上鶴 芳彰 の紹介

自転車で日本一周。

沖縄での涙。それから決めたこと。

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ーー2017年5月ーー
神戸を自転車で旅発った日から丸3年が経過。

石垣島で共に働いていた翔士くんと
飛行機に乗り込み沖縄本島へ上陸。

沖縄へ着いてすぐだった。

僕は空港で大泣きしていた。

沖縄へ来てから真っ先に
10年も前からとても世話になっている家族のおじいが
体調を崩していると聞いていたので
会いに向かおうと連絡したのだが、
沖縄へ到着したこの日から2週間ほど前に
天国へ逝ってしまった事を知ったからだった。

沖縄に来て、
会いに向かうと一番喜んでくれたあのおじいは、
もうこの沖縄には居ない。

優雅に石垣島で仕事をしてる場合じゃなかったのか、、
その前に来るべきだったのか。。。

後悔してもしてもやりきれない思いが込み上げては
胸が苦しくなり、顔もくしゃくしゃになって
涙となって溢れ出た。

考えもしなかった事だった。

『あの人がいつもあそこに居るとは限らない』んだ
と言う事を身に沁みる程感じた出来事であった。

 沖縄での目的を失った旅が始まった。

家族の家に行くにも
また泣いてしまいそうで近寄りがたい。

少し心を落ち着かせる為に3日間沖縄を放浪した。

昔の友達やお世話になった方と再会したりして
やっと気持ちが落ち着いてきたので沖縄の家族と再会し、
おじいの墓参りへと向かった。

沖縄独特の大きなお墓に手を合わせ、
最後に会えなかったお詫びと、
安らかに眠れるようにと祈った。

高速道路横の高台にあったお墓から
沖縄の町並みを眺める。

心は不思議と穏やかだった。

そうだ。
今までお世話になった人に会いながら
これから北海道までの道程を帰ろう

そんな思いがこの出来事によって芽生え始めた。

日本一周もようやく今年で終える予定。
今まで訪ねた各地で「また必ず来る」と数多く約束してきた。
会いたい人の顔が次々と浮かんでくる。

会える時があるなら
いま、会っておこう。

おじいがそうした方が良いんじゃないかと
言ってくれている様でもあった。

そうして、
恩人を巡る日本縦断ヒッチハイクの旅
を決行したのであった。


現在、3週間ほどかけて
鹿児島からヒッチハイクで北海道に到達。

今まで出会って来た人たち全てとはいかなかったものの、
出来る限り会いたい人と再会を果たしながら
南から北へと渡り歩いて来た。

3年振りに会った九州、四国の人達
2年振りに会う
日本海側の中越、上越地方の方々。

久しぶりに再会する人達は
みんな同じように驚き、そして喜んでくれた。

さらに路上販売で、ヒッチハイクで、
旅の中で出会う新たな出会いの数々。 この1ヶ月間は、
今までの旅とはまた違った旅であった。

基本的な旅とは、
日々新たな景色や行ったことのない場所に
行くものだと思うのだが、
今回は今まで通った道をまた通り、
今までに出会った人を訪ねて再びその地を訪れる。

久々に訪れる地を振り返りながらも、
新たに再会して知る事や、
もっと深く繋がれる様な事にもなったのであった。

ヒッチハイクで送ってくださった皆様。
そして再び会えた皆様。
皆様のお陰様で北海道へと
無事に辿り着く事が出来ました。

 本当に、ありがとうございました。
『感謝』


今回のヒッチハイク旅の道中に
書き残していたメモを発見したので
ここに添付しておく。

2017/5/20
夜の灯りが灯った街を眺めながら
北九州へ向かう電車の中。

思い返せば、
この窓から見える北側の道を
僕は2年前に通ったのだろう。

何となく街の造りを見るだけで
あの時の事を思い出す。

鹿児島、熊本、博多の街にしても、
いつもどんな時もそうだ。
どんな気温だったか、
どんな気持ちだったか、
どんな出来事があったか。

自発的に自然と出てくる感情は
永遠と身体の奥底に刻まれているのだろう。

覚えているはずの通った道。

けれどよく覚えていない事がある。

よくよく考えてみると、
それはグーグルなどの地図を見て
何も考えずに進んだからだ。

あれがある、
その隣にはこれがある。

そうやって
わかりきった道を進んでいたからなのだ。

地図を見ず、
自分で考え、
自分で選んで迷った道、
そして自分で見つける道であるからこそ
自分の経験として記憶に残るのだろう。

面倒な事こそ、
手間をかけるからこそ、
自分で自発的にやるからこそ、
意味がある。

そんな事を
電車の窓から見える街並みを見て
感じたのであった。


そして只今北海道ニセコ。
今まで1万kmこの国を自力で引張てきた
自転車を再び手に入れて明日から行動開始する。

今回の旅は
昨年Youtubeを見て
「あなたの旅についていきたいです!」
と志願してきた山根健太郎(20)との
2人旅。

彼は僕が石垣に行っている間、
初めての自転車旅でウォーミングアップがてら
北海道一周を行っている。

その彼と後日合流して
秋頃までかけて
ゴール地点の神戸を目指します。

お楽しみにー!


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まだ北海道には残雪が残り、
まだまだストーブが必要な日も多々ある4月初旬。

雪景色を眺めながら
空港までニセコの友達に送り届けてもらい、
関西空港を経由して石垣島へと渡った。

半袖長ズボンの服装で到着したのだが、
薄手の長ズボンさえ暑い。

日本の南の果ては4月初旬だと云うのにも関わらず、
既に30度近い気温にまで達し、
そして湿気が多くジメジメした空気で

すっかり真夏日であった。

かなりの気温の変化に一度体調を崩し、
風邪をこじらせかけた程だ。

石垣に到着した翌日から仕事は始まった。

2年半ぶりに復帰したBar Deepsy。

お店には昔から相変わらずなメンバーの常連さんもおり、
「おかえり、久々だね」と覚えていてくれている。

とても働き易い環境だ。

6年前の旅路で家に泊めてくれた
大阪の翔士兄さんは2週間遅れで石垣島に到着。
それから共にこのBarで働く事になった。

僕と共に石垣へ上陸していた愛美ちゃんを含め
ニセコから石垣へ移った3人で6畳一間の狭い部屋で
共同生活が始まった。

知り合いに車を一ヶ月間も貸してもらえた事もあり、
仕事も夜だけなので昼間は自由に行動ができ、
石垣島の隅々まで探索する事が出来た。

ドライブをしている時にたまたま立ち寄った売店で、
ひょんな事から石垣島に住む地元のおじいと仲が良くなった。
おじいの名前はてっちゃん。
石垣島北部では自分を知らない者は居ない。

と、自称している。

それからと言うもの、
おじいの家に遊びに行って泡盛を飲んだり、
三線を聞かせてくれたり
「買い物に行きたいから迎えに来て欲しい」
などとお願いされる間柄となった。


結局買い物に行きたいと約束した日は、
迎えに行くとおじいは既に友達とベロベロになっていて
結局「まぁ飲め」と言われ泡盛を注がれ、
島の言葉であーだこーだと話をするだけで
とうとう買い物には行かなかった。

仕事はバーテンダーだけでなく、
本島から旅行に来るゲストさん達と
船に乗って近くの浜島へ行き
海でのクルジングツアーの手伝いなどの
変わった事もさせてもらった。

他に、印象的だったのは
Bar Deepsyで出会ったお客さんとひょんなことから
クレイジージャーニーに出演した凄い旅人が
石垣島に住んでいると聞き、
実際にその方に会わせてもらえる事になった事だ。

僕もまだ見ていないが、
動画を発見したので下に貼り付けておく。

八幡さんは
オーストラリアから沖縄まで
カヤックで渡ってきた物凄い経験を持つブッ飛んだ方
なのである。

そんな方に会うべく、
Barで出会った飯塚さんと共に
八幡さんがされているシーカヤックツアーに
参加した。

内容はシーカヤックで
片道8kmもの距離を漕いで無人島まで行く。
といったものだ。

もちろん不可能だと思われる方は
別のプランが用意されるらしい。

八幡さんは普段のツアーではあまりやらない事を
特別に今回ツアーに盛り込んでくれた。

それは
『天候の読み方』

八幡さんの海の旅は
GPSやコンパス、衛星電話など
助けになりそうな物を一切持たない。

その中でどうやって天候や方角を見分けるのかを
熱心に教えてくれた。

実際の太陽の位置から方角を導き出し、
風の向きがどの方角に吹いているから
こちから高気圧が来るなどして
正確な周辺の気圧配置までを導き出す。

話を一通り聞いた後、
本当に八幡さんの予想通りかを確かめるため
そこに居合わせたみんなで天気図を確認すると
まさに言った通りの気圧配置図になっていた。

こうした自然界を生きる術を知恵として教えてくれたことは
僕にとって大きな刺激となったのだった。


次回、沖縄編へ続く。

石垣島で撮った映像作品も作ってみました。