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チャレンジシリーズ!!

【動画アリ !!】北海道ニセコ/二度目の越冬#2 〜ここでやり残したこと。〜(528〜683日目)

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北海道2度目の越冬、ニセコ。

僕は先シーズンここでやり残していたことがある。

それは、
バックカントリーと言われる冬の雪山登り。
それをする為にここへ戻ってきたと言っても
過言ではない。

ただ単にやりたいと言っても、
道具や雪山への知識がない初心者の僕にとっては
何から始めていいのかわからない状況だったが。

そんなある時、
店に飲みに来たスイス人3人組と出会った事がきっかけで
雪山を登る転機が訪れた。

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左からジョー、トーマス、ハネス。

この3人はスイスから日本へ来て、
大人3人が充分に寝られるほどのキャンピングカーを借り、
日本に居る間はホテルなどの宿を取らない。

車で生活するカーダンチスタイルで
1カ月ほどBarの目の前にある駐車場で寝泊まりし、
リゾート地のニセコでとりわけ面白い動きをしていたヤツらだ。
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ハイルーフのワゴン車に
改造を施したキャンピングカーでは、
背の大きな外国人には少々窮屈だからか
毎晩3人揃って店にくつろぎに来てくれた。

仕事を終えて彼らと飲みに街へ出て
遊びに行くこともしばしば。

自分の家が目の前なのにもかかわらず、
彼らの車にわざわざ泊まる日もあるほど仲が良くなり、
お互いに打ち解けた関係になっていった。

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彼らはスキー場の駐車場に車を停めて
スキー場を拠点としているのにも関わらず、
リフト券は買わず、スキー場へも行かない。
ほとんど毎日そこいらどこかの雪山を自分達の登って滑っている。

ある日、
僕はバックカントリーには行った事がないけれど、
一緒に連れて行ってくれないかと頼んだところ、
快く受け入れてくれた。

そうして始めてのバックカントリーに
挑戦できることとなったのだ。

前日は彼らと酒を飲み明かし、
彼らの車で寝泊まり。

朝起きてから道具を積み込み出発した。

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ニセコから車で45分ほどの距離にある新見温泉へ。
その温泉の駐車場から歩いて裏の雪山に入るそうだ。

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雪の上を歩くのには、
スキーかスノーシューと言われる物が必要不可欠。

彼らは”スプリットボード”と云われる
スノーボードを縦に二つに分けられてスキー板に
形を変える事が出来る板を持っていた。

スプリットボードはそう云った機能性も良く、
価格は新品で20万円とお高い値段がする代物だ。

そしてスキーの場合、
シールと言われるアシカの皮などで作ったものを
板の裏側に貼り付け逆に滑る動きを抑える物を使って歩く事になる。

いざ、雪山へ入山。

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青空の下、
枯れ木と雪の真っ白な雪景色の大自然を突き進む。

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辺りは静かな静寂に包まれ、
自分達の歩く足音と太陽に照らされて少し溶け始めた雪が
時折、木の上からほどけ落ちる音だけが響いていた。

雪の上を歩くのは、
砂浜をもっと柔らかくした地面を歩く様な物で、
とても一歩一歩に体力が必要だ。

スキー板の場合、
急な斜面はジグザグに斜めに移動し
徐々に標高を上げる。

汗をかいてしまえば、
後に汗で体を冷やす事になるので
ウェアリングも非常に大切。

衣服は出発時には少し寒いくらいが丁度いい。

動き始めると、
それでも暑いほどなのだ。

僕はと云うと
鎖骨の骨折からちょうど一ヶ月ほど経った頃で
ちょうどザックが肩に掛かる部分がまだ痛み、
重たい荷物を担ぐと痛いことが判明したので
彼らがスノーボードを交代で持ち山頂まで運んでくれた。

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彼らの手助けもあり、
1時間ほどで山頂に到着。

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そして山頂から滑り降りる。

その時、
3人の中の一番年長でありリーダー的存在の
トーマスが僕にこう言った。

「ヘイYoshi!これが人生初のバックカントリーか?」

あぁ、そうだ。これが初めてだよ。

「そうか、じゃあ君が最初に滑り始めるんだ。」

そう言って麓を指差した。

スクリーンショット 2016-04-16 22.12.57

じゃあお構いなく行かせてもらおう。

そうして、
誰も滑っていないパウダースノー(新雪)の
上を滑り始めた。

スクリーンショット 2016-04-16 22.16.37

 左右に雪しぶきを上げながら、
パウダースノーの柔らかな浮遊感を楽しみ、
ものの2、3分程で1時間かけて登った山を滑り降りた。

距離にすれば1kmにも満たない距離だったが
初めてにしては手頃な距離で大満足。

またこの地に来れたとすれば、
もっと色んな雪山登りにチャレンジ出来たらと思う。

以上、
この地でやり残したこと。
初のバックカントリー挑戦でした。

その当時の映像を簡単に編集しました。
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7月14〜16日 「自力で立山標高3,015mへの道」[後編](433〜435日目)

はいはーーーい。
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※今回は立山登山の後編です。
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さて参ります。
立山、標高3,015m自力登山!〜後編


7月14日(433日目)

『標高3,015mへの道。〜2日目〜』

6時半頃に目を覚ますと、
辺りは明るくなっていた。

疲れから10時間眠り続けていた様だ。

それにしても…

体が非常に重い…。
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20kg以上の荷物を担いで
15kmほどの距離を歩いただけなのに…。
歩きと自転車では、こうも違うものか…。
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外に出て食料を確かめる。

恐れていた熊は、
どうやら、やってこなかった様だった。
昨日の置いた食材は、
置いたままの形でその場にあった。
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鋭いゴツゴツした石を避けるために、
雑草が生える茂みにテントを張っておいた。
この方が寝た時の寝心地の良さが明らかに違うからだ。

朝食を摂り、
気怠い体に喝を入れるために、
早速ここぞとばかりのリポビタンDを飲み干した。
DSC_0166これを立てたら出発と決めて、
バランスストーンアートに挑戦。
5分ほどで立たせる事ができた。

荷物をまとめて、
午前8時。

いざ出発!!

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この日も雲はあまりなく、
日光は燦々と降り注ぐが標高が高くなってきているので
気温はそう暑くは感じない。

車道から木道へ。

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昨日に登った八郎坂が崖崩れで
閉鎖になっているからか、
草木が多い茂り木道の整備がされていない事が
所々に見受けられた。

やがて木道付近にも雪が見え始める。

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7月の中旬に差し掛かろうという中で、
雪を目にするとは思ってもいなかった。

なんちゅー山だ。

えらいところに足を踏み入れている様だ。

午前9時45分
「弥陀ヶ原」標高1,930m。

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ここ弥陀が原にはホテルがあり、
その近辺を散歩する人や、
バス停で登山口の室堂まで行く人がバスを待っていた。

駅員らしき人がいて、
熊出没注意のステッカーを見て
この辺りは熊が出るのかと尋ねると、

「えぇ、出ますね。
特に、朝と夕方に良く出没します。
気をつけてくださいね。」と。

…。

朝と夕方…?

そ、そうですか…。ありがとうございます…。

ひょぇぇぇ〜!!!

おそらくバスが通っていない時刻の事だろう。

昨日の夕方に出会わさなかったのは
本当にラッキーだったと言えるだろう。

バスが通り始めてからは
車の音がするから森の奥に行くのだろうか。

何にせよ、
昨日は手を叩きながら歩いた事も
正解だったのかもしれない。

熊は音がすると
向こうから避けてくれるらしいと
いつか誰かに聞いた事がある。

主に森で聞きなれない金属音が効果大だと。

そのため、ザックに鈴をつけている人も多く見かけた。

その駅員さんの話を聞いてから、
調理器具の鍋をザックの外側にぶら下げて、
長い木の棒でそれを叩きながら進む事にした。
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ここ辺りから、
よく水が汲める場所が点々と見つかり始めて、
見つける度に冷たい雪解け水を飲み、
喉を潤して水を確保した。

これがまた、とてつもなく冷たく美味い。IMG_4719

ここから先は、
鎖場(鎖を使ってよじ登る崖)がある木道の道があり、
そこを行きたかったが、
まだ残雪が多いため通行の許可が下りていないそうで、
仕方なく車道を突き進む。

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車道を進んでいても、
平野になった雄大な景色を十分に堪能しながら
歩く事ができた。

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徐々に標高を上げてゆくと
植物もまだまだ次第に変化が見られた。
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午前11時頃。

天狗鼻と言われるコブになった山を
回り込んで進むと、
おそらく立山最高峰の大汝山3,015mと雄山3,003mが
ようやく見え始めた。
DSC_0201おぉ〜。あれが山頂ですか!

2日目にして、
やっと目標の山頂が見えてきた。

だが、その景色からして
まだまだ遠い道のりだった。

ここで一休憩。
麓のコンビニで高校生にもらった大福を一つ食べる事に。
DSC_0206うーん!

美味い!!

運動の最中に食べる甘いものは格別だ。

正面の山頂の他にも、
左右にも残雪が残る尾根が続く山々の景色が見渡せる。

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残雪がまだ残る、なんとも言えない
絶景に囲まれた景色だった。

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振り返ると
今まで歩いてきた道が果てしなく続いている。
その向こうには、
以前まで居た市街地がうっすらと見えていた。

あぁ。自分はあそこからこの足で来たんだな…。と。
なんだか、しんみりとした気持ちになった。

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あともう少し、
もう一踏ん張りだ。

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何台ものバスに追い越されながらも、
マイペースでゆっくりと一歩一歩足を進める。

歩く速度でしか見えない景色を
たった一人でじっくりと見つめる。

時には自分の中を見つめ、
自分と対話をする。

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冷たい水に手を漬けて、
雪溶け水に何秒耐えられるか試してみた。

1、2、3、4、5。あぁーーっ!冷たい!!

たった5秒で手が痛くなるほどに冷たかった。

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雪の上を長い事歩く道も現れ始める。
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雪道と木道の境目は雪溶けの季節は不安定で、
一度、雪の地面が崩れ落ちた。

おぉっ!!

そう言い驚きながらも、
そのパプニングを楽しんでいた。

朝8時から歩き続けること5時間半。

午後1時30分。

やっとの思いで、
立山山頂への登山口、室堂に到着。

立山に登山に来る人は、
ここまでケーブルカーとバスを乗り継いで上がってくるのだ。

普通の人が2時間で来る場所を
自分の足だけで2日間かけてじっくりと上がってきた。

あまりの嬉しさと、
ここ辺りの建物はなんだか写真に撮る気になれず、
室堂の写真は地図だけになってしまった。
DSC_0242室堂で働いている北海道で出会った友達、
ユキちゃん、チリちゃんはホテルの売店で働いていたので、
無事にここまで来た事を報告しに向かった。

二人とも、
やはり怪我などの事故などよりも、
熊に出会わさなかったかだけが心配だったようだった。

昨日からの疲労もあり、
山頂には雲がかかり始めていたので、
今日は近くのキャンプ場で宿泊して、
明日の午前から山頂へアタックする事に。

キャンプ場を目指して歩く。

そのはずが…

道を間違って山頂方面に来てしまっていた。

雪道などを歩いてここまできたが、
気づいた頃には
もう1時間歩き続けて山頂手前の
山小屋に来てしまっていた。
DSC_0262 DSC_0275

…あれ。山小屋…?

とほほ…。。。

キャンプ場はどこですか?
たまたま外で作業をしていた
山小屋のスタッフに尋ねて聞くと…

え?キャンプ場?
と笑われ、「あそこだよ。」と
指を指して教えてくれた。

DSC_0271

…。
くっそぉーーーーーーー!!!!

ここに来て気が緩んでしまっていたからか、
大きな誤算をやらかしてしまった…。

念のため、
山小屋は一泊幾らかと尋ねてみると、
素泊まりで5500円するそうだ。

はぁ…。

キャンプ場は?

「んー幾らだっけな。
おそらく数百円かタダだったと思うよ?」

そ、そうですか…。

山小屋に泊まるとなっても、
なんの為にテントを担いで
ここまで上がって来たかわからない事になる。

仕方なくキャンプ場まで下山を選択。

下りはスイスイ楽に降りれたので、
まぁ、よしとしよう。

40分ほどで先ほどの室堂の地点まで戻り、
そこから30分かけてキャンプ場へ。

みくりが池と言われる、
氷が残る池の横を通り過ぎる。

ここ一週間でやっと池の水が見えてきたそうだ。

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地獄谷と言われる温泉や
温泉ガスが湧き出る地帯も横目に通る。

辺りには温泉の硫黄の匂いが漂っていた。
室堂辺りには温泉も数カ所あり、
ホテルや山荘などの温泉も日帰りでも利用可能となっている。

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室堂から30分ほど歩いて
やっとキャンプ場が見えてきた。
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夕方5時半。
やっと…キャンプ場に到着。

一泊500円で二泊以上は
何泊でも1000円となっている様だ。

受付の人と話していると、
どうやら昨年同じニセコで働いているらしかった。
カズヤ君と名乗る彼はカブキ

一息ついてからテントを張った。
DSC_0297キャンプ場からは、
立山の最高峰が望める。
DSC_0302青々とした緑と残雪の真っ白なコントラストに
なめらかな山々が囲む様に広がる美しい景色。

雲はもうすぐ手の届くほどの高さで
ゆっくりと移動している。

その景色にうっとり見とれてしまっていた。

あぁ〜すごい景色だなぁ〜
なんちゅー景色だ…。
それをこの足だけで見に来れただなんて…。

そんな事を考えながら、
ニヤニヤしながら山の頂を眺めていた。

気温は昨日よりも下がり、
半袖などでは過ごせないほど肌寒い。
持ってきた上着を羽織った。

日が暮れる前に近くの山荘の温泉に向かうことにした。
そこに向かうまでの道も雪の上を歩く。

雪の上を歩いていると
前の冬のシーズンのニセコを思い出さずにはいられない。

山荘に近づくと、
キャンプ場の管理をしている
先ほどのカズヤ君が露天風呂の際に裸で座って
山々を眺めているのが見えた。

あ、お疲れ様です!

「あーどうも!今から?
もう受付の時間は終わっているけど、
まぁ多分入れるよ。」

あら、そうなんですか。
わかりました、行ってみます!

そうして受付へ。

案の定。
最終7時までの受付だったらしいが、
7時を少し超えた時間だった。
なんとか頼むと、渋々入れてくれた。

ギリギリセーフ。

けれども、
「7時半に終了だから、それまでに間に合う様にしてね。」
と言われてしまったので、
あまりゆっくりとは入れなかった。

更衣室に入るとちょうどカズヤ君と
もう一人のスタッフの方が着替え始めていた。

風呂は貸切状態だった。

内風呂で汗を流し、体を洗ってからすぐさま露天風呂へ。

IMG_4721乳白色の硫黄の匂いがする露店風呂には、
窓にガラスが付いておらず、
この山荘に入ってきた通路がすぐそばにあったり、
キャンプ場もそこから見えた。

普段ザックを背負わない肩が
軽い擦り傷の様に皮膚が擦れていて、
肩まで浸かると激痛が走った。

いててて…顔をしかめながらも
我慢して湯に浸かる。

クゥーーッ。最っっ高〜ーー。

湯船は高温の源泉かけ流しで熱く、
”一番風呂の方は備え付けの蛇口から
水を入れてからでないと熱くて入れません”と、
注意書きしてあるほどだ。

風呂を堪能して
ビールを一本買って外のベンチで飲み干してから
ほろ良い気分でキャンプ場へと戻った。

持ってきていた食料は、
丼ぶり一つ分ほどのおおきなおにぎり1つと、
茹でたジャガイモ3個と
ゆで卵2つにウインナー4本。
調理してきた分はそれだけが残っていた。

あとは生米とレトルトカレーのルー3パック、
野沢菜の漬物、
玄米ブラン4個に大福一つ。

この日の晩御飯にはその中から、
レトルトカレーにおにぎり一つと、
ゆで卵とジャガイモ一つづつを食べた。

米は無くなれば炊くこともできるが、
立山のホテルで働く友達のユキちゃんとチリちゃんが
「米ならあげることが出来るよ」と言っていたので
米が尽きたので明日の分だけ欲しいと連絡しておいた。

ありがたいことに今夜、
キャンプ場に酒と共に二人がこっちまで
疲れているだろうからと、
わざわざ持ってきてくれるらしい。

携帯は充電できるところがないので、
歩いて登り始めてから今まで、
必要な時にしか電源は入れていない。

この夜はまだ携帯には半分以上の
60〜70%の充電が残っていたほどだった。

夜の10時前あたりに
酒と食料を持ってきてくれた二人がきてくれた。

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もう夜になると気温は一桁台に冷え込み、
とても寒い。

ダウンなどの上等な上着がなければ
相当寒い思いをしてしまうだろう。

ビールの他に焼酎を持ってきた二人は、
温まって飲めるようにと、
キャンプバーナーまで持参していた。

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こうして二人で「オッサン会」と称した会を
定期的に開いて夜に外で酒を飲んでいるそうだ。

立山の夜の見どころ。

それは『星』

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空には数多くの星が広がり、
そして流れ星の数々。

それを眺めながら飲む酒は格別だった。

連日運動続きの体は
大量に酒を飲まなくとも充分に酔っ払うことができた。

やがて、ウトウトしてきて、
眠たくなってきた頃に、
オッサン二人も明日仕事なのでと
夜11時頃に解散することに。

ユキちゃん、チリちゃんありがとう。
そうして二人は30分かけてホテルに歩いて帰って行った。

夜空に浮かぶ立山の頂を少し眺めてから、
テントに入り、寝袋にくるまって眠りに落ちたのだった。

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7月15日(434日目)

『標高3,015mへの道。〜3日目、山頂へ〜』

午前7時半に起床。

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昨日チリちゃんが持ってきてくれた
特大おにぎりと味付きのりに鶏肉のおかず、
DSC_0338それに
残っていた食材のゆで卵一個とジャガイモ一個、
ウインナー2本を朝食にしてたべた。
残りはすべて昼飯にする。
そろそろ常温保存してきた食材たちは傷んできていた。

朝ごはんを食べ終えて、
食器を洗いに水場へ向かう。
汚れた食器を洗っていると、
向かい側で朝食の準備をしていたおじいさんに
声をかけられた。

「ニンニクのぬか漬け食べてみるか?」

そう言って、
大きなニンニクのかけらを渡してきた。

あ、ありがとうございます。
いただきます。とパクリ。

さっぱりした味でとても美味しい。

うん、これうまいね!
そう言って喜ぶと、
揚げニンニクも食べるか?と
濡れている揚げニンニクを今度は渡してくれる。

一体いつ揚げたやつなんだろう…
そう思いながら口に入れた。

うん、これは普通のそのままの
揚げニンニクだ。

「ワシはそれを毎日3個食べるようにしていてね。
今年で76になるが、数年前から毎年このキャンプ場に
長期滞在しに来ているんだ。
80まで毎年来るのが私の目標でね。」
そう言って生き生きとした表情で話してくれた。

へぇ!それはすごい!
通りで元気なわけだ。
おじいさん70代には見えませんね!

そう言って話は弾み、
ぼくも今は山登りをしているけども
日本一周をしていると話すと

「おぉ、新聞の子かね?!
新聞の記事を見たから覚えとるよ。
ほぉ、こんな場所で会うとは!!」

そう言っておじさんはもっと喜んでくれて、
ワシが作ったシソジュースを飲むか?と
手作りのシソジュースまで頂いた。

僕もさらに喜ぶ。

「あんた、カニは食えるのか?」

と突然に聞かれたので、
カニ?ん?なに??
と聞き返した。

カニだよカニ。
ワシは昨日、北海道の知り合いに貰った
ズワイガニを一杯の半分を食べたんだが、
その残りを君に上げよう
食べられるかい?」

えぇ。えぇもちろんですとも!!

 

そうして…
DSC_0346
朝から山で、
ズワイガニを食べた。

おじさんの名前は吉崎さん。
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毎年このキャンプ場に訪れ、
去年は2週間。その前は20日間。
今年は一ヶ月間このキャンプ場に滞在するらしい。

食料は室堂までの運搬を
1000円ほどの運賃でバス会社などが
受け持ってくれるらしく、
それで山の上まで食料を運搬してきているらしい。

その室堂に大きなコインロッカーがあって、
一度使うと何度でも開け閉め自由なロッカーを利用して、
必要な分だけをキャンプ場に持ち込んでいるらしい。

おじいさんは、
このキャンプ場に来る人との出会いが楽しみで
毎年訪れている様だった。

僕は今日山頂へ登ってから降りてくると、
その足でキャンプ場を離れて
帰りはバスなどを使って下山する予定だと話すと、
帰りにそのコインロッカーから
おじいさんが育てた野菜や持ってきた食料を
持って行けるだけ持って行っていいと言われ、
夕方頃に室堂のコインロッカーでまた落ち合おうと言ってくださった。

連絡先を交換して、
住所なども聞き、さっき撮った写真をお礼に送ることにした。

腹ごしらえも万端!
いよいよ立山の山頂を目指し始めることにした。

今日の山頂アタックは、
テントなど不必要なものはキャンプ場にそのままにして、
極力、身軽な荷物で向かうことにした。

ルートは行って帰ってくるのではなく、
右手から山頂へ到達すると、
大汝山からそのまま戻らずに尾根沿いを進み、
富士ノ折立〜真砂丘〜別山〜劔御前までを縦走する。
それから雷鳥平へ下って雷鳥沢キャンプ場へ下山する予定だ。
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午前10時。
雷鳥沢キャンプ場を出発。
DSC_0347

天気予報では午前は晴れだが、
午後から雲が出始めるらしく
ちょっと出遅れてしまったが仕方あるまい。
カニには足を止めざる終えなかった。

ミクリガ池を昨日に通ったルートとは
違う方向へあえて進み、遠回りだがその池を
違う角度から見るために回り込んだ。
DSC_0349すると、
とってもいい写真が撮れた。
立山で撮った中で、
お気に入りの写真のうちの一つだ。

それから室堂を通り、
ユキちゃんとチリちゃんに挨拶。
昨日、ありがたいことに洗濯物を預かって貰って、
洗濯してもらった物を受け取ってから山頂を目指した。

昨日通った雪道を超え、DSC_0262

ようやく昨日の山小屋へ。
キャンプ場にテントなどを置いてきて荷物が軽い分、
とてもいいペースで登ることが出来ている。

昨日の山小屋まで登っていると、
物資の運搬のためにヘリで輸送して届けられている場面に遭遇。
DSC_0354と言っても、
このヘリは朝から何度も何度も往復しているのを目撃し
繰り返しこの山小屋に来ていたヘリだった。
一度では荷物の運搬は不可能なのだろう。

それから頂上への岩場へ。
案の定、雲がかかってしまい天気は良さそうにない…
DSC_0358出発当初の予定では
天気のいい日まで待つつもりでもいたが、
台風11号の接近もあり翌日から雨が続くらしい。

よって、山頂へのアタックのチャンスは
今日限りと判断した。

こればかりは止む終えない。

どんどん進んでいくにつれて
雲の中へ。

DSC_0362

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どうやら山頂からの景色は望めそうにない…。

(これが山頂手前で撮った雲に入る最後の景色。↓)

DSC_0359

景色が見えなくなった後は、
もう前進あるのみ。

岩場を登り始めてから40分。
雄山の山頂、雄山神社へ到着。

DSC_0364

神社で500円を支払って
ご祈祷(ごきとう)の受付をして順番を待った。

その際、鈴がついたお札を頂いた。

標高3,003m
雄山の山頂部分へ。
立山大還現、峰本社が祀ってある。
DSC_0371その社の中に神主さんが正座し、
その後ろに座るようにと言われ、
ご祈祷が始まった。

およそ10分程度の時間で
様々な災いから守ってくださるようにと
神様にお祈りしてくださり、
途中に日本酒のお神酒を小皿に頂いて
最後締めくくりの言葉を飾ってくださった。

濃霧の中、
目を瞑りその声に耳を傾け、
精神を研ぎ澄ませる。

心が洗われる様だった。

お礼を言い、
神主さんが記念に写真でも撮りましょうかと
言ってくださったので写真を撮ってもらった。
DSC_0373

神社を後にした。

今となってはこの時。
景色が見られなかった分、
目の前の事に集中できていた様に思う。

それから大汝山の山頂、
標高3,015mへ足を向けた。

もうここあたりの数々見える山々では、
それより高い場所は存在しない。

やっと…。

やっと3日目にして立山の頂に立てる…!!

DSC_0374

一歩一歩、
今まで踏みしめてきたこれまでの道を
噛み締めるかの様に目標の山頂へ…。

午後12時35分。

立山最高峰、大汝山山頂。
標高3,015mへ到達。

 

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景色は見えなかったが
もうそんな事はどうでもよかった。

そこまで本当に自分の力だけで
この頂に来れた。
それだけで、満足だった。

そこから見える場所に山小屋があった。
外にベンチがあったのでそこで食事をいただく事にした。

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レトルトのカレーを持ってこようとしていたけれど、
キャンプ場でタラバガニをもらった吉崎さんに
鯨の缶詰を頂いたので、
それをメインのおかずとして持ってきた。

鯨の肉の缶詰は肉々しく、
とても魚だとは思えない食べ応えだった。
甘辛く煮込んだ味付けが
とても美味しい一品だった。

立山の傾斜を登り始める麓のコンビニで
高校生にもらった大福の残りも、
この山頂で食べた。

ありがとがとう。
大福、おいしかったよ!

ご飯を食べ、
高校生からもらったタスキの様な大福も食べ終えて、
再び濃霧の中出発した。
DSC_0385尾根を進み、富士ノ折立の方面へ。
霧が濃くて方向感覚を失い、
一度180度逆に進んでいる事があった。

麓のキャンプ場や室堂などが見えていれば
そんな事は無かっただろうが、
とても、その出来事に身を引き締められる思いだった。

幸い、すぐに看板があって助かったものの、
濃霧の中での行動は危険を極める事を思い知らされた。
それからは更に充分に気を付けて行動した。

転々と岩などに赤や黄色いスプレーでマーキングしてあり、
それが見えなくなればルートから外れているという事になる。
時には◯と書いてあったり、×の印も見られる。
×はもちろんその方向には行ってはならない。

尾根は左右はっきりしているので、
安心して進む事ができた。
DSC_0391

横を見れば、
山頂付近のココ辺りは積雪がまだまだ残っている。
(写真では伝わらないが、およそ2、5mほど。)
DSC_0393動きを止めれば、
昼間でも太陽が無かったからか、
寒ささえ感じる気候だった。

滑落すれば大怪我間違いなしの
危険な崖の場所も突き進む…
DSC_0396DSC_0397

もう2時半を周っていた。

室堂の最終バスは夕方5時。

キャンプ場に戻って、
テントを畳んだりして荷物をまとめて室堂に移動して、
それから吉崎さんに会ってなんだかんだしていたら、
もう時間はなくなってしまうだろう。

今日中の下山は断念する事にして、
携帯で吉崎さんに連絡を取った。

もしもし、吉崎さんですか?
こちら山頂を超えて尾根を進んで居るんですが、
どうやら今日中には室堂を出る事が危ういので
キャンプ場にもう一泊します。
山の上は視界が悪いんですが、
山の下の視界はどうですか??」

「あぁそうか、わかった。
じゃあ今晩美味しいものでも食べさせてあげるから、
わしは食料をキャンプ場へ移動させておくよ。
下の視界は大丈夫だよ。山の上だけだ。」

わかりました。では、また後ほど!
そう言って電話を切った。

山頂から進むこと2時間。

午後2時50分。

DSC_0402

お…おいおいおい…。

晴れてきたじゃねーーーーか!!

…ちくしょーーーーとほほ…。

山頂を振り向くと、
山頂も雲から抜けていた。

いっその事戻ろうかとも思ったが、
そこまでまた2時間かかる…。
仕方がなかった。

けれどもそこから見える2,800m付近の景色も、
実に圧巻の景色を誇っていた。

DSC_0403モコモコと目前に動く雲、
まだら模様の残雪と緑の山々…

山頂でこそ見られなかったけれど、
ここに来てこの景色を見られた事に感謝の一言だった。

足を止めて、
座り込み、タバコを一服しながら
その景色を堪能。

はぁーーー。
なんっって贅沢な景色なんだろうか…。

神社の神主さんに
「濃霧だから引き返した方がいいかもしれません。」
そう言われていたが…

ここまで危険を侵してまで来てよかった。

この3日間が報われる様だった。

ゆっくりと立ち上がって、
晴れ間がのぞき出した中を
また、進み始める。

やがて、劔御前小屋が見えた。
そこから山を降れば雷鳥沢に繋がる下山道がある。

ようやく、山を下るポイントまで到達した。
後は下山するだけだ。

DSC_0415

先ほどのマーカーはこんな感じに記してある。

DSC_0416DSC_0417

滑りやすい砂利と小石の道を
黙々と下山している途中に
ライチョウに出会った。

DSC_0420

ぷぅぷぅと間抜けな鳴き声で泣くライチョウ。
これまでに何度も出会っていたが、
これほどまでに近付いて撮影できたのは
これっきりだった。

カモの様に子供を数匹釣れて歩いている。

暑い場所が苦手な種類らしく、
冬場でもこの山の上に過ごしているらしい。

日本では富山、長野、岐阜のアルプス地方のみを
生息地としている珍しい鳥だ。

冬場には真っ白な羽根に生え変わる生態を持ち、
景色の変化とともに、見た目を変えるそうだ。

午後3時30分。

ようやく雷鳥沢キャンプ場が見え始めた。

DSC_0424
DSC_0422

早く帰りたいが、まだまだ遠い。
それにペースを上げるにも
足元に疲労が溜まって居る感覚があり、動きが鈍い。
無理をさせるにはいかなさそうだ。
じっくり一歩一歩確実に歩いて降りる他ない。

雪は地面や物に触れている場所から溶けてゆく。
DSC_0426この現象も北海道での
冬から春へ過ごした経験で理解していた。

あぁ、ニセコもこんな雪の溶け方をしていたな…
そんな事を思い出しながら下山。

砂利道から雪道に変わり歩いていると…

DSC_0427

ようやくキャンプ場が目前に現れた。

午後4時。

川を渡りキャンプ場へ無事、帰還。

DSC_0431

6時間に渡る立山縦走登山を達成した。

あと1時間以内に急いでテントをまとめ
室堂まで30分かけて移動する事ができたら、
下山は可能だが本当にギリギリの行動になるだろう。

昨日にゆっくり入られなかった温泉にでも入って
今日は疲れを癒し、登頂成功の一杯を飲む事にしよう。

キャンプ場でほっとひと休憩。

昨晩にチリちゃんが買ってきてくれたビール一本を
雪に埋めて冷やしてあった物を取り出して、
登頂の祝福の一杯を頂いた。

雪で冷やしたビールはキンキンに冷えて
運動後の喉には格別の味だった。

まだ吉崎さんがキャンプ場に戻ってきていなかったので
心配になって電話をかけてみた。

もしもし、吉崎さん?
キャンプ場に無事に帰ってきました。
どこにいますか?

「あぁ、今キャンプ場へ向かっているんだが、
君に美味しい物をたべさせてあげようと思って
張り切って色々持ってきたんだが、
荷物が重たくて今は休んどる。」

それはそれは、
どうもありがとうございます。
では僕も運ぶのを手伝うために応援に向かいましょうか??

「あぁ、そうしてくれると助かる。
では、雷鳥荘辺りで落ち合おう。」

了解です、では雷鳥荘で!

ビールを飲みながら、
雪道を歩き、階段を上がって10分ほどの雷鳥荘へ。
ここだけでも標高差は100mほどあるんではないだろうか。

ビールを飲み干して
吉崎さんの背負っている荷物を全て担いで
またキャンプ場へと戻った。

「助かったよ、ありがとう。
今からご飯を作るからちょっと待っててくれ。」

ありがとうございます。
今日は宿泊予定ではなかったので、
非常に助かります。

その間、温泉に入ってきててもいいですか?

「あぁ、かまわんよ。ゆっくりしてきなさい。」

そうして、温泉へ向かった。

今日は風呂にビールを買って持ち込んで、
ゆっくりと山を眺めながら湯に浸かる事ができた。
IMG_4723暑くなっては外側の木の淵に座り、
寒くなるまで山々を眺めながらビールを飲む。
最高の至福のひと時だった。

1時間ほど温泉に浸かってから、
もう一本ビールを買ってキャンプ場へと戻った。

吉崎さん「おぉ、待っとったぞ。
じゃあこの野菜炒めを焼いて食事にする事にしよう。」

その野菜炒めを焼くのを手伝って、
吉崎さんの作ってくれた豪華な食事を頂く。
IMG_4729野菜炒め(吉崎さんが育てた野菜)、
卵豆腐、アジの南蛮漬け、
きゅうりとナスの漬物、味噌汁、
キャラブキ(こちらのフキを浸かった地物料理)

それらを頂きながら、
ここに毎年来て出会った人たちの話を聞かせてくれた。

明日は台風の影響が来て、
天候が荒れるらしい。

ご飯を食べ終わる頃には、外も暗くなり
風はとても冷たく外に居るのが
辛いほど冷え込んできた。

「食器を洗うのはもう明日でいい。
さぁ今日はもう解散しよう。
明日の朝、また一緒に朝食を食べようじゃないか。
じゃあ、おやすみ。」

そう言って解散し、
各自テントへと戻った。

下山してからビールを3本も飲み干し、
十分に酔いも周り、
そのまま寝袋に包まって眠りに就いたのだった。


7月16日(435日目)

『標高3,015mへの道。〜3日目、下山〜』

早朝。

風が強く吹きつけ、
テントに雨が打ち付け始めた音で目がさめた。

あっちゃーーー。
もう降ってきてしまったか…。

6月に新しくこのテントをもらって
これまでの一ヶ月半、
一度たりとも濡らす事はなくここまで来たが、
この山では野宿する場所を選べないので仕方がなかった。

もう少し、
天候が持ちこたえてくれるのが理想だったが
朝の5時に振られちゃ、どうしようもない。

はぁ…。

ため息をついて、もう一眠りする事にした。

8時頃起床。

天候は相変わらず悪いが、
小雨になったり、強まったりを繰り返していた。

テントの中でどうするか考える。

考えた結果。
テントは濡れたまま
畳まなければならないのは確実だ。
なので、その他の荷物をテント内でザックに詰め込み、
濡れたテントは手に持って帰る事にした。

帰りはさすがにバスなどを使うので、
手に持って移動したとしても
どうって事ない。

荷物を詰め込み、
雨脚が弱まるタイミングを待って、
雨が弱くなり始めた頃に外へ出て
手際よくテントを畳み始めた。

雨脚は弱くなっていたものの、
風が強いのでなかなか思うようには片付けられなかった。

なんとか風で暴れるテントを丸めて
収納袋に入れたが、
風で地面に何度もバタバタして叩きつけられたので
もうドロドロだった。

ちくしょー新しいテントが…。。。

苦い顔をしながら
ザックを畳み、雨の中を出発しようとした。

と、その前に。
お世話になった吉崎さんに挨拶してから
キャンプ場を出る事にした。

吉崎さん!お世話になりました!
僕はもう山を降ります!

「あら、もう行くのかい?
じゃあ食料をちょっと持って行かんか。
こっちに来なさい。」

雨と風のなか、
吉崎さんはテントから出てきて
いろいろな食材をもたせてくれた。
IMG_4742

自転車の中の食材はすべて持ってきたので
これはありがたい。

ありがたく頂戴し、
また写真と手紙を送る約束をしてから
キャンプ場を後にした。

ミクリガ池あたりまで来ると、
雨が止んだ。

…。

雨が止むか、強くなるかまでは予想できない。
仕方ないか…。

30分かけて室堂に到着。

ユキちゃんが半額の割引券をくれていたので
立山駅までの運賃2400円のチケットが
1200円で手に入れる事が出来た。

下山前にお世話になった
ニセコメンバーの二人にも挨拶しに向かってから
バス乗り場に。

10時発のバスへ乗り込むと、
一番前の席に座って今まで歩いてきた道を眺めていた。
IMG_4733バスの車内には大型のスクリーンがあり、
通る場所の説明が丁寧にアナウンスされていて、
この標高にある花々についてや、
左右に見える山の名前を紹介している。

バスに乗りながらでも
観光できるシステムになっていたようだった。
その証拠に、見所が幾つかあり、
そのポイントに近ずくと、
バスの中からでも見えるようにゆっくりと走行したり、
時には停車してその場所を見させてくれた。

そのアナウンスの中で考え深い事を耳にした。

今から1300年も昔にこの山は開山されたとしている。
そして、その当時16歳だった佐伯有寄によって
この山は開かれたそうなのだ。

この山には『白鷹伝説』といわれる言い伝えがある。
この話しは、富山市街地に到着した初夜に訪れた居酒屋で、
そこへ行く事となった大輔くんに聞いた話しだった。

以後、ウィキペディア参照。

1300年ほどの大昔。
文武天皇の夢の中で
「騒乱の越中国を佐伯宿禰(有若)に治めさせよ」
との神のお告げがあった。
越中国司に任ぜられた有若が加越国境の倶利伽羅山にさしかかったとき、
一羽の美しい白鷹が舞い下り、
有若はこれを国を治める象徴として善政を行った。
有若にはなかなか子供ができず祈り続けていたところ、
ようやく神のお告げのとおり男子が誕生したので、有頼と名付けた。
16歳になった有頼が父の大切な白鷹を無断で持ち出し狩をしに出かけたところ、
白鷹は急に舞い上がり飛び去ってしまった。
あちこち探し回り、道に迷いながらもさらに行くと、
ようやく一本の大松に止まっている白鷹をみつけた。
白鷹が有頼の手にとまろうとした一瞬、
竹やぶから一頭の熊が現れた。
鷹は驚いて再び大空に舞い上がってしまう。
有頼が矢で熊を射ると、熊は血を流しながら逃げていった。
血の跡を追って山に分け入ると、三人の老婆に出くわし、
「白鷹は東峰の山上にいるが、
川あり坂ありの至難の道であり、勇猛心と忍耐心が必要である。
嫌なら早々に立ち去るがよい。」と諭された。
それでも勇気をふりしぼってさらに何日も進んでいくと、
ようやくこの世のものとは思えない美しい山上の高原にたどり着いた。
ふと見れば白鷹は天を翔け、熊は地を走り、
ともにそろって岩屋へと入っていった。
中に入ってみると、なんとそこは光り輝き極楽の雰囲気が漂っており、
奥に不動明王と矢を射立てられ血を流している阿弥陀如来とが立ち並んでいた。
有頼は驚き、己の罪の恐ろしさに嘆き悲しみ、
腹をかき切ろうとしたところ、阿弥陀如来は、
「乱れた世を救おうと、ずっと前からこの山で待っていた。
お前の父をこの国の国司にしたのも、お前をこの世に生み出したのも、
動物の姿となってお前をこの場所に導いたのも私である。
切腹などせず、この山を開き、鎮護国家、衆生済度の霊山を築け」と告げた。

そんな出来事があって、この山は開山されたそうだ。

問題は、
『当時16歳の少年が道などなかった大昔に
この山を切り開いて、あの山々を登った。』

という事だった。

大昔の16歳の少年が…

そんな事を考えながら、
バスの中から、手つかずの森を眺め、
当時の佐伯有寄少年に思いを馳せた。

やっぱ、昔の人ってすごいなぁ。

俺なんか自力で登ったと言っても…
舗装された道ばかりだったし、
帰りはバスに乗ってるもんなぁ。

はぁー。現代人はまだまだ怠けているって事なんだなぁ…。
昔の人ってすごいんやなぁ…。

心底、感心させられていた。

やがてバスは
ケーブルカーへの乗り換え地点へ到着。
IMG_4741これに乗り、一気に標高差487mを下り立山駅へ。

出発してから3泊4日目にして
自転車の元へ無事帰還。

麓は雨が降っていなく
少々暖かかったので、自転車にの物を積み替える間に
テントを広げて干しておいた。

風もあったので、
ゆっくりと片付けをして荷まとめをしていると、
テントは乾ききっていた。

自転車の荷物も整い、
立山駅構内のレンタルショップへ。

一泊二日か、二泊三日と告げていたので、
受付のお姉さんは少し心配してくださっていた様だった。

行きしにステッカーを渡していたので、
山に登っている間僕のブログを見てくださった様だった。
「これからも応援してます。
よかったら朝に野菜をもらったので、
持って行きますか?」
と言ってくださったので、
ありがたくいただく事に。

IMG_4745

こんなに沢山もらえるとは思っていなかったのでビックリ!

キュウリが2本入りそうになかったので
その場で塩をつけて丸かじりした。

冷蔵庫から出してきたばかりで
とても冷えて新鮮な野菜はとても美味しかった。

キュウリをボリボリ食べていると、
変な人に見えなくもないのにも関わらず、
声をかけてくれる人が数組いらした。

木にする事なくキュウリにボリボリ
かじりつきながら皆さんとお話しさせてもらった。

大きなキュウリを2本食べて
いよいよ自転車で麓まで下山し始めた。

登ってくる時に、一件だけ気になったお店があったので
そこに立ち寄る事にした。
見た目は個人経営のコンビニの様なお店だが、
色々と張り紙がしてあったり
他のお店とはなんだか違う派手な装飾をしてあった。

一番気になったのは、
「世界のタバコ置いてます!」
と云う看板。

僕は巻きタバコを吸うので、
もしかしたらここに売っているんではないかと
思ったのだ。

予感は的中。
沢山の銘柄のタバコが揃っていた。

山の麓で巻きタバコが帰る場所があるだなんて…。

なくなった時のために、
予備を購入しておいた。

巻きタバコは1パック1100円で
それで2週間ほども吸うことが出来る。
他にフィルターと巻紙を買ったとしても
2000円以内に収めることが出来る。

普通の箱タバコを4箱分の値段で
2週間タバコが吸えるほどの燃費の違いなのだ。

外へ出ると、
その店のおじさんに声をかけられた。
IMG_4747おじさんと話をしていると、
驚きの言葉を耳にした。

「僕は昔、植村直己さんと友達だったんだよ。」

ええぇぇぇ!そうなんですか!!

植村直己さんとは、
世界五大陸の最高峰に世界で初めて全て登頂を果たした
日本が誇るアルピニストであり、
究極の極限の世界へ挑戦し続けた冒険家。

僕はこの方が大好きで、
1ヶ月前の6月の頭に、兵庫県北部にある植村直己冒険館へ
立ち寄ってきたばかりだった。
IMG_3845IMG_3844おじさんは色々と自分の人生観などを交えて
植村さんの話などを聞かせてくれた。
店の中には植村さんと撮った写真などが飾ってあるという。

タバコばかり見ていて
さっき入った時は気付かなかった…
中へ見に行ってみると、
本当にいろんな写真が飾られてあったのだった。
IMG_4748IMG_4749

店主の伊藤さんは、
海外のアメリカの大学へ留学していたらしい。

色々経験してきた上で、この売店を営んでいるそうだ。
今ではこの売店は息子に任せて、
山でのネイチャーリストや山岳講師など、
色んな活動をしているらしい。

ちょっと説教じみたことも言ってきたが、
どう言われようが自分が決めたことを変える気は更々ない。
内容は「色んなものを見るのはいいが、その土地に留まってしなければ
見えないものも沢山ある。色々学ぶのはいいが、
なにか、『これ』と言った一つの事に対して極めなければ
世間は認めてくれはしないよ。」
といった意見だった。

その土地に留まらなければ
わからない事が沢山ある事も分かっているし、
僕にとっては『これ』と決めた事がこの旅なのだ。
それを否定されたところで、
じゃあ俺はこれと決めた物を捨てて、何を極めればいいのか?
そんな思いが芽生えたが…
あえてそれを知らないおじさんには言いはしなかった。

おじさんは続けた。
「そうやってフラフラしているだけで、
世間はどう認めてくれるんだい?
本を書いたからと言って、
本当にただ単に旅行している君の本を買うかね?」

カッチーンと頭に来たが、
この世代のおじさんは殆どこう教わってきたので
こういった意見を聞く事が多い。
時代は変わりつつある。
もう、おじさんの様な考えの時代ではなくなってきているんだよ。
別に俺は誰かに認められたくて生きているんじゃない。
『自分自身を認めるために生きてんだ。』
そう思ったが、それも口にしなかった。
別にこの人に認められなくても全然構わないと無心になっていた。

説教から教わる言葉は見つからなかったので、
話しを別の方向に向けるように促した。

おじさんは元々、
地質学などを勉強してきたらしく、
その地質学の事について話しを聞く事にした。

色んな色をした石を持ち出してきて、
石の硬さや、その石がその土地にある理由などを
色々と教えてくれた。
IMG_4750真ん中の石は花崗岩で、
その右は白い色より硬い性質を持った花崗岩になるらしい。
手前の左は溶岩がそのまま固まった物で柔らかく、
加工しやすい事から、昔から城壁などに使われる事が多かったそうだ。
上の右側の石は、石灰石。この中に所々に結晶が出来ている理由は、
暖かい地面の上でゆっくり冷えて固まったから、
だからこうやって結晶ができる。

「日本の地形を見ても、
その土地が昔からどんな動き方をして、
その土地の起伏になっているのかがある程度わかるんだよ。

例えば、リアス式海岸。
ああいう所はどうして出来ているかわかるか?
あれは地面が隆起して出来たからなんだ。
だから海からグゥっとすぐに山になっている。
あれは隆起しているからだ。
だからそういう土地には地震が起こりやすいって事になる。

昔、原発なんかを全国各地に建てて来たよね?

その定理ってなんだと思う?

色んな人からの反対を受けるから、
大型都市から離れて、
なるべく田舎で静かな所を選んでいるだけなんだよ。

今では地質学も色々と分かって来た事は多いが、
昔はそんな事だけを理由に建ててしまっていたんだね。
だからあんな福島の様な事故が起こるんだよ。」

そんな勉強になる話しもたくさん聞かせてくれた。

おじさんの話しは止まらない。

「キミ、次はオーストラリアに行くって言ったね。
なんでそんな国に行くんだい?
オーストラリアってのは本当の英語じゃない。
とてもなまりがあるんだ。しってるか?
行くならアメリカだろ。」

えぇ。知ってますよ。
なんでアメリカなんですか?
英語の起源はイギリスでしょ?

「じゃあ20の事をトゥエンティーと言うが、
アメリカではどう発音するか知っているかい?」

トゥエニーでしょ。

「おぉ、よく知っているね。何で知っているんだ?」

僕は神戸でバーを経営していて
そこには沢山の色んな人種の外国人が訪れるからです。
今そのお店を任せているのもアメリカのアラスカ州の出身です。
オーストラリアではA(エイ)をアーと発音したりする事も、
ちょっとは理解しているつもりです。
イギリスもイギリスで全く発音や言い回しが違うとも知っています。
オーストラリアに行く理由は資金を簡単に高額を稼げるからです。

「おぉ、お店も経営しているんだね。」

そういう肩書きを話すと態度はコロッと一変。
おじさんの態度はあまり否定的ではなくなった。

ほんっと…肩書きがどうとか。
いかにもバブル時代を経験してきたひと昔前の人らしい発想だ。

肩書きと金が欲しけりゃ、
爺さんの会社継いで社長になっていただろうさ。
あえて、この道を自分の意思で選んできているんだ。
また、思いが芽生えたが口にはしなかった。

店番をしている息子さんが
「親父、話長いからごめんね。」と
写真を見に行くときに謝ってきた理由がわからなくもなかった。

色々と自分の中の硬い決意の思いも感じられた事だし、
何も、嫌な思いはしていなかった。

そろそろ、その店から出発する事にした。

出る前にそのお店のお母さんから、
塩飴を一袋頂いた。

「わぁ、頂いていいんですか?
ありがとうございます。

では、行ってきます!お世話になりました!
おじさん、色々と話を聞かせてくれてありがとう!!」

そう言ってまた進み始めた。

IMG_4751

高校生に出会った道路を、また逆戻り。
この道は行きとは逆で、なだらかな下り坂になっていて、
スイスイ進む事ができた。

今日は台風も近づいているし、雨が来ると予測。
山に持って上がったカメラや携帯の電力も、
ソーラー発電は4日間ブルーシートを被せていたので電力はゼロ。
そのまま海沿いまで出て滑川市にある、
ネットカフェで溜まりに溜まったブログを編集する事にした。

ネットカフェ付近で公園を見つけ出し、ご飯を調理。
晩御飯と朝ごはんの弁当を作って、
ネットカフェ内で食べられる様にした。
IMG_4752ご飯を作ってから店に入り編集作業。

沢山もらった野菜を漬物にしたり、
麻婆の素を使って、麻婆ナスに変身させた。

IMG_4753

ネットカフェのくせにwi-fiが無い。
シャワーもなかったのが残念だった。

夜中まで編集して、
リクライニングチェアでは寝れそうになかったので、
地べたに寝転んで寝る事にしたのだった。


読んで楽しんだ方!!良かったと思う方!!
登頂よくやった!!と思った方!!
そんなんじゃクマには勝てねーだろって思った方!

ていうか、まだ押してない人いるの?(笑)
この読み逃げ泥棒め〜!
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現在9位→8位!!

またしても皆さんのおかげで1ランクアップ!!
ありがとうございます!!

ランキングに参加し、順位を上げているおかげで、
僕に出会った事のない方も毎日沢山見てくださる様になりました。
そこが本当の第一の目的です。
本当にご協力ありがとうございます。

また、さらに僕の夢への道が開けた様な気がしています!

次回、立山の動画を編集して配信したいと思います。
乞うご期待!!

7/9-7/13ポールと富士山登頂


長い間更新出来てなくてすいません。

この一週間で壮絶な生活をしてました。

いま、かれこれほぼ2日ほど寝ていません。

しかもこの寝ていない2日がまた想像を絶する日でした。

かなり疲れてるけど、この経験をみなさんにお伝えしたくて

今は静岡の富士市を過ぎた沼津市のねネットカフェにきてます。

これから1週間ほどの出来事をまとめて書かせてもらいまーす!

7/9

浜名湖手前あたりの文化公園で寝床を確保!

朝起きて外に出たら、ホームレスみたいな若者がいた。

DSC_1027

同じ様に自転車で旅をしているチャリダー。

同じ年の子だった。

彼の名は順一

初めての旅人との出会いだ。

同じ年と、旅人と言う事で
親近感が湧いて結構な時間話したりした。

260日以上ママチャリで旅をしてるかなりの強者だ。

服は超ボロボロ。

飯もあまり良いものを食べれていない様子で

前日に作っていた
茄子のみそ汁とゆで卵
白飯をご馳走して一緒に食べた。

色々な事を話したが、
お互い彼女が居ると言う話しになり

急に彼女に猛烈に会いたくなった。

順一も同じ思いだったんだろう。
写真を広げて見つめていた。

旅と言う名の孤独。

この孤独と戦う日々。

文字だけでは伝わらないかもしれないし

楽しい事ばかりを書く様にしているから、
全然見えない所もかなりあるだろう。

この先に何があるかわからない。

雨が急に降って来ても、
先に屋根があるかすらわからない不安。

そんな世界で日々前を向いて進む。

そんな事を共感し合える順一との出会いは
俺に、更に前へと進む勇気を与えてくれた。

元気を出して再び出発!!

2分ほど先に出た順一にはすぐに追いついた。
変則無しの自転車は相当つらそうだ。

同じペースではさすがについて行けないので
記念に一緒に写真を撮って先を急ぐ事にした。

ちなみに順一もブログをやってるらしい!

是非チェックしてあげてね〜

http://ameblo.jp/musikojun/

 DSC_1029

それから20kmほど進んだ所あたりだったろうかな

ハイペースで進んでいると陰に座って
大きなバックパックを横に置いてる人が横目に見えた。

ブレーキをかけ、すぐにUターン。

DSC_1030

旅人発見第2号!

どうやら東海道(1号線)は旅人が多く通るらしい。

彼は徒歩で旅をする徒歩ダー。

名前は尾上 直樹(おがみ なおき)21才(寝不足であまり思い出せない。ごめん)

徒歩だと一日平均30kmほどが限界らしい。

すげーなー。

また勇気付けられて出発する。

ちなみに彼もブログをやってるらしい
ひらがなで検索したら一発で出て来るらしいでーす!

それからそれから。

更に休憩をはさみつつ炎天下のした付き進んだ。

3回目の休憩だったろうか。

グラサンをかけて、レッドブルーを一気に飲み干した
クールな外人と目が合った。

ニコッとお互い笑い
その外人は物陰に置いてあった
自転車に股がり去って行こうとする。

よく見ると結構荷物を積んでいる。

おーまたか!

今日はおもしれぇーな!
何て思いつつその外人を呼び止めた。(英語で)

そして自転車で日本をまわっているのかと聞くと

YES!!

おーまじで?俺もだよ!!

と言うと

その外人は。え?ほんと?!じゃあ一緒に走る?

と言って来た。

日本語がほとんどわからないみたいで英語のみの会話だ。

中学から勉強なんてろくにしてなかった自分が

出発前に資金を貯めさせて貰っていた
外人さんが沢山飲みにくるBarで8ヶ月働いて
少しは英語でコミュニケーションが
とれるまでになっていた。

ココに来て早速、効果があったみたい。

ありがとう!!マリー、スプリング!!

DSC_1031

そして二人で走り出した。

こいつとこれから
想像もできない日を送る事に
なろうとも知らず…。

外人の名前はPAUL(ポール)21才

俺よりおっさんかと思ったら年下だったか。

カナダから広島に来て九州を一周し、
四国八十八ヶ所を巡って
富士山へ向かっている所らしい。

片言の知ってる限りの英語を使い、快調に飛ばす。

平坦な道は終わり
静岡市に入った所あたりから上り坂になった。

俺の荷物はハンパなく重くて、
朝会った強者の順一にも

そんなに荷物を積んでるヤツは見た事が無い。

って言われたくらいだ。

ポールの自転車は性能も良く
必死で押している俺の後ろを
口笛を吹いてついて来る。

俺のペースはめっちゃ遅いから
置いて行っても気にしないから大丈夫だよ!

と言っても、
「時間は気にしてない!
一緒にいこうぜ」って言って来る。

かなり気の知れたいいヤツだ。

っと、裸足で最近過ごしていたんだけど

鞄にくくりつけておいたはずのサンダルがない…

まただ…

これまでに、失礼な話しではあるんだけど、

スポンサー様に頂いた靴やら
自分で持って来た靴を
全部片方ずつ無くしてきた。

おいおいまじかよ〜

これからずっと裸足確定。

ちょっと資金不足なため
靴なんて高価な物買えません(笑)

ま、裸足気持ちいいしいいやー♪

気にしてたらきりがない!

前へ進むあるのみだ!

ポールにyou are crazy guy!

お前はイカレタ男だな。

なんて冗談言われながら山を越えた。

夕方頃になって来て
ポールがおごるから
一緒に酒でも飲んでキャンプしよう!

って言うもんで甘えさせてもらう事にした。

山を下る時に海が見えたので

海に行こうぜー

って感じになり買い物して
南へ進路を変える。

川沿いを下って行くと、
川沿いにめっちゃ良い場所を発見!!

やっぱりここにしよう!!

急遽変更してその場所でキャンプする事になった。

DSC_0002

まず到着してから日本酒で乾杯♪

どうやらポールは日本酒が気に入ってるらしい。

DSC_1040

ほんとに良い場所で
風呂がてらに日本酒片手に川へ入って泳いだり
DSC_1034

DSC_1053

前々から挑戦しようと思っていた
『バランスストーンアート』に挑戦してみたりした。

これが、第一作目だ。

DSC_1057

酒をご馳走になったので
お礼に、たっぷり野菜みそ汁と
カレーライスを作って上げた。

DSC_1065

あーだこーだ言って
飲んで話しして、また飲んで就寝。

7/10

再び仲良く一夜を共に過ごした相棒、
ポールと出発!!

写真では見えないけど
富士山がかすかに見えて来て二人とも大はしゃぎ。

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ここで、ポールに富士山に一緒に行かないか?

と言われるが、東北を助けに行きたい。

って断ってしまった。

そして静岡駅の前を通過し

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更に進む。

途中で、なぜか意味不明な所にクロックス(靴)
が落ちているのを発見!!

誰かのだったら悪いけど、それを頂いた。

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だんだんと大きくなって来る富士山♪

はっきりと富士山が見えた時、俺の心の中で何かが動いた。

そしてポールにこう言った。

ポール!!やっぱり俺も一緒に富士山行くぜ!!!!

そして富士山めがけて共に走りだした。

今日はポールがバス釣りが好きらしく、
富士山の西側に位置する湖で
キャンプをする事にして湖を目指す。

富士山のふもと辺りから登り道しかなくなり

多めに休憩をとりながら進んだ。

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漕いでも漕いでも距離は伸びない。。。

夕方頃に地元の人に湖は
あとどれくらいの距離かと聞いたら

30kmはあるんじゃない?

って言われて二人ともゲッソリ。。。

オーマイガーッ!とか叫びながら
仕方なく半分の距離にある滝を目指す事にした。

だが!!!!

ふもとに近づくにつれ登りは急になる。

きつい。きつすぎ。

セブンイレブンで休憩する。

ジュースで糖分を取ろうと財布を鞄から…あれ?

あれ?あれあれあれー!!!!!

うわーーーーー!!

財布がなーーーーーーーーーーーーーい!

たぶん、さっき休憩した
10kmほど手前のセブンイレブンだ。

やばい。

2時間かけてここまできたのに
またもどるのか?!

更にゲッソリ。

それは無理だ。

置き忘れた場所は大体検討がついたので

セブンイレブンの人にお願いして
下のセブンイレブンの番号を調べてもらって
財布はないか確認してもらった。

ない。

あっちゃー。。。

たまたま近くに交番があったので
そこでも届いてないか調べてもらったが

あるわけもなく。。。

あ!今マンガ喫茶の隣の隣の席の人が
めっちゃデカイ屁をこきやがった。
マンガ喫茶でこんなにデカい屁
真横の仕切り一枚でやられたのは初めてだ。

あ、これはリアルタイムの話しね!

で話しを戻すと、

そこから落ち込んでても
ポールにも気を使わせてしまうので

かなりの度合いで開き直った。

通帳ともしもの時のお金は別に保管してあったので

なんとかなるか。

滝に着いた。

辺りは真っ暗だ。。

暗い中、キャンプ出来そうな場所を探すのも
街頭が少ないから困難。

地元のおじさんに
テントを張れそうな場所は無いかと聞いた。

ここは国立公園だから無理プーみたいな事言われて

お先真っ暗。。。

なんの為にここにきたんだか…

途方にくれて、
真っ暗な道をポールと自転車を押して歩く。

相変わらず登りばかりだ。

走ってる車を止めてお兄さんに
テントを張れそうな場所はないかと聞く。

近くに温泉があるから、
そこに張らせてもらったら?

と言われたので、
そこしか無さそうだし
とりあえず行って見る事に。

やっとの事で到着。

夜9時をまわっていた。

本日の総距離数90km。
内、最後登りのみ30kmほど。

もーへとへとだった。

ちょっとへこんでる俺をみて

ポールは俺が払うから温泉にでも入って
ゆっくりしようじゃないか。気にすんな。
って言ってくれて温泉に入った。

あぁー最悪だけど、最高!!

温泉の人に困っているから
テントを張らせて頂けないかと聞いた。

そこでも無理プー的な事を言われ愕然。。。

でも、ここはどうしてもダメだけど

道を挟んだ向かい側に空き地があるから、
そこでならいいんじゃない?

もー2人とも動けないし
そこで寝る事にした。

だけど、そこの空き地がビッショビショ。

冗談みたいに、
よつゆってやつでビッショビショだ。。

ポールはテントの下に敷くシートを持っていたが
俺はない。

温泉のおばちゃんに頼んで
段ボールとかなり大きいビニールを頂いた。

ふぅ。これで寝れる。

長い一日がようやく終わった。

7/11

朝、4時頃から
何やら車の開け閉めする音で目が覚める。

疲れでテントを開けて確認する気力もない。

なんでだろう。
温泉も閉まっててそこ以外何も無い上り坂なのに。

不思議に思う。

あたりはまだ薄暗かった。
それから立て続けにバイクやら車が停まる。

んーこりゃなんかあるな。

それとも俺たちのせいかな?

なんて思ってちょうどテント内の換気口みたいな所から

なんとなく富士山の方を見てみた。

すると…!!!!!!!

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わーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!

なんと

富士山の山頂からちょうど太陽が見える場所だったのだ。

この為に俺は財布を落としたのかと
考えられるほどの絶妙な位置だ。

落としてなかったら、
多分ココではない場所まで
行ってしまっていただろう。

すぐさまポールをカメラを持ってこい!!と
叩き起こした

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何となくこの出来事で
財布は戻ってくる様な気がした。

「この出来事の為に落としたんだとしたら。」
の話しだけど。

なんだかそんな気がして来なくもない。

そしてご機嫌で朝食をとり、
一応財布を落としていないか確かめる為に
同じルートで山を下る。

有るのか無いのかどっちにしても

その辺りまで下りなければ
富士山の5合目までは上がれない。

下ってみたけどやっぱり無い。

でも、変に戻って来ると言う感じが俺の中でしてた。

ポールと2人で近くにあったコインランドリーで服を洗濯。

ありがたい事に、
落としたであろうセブンイレブンのおばちゃんに

携帯やらパソコンやら充電させてもらって

おまけに充電だけするのも悪いし
100円のパックのジュースを買おうとしたら

あなた大変だろうから私から出しておくわ。
ってその買おうとしたジュースを頂いた。

ちょっと落ち込んでた時の事だったので
泣きそうになりました。

本当にありがたい。

さ、今日の目標、ターゲットは5合目!!

開き直っていくか!
ってな感じで昼過ぎにスタート

快調に進む…わけもなく
日本最高峰の麓の道は
昨日と同じく登りのみ。

自転車を漕いで上がるのは無理だ。

ポールが絶対に荷物を
何処かに置いてかないと無理だぞ。

って言うもんで
ダメ元でちょうど言われたタイミングで見えた
クロネコヤマトに荷物を預かってくれないかと
頼んでみる事にした。

最初は無理だと言われたけど、
少し頭をひねってくれて

じゃあココからココまで配達する。
と言う形で荷物を預けれた。

合計18kg。

わぉ!

だいぶマシになったかな!

さぁ再出発だ。

っとそこで、携帯が鳴る。

下3桁は110。

きたーーーーーーーーー♪

財布が見つかった!!

話しを聞くと中のお金は無い。

でも、本当に良かった。

やっぱり今日の朝の場所に行く為だったんだ。

と勝手に意味付けする(笑)

ところでみなさん
重い自転車で急な勾配を押して坂道を登るとしたら

1時間でどれくらい進むと思いますか?

ずっと歩き続けるのは無理なので
ちょこちょこ休憩を挟んで。

行けて精々

4km

体力が減って疲れがたまるに連れて
進める距離はだんだん短くなってくる。

夕方頃になっても半分も行けない。

ポールとヒーヒーハーハーいいながら
ひたすら、ひたっすらに登る。

5歩進んでは15秒休憩。

今日中には5合目までは絶対に不可能。

おまけにポールのやつ
自販機くらい転々とあるっしょ♪

みたいな感じで来たから

俺の4リットル持って来てる水を
わけて上げながら進んできた。

途中パーキングエリアみたいな所があるけど、
何処にも水が無い。

水がありそうな場所はないか
さがしていると

ポールが「おい!さっき熊の子供がいたぞ!!
母親は居なかったけど。」
「ちょっと写真とってくるわ!」

おいおいおい…まじかよー。
超ヤバい動物じゃんそれ。笑

って写真?!?!

危ないって!って言っても

「大丈夫大丈夫!カナダにだって熊は沢山いるぜ!」
なんて言っている。

もう水は
残り2リットルを切った。

天候も悪くなって来て
12km地点くらいの所の人も居ない、
トイレも何も無い
少し先のパーキングエリアに泊まろうって事になった。

でも明日、5合目まで
ずっとこんな水も確保出来ない状態じゃ危険だ。

非常にまずい。

たまたま、通りかかった車を
走って止めに行った。

すると…!!

幸運にも5kmほど先に
トイレに水が出る所があると言う情報をゲット

よーし、最後の一踏ん張りいきますか!!

1時間ほどで到着♪

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場所もさっきのパーキングエリアは
山の中で景色も殺風景だったけど

ここは富士山も望めて最高だ。

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待ってろよー!!富士山!!

翌日、5合目まで行って夜に登山開始して

御来光を見る予定だ。

この日は初めて寝袋に入って寝た。

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夜、標高も高いこの場所には
蚊がいないのでテントを全開に出来た。

満月に近い月を眺めながら
色々な事を考えた。

そして、最後につぶやいた。

ありがとう。

7/12

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さぁ、今日こそ5合目へ!!

出発から10分、一カ所だけ下りがあった。

よーし、
ここで勢いをつけて少し距離を稼ぐぜーーーーー!

ってな感じでぶっ飛ばす。

あ、やべ。

このカーブ曲がりきれねぇぇぇぇーーー!!
ガッシャーーーーーーン。

いてて…
かろうじて体は無事だった。

ごめん。
相棒のpeace-jorney号よ…と近寄ると。。。

うわ、前タイヤパンクしとるがな。

はぁー最悪だ。

クロネコヤマトに
タイヤの外側を預けて来てしまった。

ポールがそんなんいらん!!っていうから…とほほ

ラッキーな事に
チューブは持って来ている。

更にラッキーな事に
タイヤが破けたのは横面。

押してならチューブだけ取り替えたら大丈夫かな。

っとチューブを取り替え空気を入れる。

パンッッッッッ!!

え??

まじっすか。

チューブは全部で3つ予備があったので
また取り替えた。

今度は空気圧を低めにして

さ、行くかと押してみると

スポークが曲がってタイヤがヘナヘナ。

…。

さすがにそれ直せる道具は持ってないし
スポークを張り直すのは
結構知識と技術がいる。

うわーどうしようもない。。。

っと思っていたらなんと、

ポールはスポークを張り直す道具を持ってて
それなりに技術と知識を持っていた。

あぁー助かった。

本当に助かった。

一人ならどうなってただろうか。
最強の強運でピンチを切り抜けいざ5合目。

だんだんと雲の上へ

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この二日間押し続けた日々。

本当に想像を絶するしんどさ。

本当に人生で1番辛かったと言い切れる。

これは押した人にしかわからない。

5合目が見えたときどれだけ嬉しかった事か。

フルパワーでガッツポーズをぶちかまし

やっとこさ5合目到着!!

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よーし、ここでビールをプシュッ!!

くぁーーーーっ!

ほんとに最高。

だって

振り向いたらこれだ

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あぁー諦めんで良かった!!
何百回降りようと思った事か…。

最高の一杯だった。

今夜、夜9時に登山を開始する。

登山口スタッフの話しでは
登頂までの所用時間は
多く休憩を取って6時間。

早い人では5時間で行けるらしい。

高山病にならない為にも
睡眠をとっておかなければならないけど
寝るのがもったいないとはこの事です。

DSC_0086

と言うか寝れない!!

「え?来れ押して登って来たの?!信じられない!!」

なんて言ってみんな話しかけてくる。

俺は「えぇ。2日かけてね!」
とサクッと言い返す(笑)

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本当にたくさんの人と話ししました!

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そしてひたすら雲の上から
じゅうたんみたいな雲を眺めて
ポールと酒を飲み夜を待つ。

(登山開始前には酔いが醒める程度に)

結局寝れず、暗闇の中、いざ出発!!

自転車を押して
坂を登るより全然マシ!!!!

結局3時間で山頂に着いた。

あまり息切れもせずね!

全くと言ったらうそになるけど

ここまで体力がついて来てるとは…。
自分でも驚きながら
夜明けを寝て待つ事に。

7/13

が!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ここでも想像を遥かに超える事が。

標高3800付近。

激寒。

長袖長ズボンはもちろん
パーカーとカッパを着こんで寝袋に入り

更に
それからテントの外側のカバーを
外におおってても

ほんまに、ほんまに寒さで死ぬかもしれん。
真剣にそう思った。
寒さで全く寝れない。

と言うか寝たら絶対にダメな状況かこれは…

ポールもかなり辛そうだ。

俺なんか
正座した体制から
頭をひざまでかがめて

ダンゴムシみたいに
小さくなった状態を
2時間以上キープし続けた。

あかん…
まじでヤバい…。

意識が遠のきそうになる。

耐えて耐えて
耐えて耐え続けて

最終的には
ポールとガッチガチに寄り添って
寄り添い光を待った。

その時、服をたくさん着て
寝袋同士だったけど
本当に人のぬくもりを感じた。

あぁ…ほんとうに人は
一人じゃ無理なんだ

極限状態の中で本当に心から思った。

今思い返して、
これを書いてるだけでも
ほんとうに涙が出そうになる

ポールが俺を読んだ

朝だ

朝が来た

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DSC_0116

DSC_0136


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これを見た時、涙が溢れ出した。

DSC_0129なぜかなんてどうでもいい。
ただすべてに感謝の気持ちで一杯になった。

ポールに泣きながらありがとうと言った。

「お前が最初会った時
一緒に来ないかと言わなかったら
俺はここにいなかった。

ほんとうに、ほんとうにありがとう。」と

思い出しただけでもなぜか涙が溢れ出して来ます。

もー鼻水ジュルジュル。

そして日本の一番てっぺんで
日本酒をポールと乾杯して下山した。

DSC_0111

これを書くために8時間のナイトパックでマンガ喫茶に入った。

でも時間が足りなかったみたいです。

何より写真の貼付けにもの凄い時間がかかるので…。

今日も寝れないかもしれんけど、
この出来事よりしんどい事は
まぁ早々ないでしょう。

寝てない二日間かなりハードだったけど
なぜかあまり眠くありません。(今は)

下山してからの一日を書き落としてるけど

また、時間見つけ次第かきまーす。

さ、今日はこの先に何が待ってるんだ!!!

PEACE……!!


〜始めに〜 <チャレンジ1>

いよいよ出発の日が近ずいてきました!
8ヶ月ほど前に計画し始めた当初はこんな大掛かりな旅になるとは思いもしてなかったのですが。
周りでフォローして下さってる方々、スポンサー様、本当にありがとうございます!!

自転車も立派な物が出来上がりました!!
ソーラーパネル搭載のクラーBOXも乗せたブログトップの画像の自転車でーす。
自転車をセッティングして頂いた西宮の自転車屋「サイクルフレンドハヤカワ」さん
ソーラパネルを改造して付けて頂いた(株)総合塗装 様ありがとうございました〜!

出発当日、2011年6月19日(日曜日)AM11:00〜PM22:00
神戸メリケンパーク入り口にある神戸一お洒落なCafe Fish!にて日本一周出発式を行います。
基本的には音楽イベントですので気軽に誰でもご来場ください!!
神戸を当分離れる最後の1日をおもいっきり楽しもうと思いこのイベントを企画しました。
昼から夜まで開催してるけど夕方6時に出発式を行い、明るい内に出発します!
それにはワケが。当日来場して頂いたみなさんに会場出口から
ずらぁーーーーーーーーーっと一列に並んで頂き、超連続ハイタッチを動画にしたいんです。(笑)
これがやりたいためだけにイベントを組んだと言っても過言ではないかも。。。

その画像はまた後日、このホームページにアップしたいと思います。

これから2年間で100コくらい何かに「チャレンジ」したい。
まず一つ目の<チャレンジ1>は、このParty!

出発してからの予定ですが神戸を東方面へ出発し、和歌山〜奈良〜三重〜名古屋と
基本的には東へ太平洋側を通って北上する予定。
放射能が心配な福島は、ガイガーカウンター(放射能測定器)の
数値を見ながら身体に影響がない場所での行動を心がけます。
基本的に野宿の生活なので放射能を浴びてしまう時間や可能性は人一倍あるでしょう。
そして、それからの予定は7月の内に被関東大震災の被害に遭われた東北の被災地を中心に
自分にしか出来ない様な支援活動を1ヶ月前後しようと考えてます。 
そして今年8月辺りには北海道へ渡り9月、10月頃には日本海側を南下して
冬期に入る前までには小笠原諸島へ。(東京あたりから南へ船で24時間)
寒い冬期の生活は野宿はさすがに厳しいので沖縄と緯度が同じ辺りの暖かい小笠原諸島で過ごし
少し資金を貯めるために働きつつ、来年の春頃に再び東京へ。日本海側まで戻り、西方向へ序所に南下。
夏頃には沖縄を始めとする、その近辺の島々に出来るだけ多くの島を渡り
ついでに台湾へも渡って台湾も一周しちゃったりしちゃおうと考えてます(笑)
本島へ戻り九州、四国と渡って88カ所巡礼し清められてから
2年後の5月に神戸に帰って来る予定。

それで、はいっおしまい!ではなくそこから世界へ行こうと思う。

「世界一周」でもいいけどどうせなら「世界各国を一周して周る」みたいな
今の所の考えでは『世界各国一周シリーズ』を10年間続けれたらと考えてます。
23〜33。いけるかな??(笑)
一周するたびに写真集や本なんか出せたら最高かな〜って
まだこの辺はまだまだ未定ですが。。

この旅を通して様々な事があると思います。
様々な事にチャレンジする姿を見てもらって、
明日頑張る気になってもらったり、目標の無かった人が何かやろう!って
思ってもらえるような旅にします。

出発まであと3日!
peace…!!