酔状態まで生天させられた。

酒でこれほどの記憶を失ったのは初めてだ。

その日、働き先の相棒のくりちゃんと共に、
いつも行く飲み屋へ向かった。
到着早々にワイングラスに注いだテキーラを2杯ほど
立て続けに出され一気のみ。
IMG_2852IMG_2853

そのお店から手作りチョコケーキが振舞われ
プレゼントされた物をよくみると、
8分割された内の一つはケーキでなく
ノリで覆い尽くされたオニギリ。
IMG_2847

よく見ると、そのオニギリには
「グッドラック」と書いてある。

そのオニギリを「とりあえず食べて」と言われるままに食べていると
そのオニギリは食べたこともない程のわさびが使われ、

プレゼントと言うよりは、もう罰ゲーム。
IMG_2856

わさびを大量に使うと
あれほど呼吸が困難になるほどに
むせ返るとは思いもしなかった。

息が出来なくなり、咳も止めようにも止まらない。
飲み込むのはほぼ不可能なオニギリだった。

次に、相棒のくりちゃんからのプレゼント。

それは紙袋に入った柔らかい感触で
衣服のような生地が入っていた。

何だろう??

以前、くりちゃんの誕生日にはTシャツを
プレゼントしたので服のお返しかな?

どんな物か、期待しながら中を開けてみると

フンドシ。

『もらった物はその場で着る。』

なぜかそう決められているニセコのプレゼントのルール。

そんな訳で、フンドシたった一枚にさせられたのだ。
IMG_2857

なぜか、ふんどしを反対に履いてしまい、
その日はずっとその状態のままだった。

二件目へ移動する時は「そのまま行け」と言われ、
服を着させてもらえずに氷点下を下回る
極寒の寒空の下を裸足歩かされた。
IMG_2900

靴も履かずに裸足で雪の上を歩く

足の冷たさに悲鳴をヒーヒー上げながら次の店へ向かった。
あの寒さの体験だけは記憶を消すことが出来なかったようだ。

それからは、倒れるまでの記憶が無い。
IMG_2869IMG_2887IMG_2862 ニセコで冬のシーズン中に誕生日を迎える人は
こうなる宿命にあるらしい。
IMG_2873

以前、相棒のくりちゃんが誕生日を迎えた日も
ハチャメチャな1日であった。

相棒はテキーラの瓶に
3分の1ほど入ったものを一気飲みさせられ泥酔状態。

顔面ケーキも始まり、もうめちゃくちゃ。
IMG_2621
俺が巻き添えは食らうまいと
カウンターの端っこでしっぽり飲んでいると。

すでにフラフラな足取りで
くりちゃんはこちらに向かってきた。

「お前〜、いつもしっぽり飲みやがって!
もっともっと『本気』を見せてみろよ!おぉ?」

そう言いながらフラつきながら俺に説教を始めた。

すると、フラフラしていた足元に
先ほど誕生日祝いに顔面ケーキをされた残骸があり、
それを踏みつけてツルんと勢い良く後ろに転倒。

椅子に座っていた自分までもが巻き添えになり
熱々の暖炉の方へ転倒。

奇跡的に火傷することもなく大丈夫だったが、
くりちゃんは後方に転倒した勢いのままテーブルの角に頭を強打。
かなり痛そうに頭を抱えていた。
IMG_2629IMG_2628

ははー!自業自得だと言って笑っていたが、
なかなか起き上がって来ない。

周りの人が心配して近寄って見ると
「えっ、頭から血が出てるんだけど!?」
そう驚いて叫んだ。

えぇー?!本当に!!?

自分もくりちゃんに近寄ると、確かに出血している。
地面には軽く血の水溜りが出来ている程だった。

さっき言ってた『本気』てこれ?
IMG_2636IMG_2638

さすがにそれは自分には真似できそうにない…。

それが相棒くりちゃんの誕生日の最後だった。

時刻は1230分。

誕生日を迎えてから僅か30分で泥酔状態になり、
自分のプレゼントケーキを自分で踏みつけて滑り、転倒。

頭を打って血を流し、
そのまま座敷に運ばれて眠りに落ちた。
IMG_2633

それが、くりちゃんの今年の誕生日だった。

誕生日に二人とも偉業を成し遂げた俺達は、
このニセコ、ヒラフエリアの中でも
指折りの馬鹿野郎の位置に格付けされた。

昼の雪山だけでなく、
夜も、なかなか破天荒で面白い人達が非常に多い。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〜ある日の日記〜

朝、目が覚めて窓の外を見る。

IMG_2974窓のすぐ下から伸びた屋根の上には雪が積もっている。

毎日、屋根の雪は傾斜でずれ落ちるので、
昨晩のうちに積もった雪の量が一目でわかる。

( 雪が落ちている時 ↓ )
IMG_2815

( 雪が降った翌朝 ↓ )
IMG_2939

今日は、一晩で30cm以上は積もったようだ。

屋根裏部屋を出てハシゴ階段を降り、
スキーウェアへ着替えるためにドライルームと言われる脱衣所へ。

貸切ロッジの数十人の客のウェアやスキーブーツの中から
自分のものを探し出し、それにすぐさま着替えて
スノーボードを持って外へ出た。

外開きに開けるドアを開けると、
降り積もった雪を押しかためて
半分ほどで開かなくなってしまう。

IMG_2548

ドア付近の雪を除雪して
ドアをスムーズに開けれるようにしてから
雪山へ向かった。

自分が住む建物の隣にホテルがあり、
そこを過ぎるともうすぐそこにゲレンデが姿を現せる。

ニセコ、ヒラフスキー場エリアの中でも
群を抜いてゲレンデ寄りに住んでいるのだ。

朝一の新雪、
パウダースノーを狙うにはこの上ない場所だ。

リフト乗り場がある山の麓に立つと、
見上げるほどの位置まで真っ白なゲレンデが目前と広がる。

朝8時半から動き始めるリフト周辺には、
今か今かとその時を待ちわびているスキーヤーやスノーボーダー
およそ100人ほどが列を成している。
IMG_2495

人々の顔は笑顔で満ち溢れ、
時には待ちきれない外国人が何やら叫ぶ声も聞こえる。

スキー場オープン時間と共に、
リフトが開場し等間隔に人が乗せられ
続々と山の上へ運ばれてゆく。

自分もそのリフトに乗せられ山を上る。
スクリーンショット 2015-04-11 14.51.57 IMG_2928

つい先ほどまで見上げてみていたゲレンデを越え、
更にまだまだ山の奥までスキー場が続いているのが見えてくる。

麓からはスキー場の全体が見えないほど、
このスキー場には広い範囲に数々のコースがあるのだ。

リフトを降り、またすぐに乗り継いで更に上へ。

ここから山の上は風が強い事も多く、
リフトが運休になることもしばしば。

風が強く、吹雪になると視界は見えなくなり、
ホワイトアウトと呼ばれる状態になる時も。
2メートル先すら見えないほど吹雪が吹き荒れ真っ白な視界になり、
人同士がぶつかってしまう事故が起きたり、
コースを外れて遭難してしまう可能性も十分にあり得るからだ。

晴れていたとしても、
雪崩やブッシュと呼ばれる雪が裂けて落とし穴になっているような所も
数々あり、一概にスキー場だからといって安全とは言えない。

このスキー場でもそう云ったことが原因で
死亡してしまう事故も珍しくもない。

多くの死亡事故が起きそうな場所は
スキー場管理区域外となり、全て自己責任だ。

そのためスキー場管理区域外コースへ行く場所には
ロープが張られ入り口が設けてあり、
管理区域外の注意事項が書いてある。

もし、雪崩が起きてしまった時に必要な種の仁義がある。

⭐︎まずは、ビーコンと呼ばれる発信機。

これは、自分が巻き込まれた時に
どこに自分が埋まっているか知らせてくれる代物で、
逆に目の前で巻き込まれた人が居れば、
探すことも出来る機械だ。

⭐︎次にプローブと言われる携帯用の長い棒。

ビーコンである程度の位置を特定してから
雪に突き刺して雪崩遭難者を捜索する時に使われるもの。

⭐︎そして最後にシャベル

確実な位置を探し当てると
そのシャベルで雪をかき分け救出する道具。

この3つが最低限、雪山へ入るエチケットとされている。

関西に住み、近くの岐阜あたりのスキー場などにしか
行ってこかなかった自分にとっては、
スキー場で雪崩が起こるなんて事など想像すらしていなかった。

自然の力には人間は到底及ばない。

一見楽しそうなスキー場の雪山にでも、怖い一面があるのだ。

2つ目のリフトを上がって標高1000m付近に到達。

まずはウォーミングアップを兼ねて、
いつも滑るお気に入りのコースを滑り降りる。

ニセコのスキー場はある程度のコースが
圧雪機で雪が固められているが、
圧雪機を施されていない場所は新雪が降り積もり、
フカフカな新雪の上を滑ることが出来る。

なんと言っても押し固められたコースと違うのは、
上下の浮遊感に尽きる。

地面の上を滑ると言うより、水の上にいるような感覚。
世界各国からこの上質な雪を求めて人々は集まるのだ。

斜めに山を下ると、更に上に登るリフトに乗り継いで
頂上手前まで上がる一人乗りリフトへ乗り込んだ。
11015467_818389761587003_345160650_n

ゆっくりと上昇してゆくリフトの上から山の頂上を見上げると、
まだ誰も滑り降りていない山頂付近の山肌は
均等に降り積もった新雪で覆い尽くされた斜面が見て取れる。

今日は風が少なくいい天気なので
頂上へのゲートが開場されていた。

そこから頂上へ。

リフトを降りると世界各国から集まった
パウダースノーハンター達が行列を成して頂上を目指し、
スキー板やスノーボードを足から外し、
各々に手やリュックに担ぎ上げて山を歩いて登り始めていた。

自分も同じく同様に器具を外して
ボードを脇に抱えて山を上がる。
スクリーンショット 2015-04-11 14.43.46

一足先に登り始めた人々の足跡が雪を踏み固め、
足跡の形をした階段が出来上がっている。
スクリーンショット 2015-04-11 14.39.45
その後を辿って20分ほど登山した先に頂上がある。

時折、先に頂上へ達した者が山頂から滑降しては
パウダースノーを豪快にかき分けて滑り、
雪しぶきを左右に上げて山肌に跡を残して行く。

1,308mのニセコ、アンヌプリ山の頂上に到着した。

360度見渡せる山の頂上に立ち景色を見渡すと、
辺りは雄大な白と黒の景色。
IMG_3048 スクリーンショット 2015-04-11 15.18.10 スクリーンショット 2015-04-11 15.19.04 スクリーンショット 2015-04-11 15.19.58

目の前に富士山の形そっくりな標高1,898mの羊蹄山が。

西の方角には、山々の向こう側に日本海が見える。
案外海にも近いことがわかる。
スクリーンショット 2015-04-11 15.18.34

少し、山頂からの景色を堪能してから山を滑り降りる事にした。

ブーツを締めなおしてバインにセットし、ボードと足を固定。

さぁ準備は整った。

深呼吸して山の斜面に沿って板を走らせた。
スクリーンショット 2015-04-11 14.55.53

山頂付近は強い風で新雪が飛ばされ、
これまでに大勢の人々が踏み鳴らしてあるせいで、
氷のような硬い地面が少し続く。

徐々に新雪のパウダースノーが姿を見せ始め
足への負担も少なくなってくる。

誰も滑っていない雪(ノートラック)を探しながら
自分が滑りたいラインを見定めて一気にそこへ向かう。
スクリーンショット 2015-04-11 15.04.03

ジャンプするように体を上下に動かせば、
沈み込んだり浮いたりの浮遊感を体感することができ、
まるで空を飛んでいるかのような感覚。

左右に大きくゆっくりとカーブを描くと
後方に綺麗な雪しぶきが上がる。
スクリーンショット 2015-04-11 15.05.23

思わず叫びたくなるほどの爽快感だ。

やがて山の中腹辺りまで一気に降りてくると、
木々が多くなり沢になった地形へと入って行く。

幅広いハーフパイプのような形になった斜面を
右へ左へ蛇行しながらコブを利用してジャンプ。
着地はフカフカな雪なので体への衝撃は、ほぼかからない。

様々な地形を利用してスノーボードの板を
その形に合わせて当て込む。

想像通りの滑りが出来た時に、一番の喜びを感じる。

頂上から一気に雪山を滑り降りてくると、
ものの15分前後ほどで山を滑り降りていた。

山頂から滑り降りるとスキー場外に到着し、
また歩いて20分ほどでスキー場のコースに戻ることができる。

リフトだけでなく、歩いてまでしていい雪を求める。

それがニセコスキー場の特徴といってもいいだろう。

何度行っても
「もう一度…。もう一度だけ行きたい。」
そう思わずにはいられない。

IMG_3033

北海道 ニセコでの生活①

12月半ばに到着してからニセコでの生活が始まった。
DSC_0033IMG_288011063354_818389434920369_422333298_n

北海道は第一に「寒い」というイメージがあった。

けれども、実際来てみると暖かかったのが印象深い。
気温は低くてもちろん寒いけれども、家の中は暖かい。

ほとんどの家がヒーターなどを夜間でもつけっぱなしにしていて、
10度前後で常に室温を保つ事が出来る様になっている。
IMG_4203

あの、朝に冷え込んだフローリングの冷たい寒さが無いのだ。
そういった面では神戸の方が家の中は寒いと言えるだろう。

北海道の冬に『深々』とした音を
初めて感じることがあった。

ある日、働き先の相棒のくり君の家へ泊まりに行った時のこと。
IMG_4227
くり君が真夜中に雪が降り続ける森の中に
散歩へ連れ出してくれると言い出した。

面白そうなので是非連れてって欲しいと頼むと、
スキーウェアや長靴、グローブにニット帽を渡された。

…?

ものすごい完全防備。

一体どんな散歩なのだろう??

どうやらそこら辺をフラフラする道程では無いようだった。

服を着込んでから、
長靴を雪が入ってこないように履き口を縛る。
手袋も帽子も被って完全防備で外へ出た。

元々は畑であろう雪に覆われた真っ白な平野へ
足を沈めながらゆっくり前へ進む。
雪は腰辺りまで積もり、なかなか思う様に進めなかった。

辺りは大粒の牡丹雪がひっきりなしに降っている。
「ちょっと止まってさ、音を聞いてみて…。」
くり君が、平野の中心辺りで足を止めて言った。

辺りには雪が沢山降り注いでいるが、
降り積もる音が聞こえそうで…聞こえない。

なんとも言えない静けさだ。

平野を抜けて林の中に入ると、
木々のおかげで降り積もる雪がくるぶしほどの積雪で浅くなり
先ほどよりは幾らか歩きやすくなった。

林を抜けると杉の木に囲まれた
小さな広場のようになった場所にたどり着いた。

くり君はそこで、力任せに後ろへ倒れ込んだ。
バフッ。
「ほら、全然痛くないから、よしもやってみなよ。」

真似するように大の字になって後ろに倒れ込むと、
柔らかな雪が全身をやさしく受け止めて
痛みもなく仰向けに寝ることができた。

そこから見える景色には
視界を囲む様に木々が夜空に陰を写し出し
木々の影から割れて見える空からは
大粒の雪が埋め尽くすかのように吹き荒れていた。

わずかに耳元あたりに積もる雪は
柔らかで乾いた音が、聞こえるか、聞こえないかの
かすかな音をたてて降り積もる。

虫や動物の鳴き声なども無く、
木々でさえ枯れ果て生気を見せない。
生き物にとって、生きる事が困難な環境の中で
寝転んでいる事が怖くさえ思えた。

真っ暗な静寂の中、十分ほど会話もせずに
ただ、雪の中に埋もれていた。

「深々って言うのはこう言う事なんだろうね。」

久々に口を開いたくり君がポツンと言った。

『深々と。』
まさにその表現がピッタリだった。

くり君は、
冬のあいだ働かせてもらうBarでの、たった一人の仕事仲間。
Barのスタッフは自分とくりちゃんの二人だけだったこともあり
話す機会もとても多く、ニセコで仲が良くなった友達の一人だ。
10422322_809446882478179_1678371080533182641_n

今年でニセコ8年目で4つほど年上の32歳。

店がオープンする前に初めて顔合わせをした日。
くり君の家へ泊まりに行かせてもらったことがあった。

夜に缶ビールでも飲みながらコタツに入って話しをしていると、
敬語で堅苦しく話す自分に、くり君はこう言ってくれたのだった。

「敬語なんかさ、俺みたいなヤツに使うのは無駄だよ。
だから敬語は無しで行こう!」

それからと言うもの、気軽に話せて
冗談ばかり言い合える最高の相棒となった。

冬のシーズン中、相棒となったくり君とは
ほとんど毎日顔を合わせた。

札幌出身でニセコ8年目のくり君は
地元と云う事だけあって沢山の色んな知り合いや、
お店を紹介してくれた。

週に一回の休みの日にでも連絡が来て、
飲みに出たり、スノーボードに出掛けたり、
色んな知らない場所へと連れ出してくれたのだった。
DSC_0055

連れて行ってもらった中で一番記憶に深く残るのは、
「ニョロニョロの洞窟」だ。

そこへはニセコから車で
1時間半ほど隣町の伊達市大滝区にある。

正式には百畳敷洞窟というらしいが、
地元の人からはその洞窟の景観から
「ニョロニョロの洞窟」と呼ばれているそうだ。

普段は誰も通らない腰まで降り積もった雪をかき分けて、
2時間ほど歩いた山奥にある。

新雪の上を歩くのは基本的に
スノーシューと呼ばれる道具を使わなければ移動は困難だ。
それが無ければ雪に足が埋もれ、
一歩一歩進むのにも、もの凄い時間と体力が必要となる。

スノーシューは1セットだけを、
くり君が持ち合わせていたので先頭に立って案内してくれた。

後方に歩く人はスノーシューの足跡を辿れば
新雪を歩くより、いくらか押し固められて歩きやすいらしい。

出発時刻は夜の9時。
満月の明かりに照らされた明るい森を
ひたすら突き進み始めた。
DSC_0077DSC_0065

笹の葉の上などに積もった隙間と穴だらけの地面に
足を踏み外してしまって胸元まで
雪に埋もれてしまう事も多々あるほどの積雪量だった。

両手をついて足を引っこ抜こうにも、
手をつく雪はフカフカで力が入らない。

新雪を歩くという事が、
こんなにも体力がいるものだとは想像以上だった。
気温はマイナス4度を越えて冷え込んでいるけども
大きな身体の動きに暑くなり、汗をもかいていた。

もちろん、この雪道を歩く衣服は
私服ではなくスキーウェア。
靴もスノーボードブーツを履いている。

馴れない雪道を2時間ほど時間をかけて雪道を歩く。
静まり返った森の中では木に降り積もった雪が
重さに耐えられなくなって地面に落ちる音が時折、響き渡る。

やっとの思いで、洞窟に到着すると。
洞窟の入り口から徐々に氷柱(つらら)が見えて来た。

けれどもニョロニョロはしていない。
どれがニョロニョロなんだろう?

くり君も今シーズン初めて来たらしく、
そのニョロニョロがあるかどうかは
見てみないとわからないらいしい。

更に奥が見え始めると、おもわず声を上げて驚いた。

うわぁー!なんっじゃこりゃあ〜!!

DSC_0097

氷柱が下から生えていて、
鋭利な形ではなくニョロニョロと丸い棒の様な氷筍(ひょうじゅん)が
無数に地面から伸びていた。

中には天井と地面がつながって太い氷の柱となっている物さえある。
DSC_0091
氷柱から氷にならなかった水の雫が、
地面に落ちて氷筍となって成長し
このような丸みを帯びた形になるそうだ。
DSC_0102DSC_0114
百畳ほどの洞窟に広がる宝石の様な景色は圧巻だった。

ニョロニョロの語源は
ムーミンに出てくる白い靴下のようなキャラクターの名前で、
そのニョロニョロにそっくりな事から
そう言われ始めたらしい。
(ウィキペディア曰く)
DSC_0104

くり君は、鞄から持って来ていたロウソクを出し、
洞窟に柔かな明かりを灯して魅せてくれた。

更に持ってきていたアウトドア用のバーナーでお湯を沸かし
温かいお茶とインスタントラーメンを作って食べさせてもらった。
寒い日に外で食べる温かいものは、他の何にも変えがたい。

時刻は夜中0時頃。
深い雪山の奥にあるひっそりとした洞窟。
深々とした世界。

透き通り丸みを帯びた氷の中に
ゆらゆらと揺れるロウソクの火。

氷に映し出される景色に
吸い込まれてしまいそうなほどの透明感。

綺麗な物を目にしたり、感じたりする事で
心の中の邪念も追い払ってくれる様だった。

洞窟から外には満月が照らす青白い森と、
大粒の雪が降っているのが見える。

その日、やっとの思いで雪山を出たのは
夜中の午前3時前だった。
DSC_0140

こんな経験は、北海道に来れば誰でも手軽に出来る事でもないだろう。

北海道出身でもあり、
ニセコの雪山遊びを初めて8年目のくり君は
色んな雪山に対しての知識や経験があった。

時には雪山を徒歩で登り、
誰も滑っていないバックカントリーと呼ばれる新雪の降り積もる
スキー場ではない山からスノーボードで下山する事もあるそうだ。

誰も足を踏み入れていない雪山とは
一体どんな世界なのだろうか…。

北海道ニセコへ来てから、
スキー場の雪山で過ごした時間は150時間を超えた。

ハイシーズンでは
ほとんどの日が出来るだけ朝早くに起き、
颯爽とスキーウェアに着替えてから
歩いて1分足らずの雪山に向かう。

IMG_252911015467_818389761587003_345160650_n

1〜2時間全力で山を滑る事から一日が始まった。
IMG_2928IMG_2590

北海道の雪質は柔らかく柔軟で、
水の上を滑っている様な体験した事の無い感覚に感動さえ覚える。
11072933_818389581587021_447902811_n

以前、スキー場内のコースから少し外れた
圧雪されていない雪の上を滑った時のこと。

その日は前日に豪雪が夜通し降り続いて
腰くらいの高さまで雪がある日だった。

前日までは、コースまで戻れたルートが
たった一日の内に積もり過ぎて、
加速が出来ずに途中で止まってしまった。

傾斜が少ないのでどうあがいても前に進めない場所だった。
仕方なくボードを足から外し歩く事に。

それからと言うもの、
50m横にあるコースに歩いて戻ろうとするも
雪に体がヘソの上まで埋もれてなかなか進めずない。

コースに戻ったのは、30分もの時間が経った頃だった。
スノーボードと言うよりは、サーフィンに近く、
繊細でバランス感覚がより必要になる。

パウダースノーと呼ばれる雪質も、
世界の中でも数カ所といわれ、世界各国から
外国人が多く訪れるスキーヤー達の名所となっている様だ。

中でも、オーストラリア人が非常に多い。

12月〜2月は、オーストラリアでは
夏休みだと云うもともあるらしいが、
もともと、何も無い山だった頃からニセコを開拓をしてきたのが
オーストラリアの企業だと聞かされた。

そのオーストラリア側の企業などの宣伝効果もある様だ。
他には、スイス、イタリア、ドイツ、アメリカ、
カナダ、シンガポール、中国、韓国、フランス、
タイ、ハワイ、スペイン、ポルトガルなどなど、
数多くの外国人が訪れている。

その証拠に、働いているお店の客層の97%が外国人客だ。
IMG_2650 DSC_0204

圧倒的に外国人が多い事が分かる。
一日の営業で日本人を見ない日も多々あるほど。

寝泊まりするロッジに訪れるお客さんも全て外国人。
ロッジのお客さんは10日間〜2週間ほどの滞在が多く、
その後、また違う10人以上のグループや家族が訪れに来る。

客室はシーズン前の11月の時点で4ヶ月先の3月末まで
予約で満室になっているらしい。

多くの外国人との共同生活もここでは当たり前。

日本じゃないのかと思わされてしまうほど、
ニセコは多くの外国人で溢れていた

その中でも、もちろん日本人も居る。
ローカルと呼ばれる毎年ニセコに山籠りしている人達だ。

石垣島の宿で出会い、
今の仕事を紹介してくれたさとしも
ローカルの内の一人。
もう今シーズンでニセコ13年目になるらしい。

石垣島では前歯を折っていたが、ようやく治せたらしい。
IMG_4309

働き先のBARでは、ハイシーズンに入ってからは大忙し。
営業時間は昼2時半〜夜10時まで。

ゲレンデから最寄りのBar bloblo
IMG_2617ゲレンデへ上がれるリフトから
歩いて1分の近さにあるこのBarへ来るお客さんは、
スキーやスノーボードを店先に板を指して
ウェアにブーツを履いたまま店に入って来る。

いい雪を滑り、いい汗をかいた後の一杯は格別だ。

「今日の雪は最高だった!素晴らしい。パーフェクトだ。」
「あそこのコースが今日の朝一最高だったよ」
「あそこも良かったけど、更にあっちが良かった」などなど。

毎日の酒場での会話は
山の事を話さない日はない。

この土地は、「滑りに来た」という共通した目的が
みんな一つである事から、みんなが生き生きとして
同じ方向を向いて生活しているのが印象的だった。

店の入り口を出ると
並ぶ様に氷で出来た建物のICE BARがある。

『Bar The ICE』
DSC_0021IMG_2823DSC_0023IMG_4304DSC_0068

下の写真、左に写っているのが
毎年この季節にICE BARを創ってきている
アーティストのヒロさん。
IMG_2583ニセコに到着した12月中旬から
その氷の建物の造り方を日々見させてもらっていた。
IMG_4244IMG_4299IMG_4305今年で10年目になるそうだ。

まず、大きなナイロン製の縦2メートル、
横5メートルほどもある円柱の形をしたバルーンを横や縦に置き、
それに向かって霧状にした水を吹きかける。
IMG_4302

気温の低い日を見計らって一日中、
水を出しっぱなしで徐々に氷を創ってゆく。
気温が氷点下の日が続かなければ氷の建物は造れない。

時には雨が降ったり、晴れて氷が溶けてしまったり。

そんな時でもアーティストのヒロさんは
「あぁ〜自然よぉ〜ありがとう〜!」と言って
文句を言うでも無く、自然の全てに感謝している。

ヒロさんとは、良く顔を合わす度に
話しをさせてもらう事が多かった。

夏は毎年、宮古島に住み自然保護団体などを
営んでいたりしているそうだ。

柔らかな喋り方に特徴がある方だった。
いつも新しく作った場所を
「おぉ〜よっしー。また新しく作ったんだけど
ちょーっと見てくれよぉ〜。」

「ちょっとここに立ってさ。
ほら、ここから上の角度を見てみてよ。どぉ?
こんな感じじゃない??」

そう言いながら、
サーフボードに乗る様な体制を見せて、更に続けた。

「タテノリじゃないんだよなぁ、やっぱヨコノリなんだよなぁ。」

そんな会話は日常茶飯事。

50代なのにまだまだパワフルで素敵なヒロさんの
不思議でスピリチュアルな会話も毎日の楽しみの内の一つだった。
DSC_0083